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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第一章

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29.ヒヨクの祖父ヨウ


お昼前には目的地の屋敷に着いた。

ナナミーはヒヨクの背中に背負われたまま、入り口の大きな門を通り抜けると、そこはもう広大な森の中だった。


―――お金持ちの森だ。


一見本物の森のように見えるが、生い茂る木々はよく手入れされており、可憐に咲き乱れる花々は色の配置が洗練されていた。

屋敷へと続く小道の両脇には、道に被さるように藪が茂っているが、肌に触れる草木はとても柔らかい。


本物の森を知るナナミーには、この森が豊かなデザイン性を持って造り上げられたものだという事が分かる。

きっとこの森には、危険なスズメバチやアブやブヨもいないはず。


美しい木々の間から差し込む木漏れ日や、森の中特有の心落ち着く香りに癒されて、体中の力が抜けていくようだ。


「ふぁ〜…………」


ナナミーの口から感嘆のため息がもれた。


『なんて素敵な森なんだろ……。こんな癒される森を作るなんて、ヒヨク様のおじいさまはきっと、見た目からして癒される人なんだろうな』と、ナナミーはヒヨクの祖父の姿を想像する。


ナマケモノ族の長老に似た、ヒヨクに100000倍の優しさ要素を加えたおじいちゃんの姿が頭に浮かんだ。


ゆらゆらと揺れるロッキングチェアーに腰掛けて、タバコをくゆらせながら、傲慢な孫にも「いらっしゃい、よう来たのう。ここまで大変だったじゃろう」と、温かく迎えてくれる人に違いない。


想像した優しそうなおじいちゃんの姿に、ナナミーはほっこりする。








―――違った。


癒される森を作る人が、必ずしも癒される姿をしているとは限らない。


屋敷の応接室で、ヒヨクの祖父のヨウと対面したナナミーは、相手がアザ持ちの男だということを失念していた事に気づく。


ヨウはナナミーの想像した、「ナマケモノ族の長老に似た、白い髭を伸ばしたおじいちゃん」ではなかった。


いや、「おじいちゃん」と呼んでいいような男でない。


衰え要素ゼロ、ほっこり要素ゼロの、圧倒的な存在感を放つ男だった。


深いシワが刻まれた額の左側に「獲物を狙うヒョウ」模様のアザを持ち、眼光が鋭く威圧的があるヨウと対面した瞬間、ナナミーは足がすくんだ。


―――怖い。


少しでも気を抜いた動きを見せたら、「遅い!そんな動きの遅い者が、ワシの森に立ち入るな!」と怒鳴られそうだ。

怒鳴られたらすぐに「申し訳ございません」と平身低頭謝って、弱小種族らしく尻尾を巻いて逃げなくてはいけない。


ヨウを前にナナミーは、混乱に近い考えを巡らせて立ち尽くしていた。




「ヨウお義父さん、カメリアお義母さん、こんにちは」


そこに聞こえた明るいコフィの声で、ナナミーはハッと我に返り、素早い動きでピシッと背筋を伸ばして、祖父ヨウと祖母カメリアに挨拶をする。


なるべく素早く動かなくてはいけないと、ナナミーの本能が告げていた。


「ヒヨク様のおじいさま、ヒヨク様のおばあさま、はじめまして。私はヒヨク様の部下の、ナマケモノ族のナナミーと申します。私までこうしてお邪魔させていただいて、ありがとうございます」


ナナミーがハキハキと挨拶をすると、祖母のカメリアがホホホと笑う。


「まあまあご丁寧に。こんにちは、あなたがナナミーさんね。コフィちゃんから話は聞いてるわよ。

ナナミーちゃんは動きがとてもキビキビしているのね」


「――――カメリアの言う通りだ。ナナミーさんは動きがスピーディーだな」


「えっ………!」


カメリアの褒め言葉の後に、遅れてヨウもナナミーを褒めてくれた。ナナミーの頬がカアッと熱くなる。


キビキビしてるだなんて。

スピーディーだなんて。

―――初めて言われた褒め言葉だ。


初めて会った二人への好感度が、爆上がりに上がっていく。

ヨウの眼光の鋭さや威圧感は見間違いで、「目が活き活きと輝いた、活気あふれたお元気なおじいさま」だったとナナミーは認識を改めた。


『素敵なおじいさまとおばあさまだな』と、ナナミーは嬉しくてエヘヘと笑うと、ヨウもカメリアも微笑みを返してくれた。






そこにほのぼのした空気を壊してくる者がいる。


「あ?何言ってんだ?どこをどう見たら、コイツの動きがスピーディーに見えんだよ。

カメ族のばあさんはともかく、じいさんまでコイツの動きが早く見えてたらヤバいだろ。動体視力が衰えすぎじゃねえか?もう目も見えてねえのかよ。

しっかりしろよ。コイツほど動きがおせえヤツはいねえよ」


ハッと鼻で笑いながら、ヒヨクが憐れみの目をヨウに向けると、ヨウは剣呑な光を宿らせた目をヒヨクに返した。


「………お前はますます昔のレオードに似てきたな。憎たらしい顔をした可愛げのカケラもないやつめ。

それにお前、運命のつがいに向かって、よくそんな傲慢な態度が取れるもんだな。愚か者め」

「違います。私は運命のつがいではありません」



ナナミーは素早くヒヨクとヨウの会話に入り込んで、ヨウの誤解を否定した。

ヒヨクのおじいさんはとても素敵な良い人だが、ナナミーはこんな失礼な野郎の運命のつがいなんかじゃない。誤解されたくはない。


「……違うのか?」

「はい、違います。絶対に!違います」


力強く重ねて否定しておく。


「………そうか。スピーディーな返事だな。ヒヨクに運命のつがいが現れるのは、まだまだ先のようだな」


ヨウはナナミーがヒヨクのつがいではないと分かってくれたようだ。「そうか……」とどこか遠くを見る目になりながらも納得してくれた。


「じいさん、本当に見えてねえんだな。俺がこんなトロくせえヤツの運命のつがいのはずがねえだろう?コイツは使える部下だから、休日にねぎらってやってるだけなんだよ。

おいナナミー、この休みにしっかりリフレッシュして、連休明けたらまたしっかり働けよ」


ヒヨクもヨウの運命のつがい疑惑を払いながら、ついでに鬼畜な言葉をナナミーに投げつけてきた。


ナナミーは「ガンバリマス」と死んだ魚のような目で答えてやる。連休中に聞きたい話ではない。


ヨウが「………そうか。ヒヨクはまだ運命のつがいとは出会えそうにないな」と小さく呟くので、ナナミーも『そうですよ。こんな鬼畜な野郎に運命のつがいが名乗り出るわけないじゃないですか』という思いを込めて静かに頷いてみせた。


ヨウとカメリアの孫であり、レオードとコフィの息子であるヒヨクは、残念だが一生独り身の人生を送ると決まっているのだ。




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