表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/68

28. 目指せ!快適な熱帯雨林


前を歩くレオードの背中でコフィが歌っている。


「ヒョ〜ウ、ヒョ〜ウ♪レオレッオー、レオレッオー♪」


風に乗って聞こえてくる小さな歌声は、なぜか耳に残る歌だ。繰り返される歌が、ナナミーの頭の中をエンドレスにグルグルと回りだす。


「フ〜ン、フ〜ン♪ナナナッナー、ナナナッナー♪」


頭の中を回るメロディが、いつの間にか口からも流れ出ていた。

ナナミーはヒヨクに背負われながら、フンフンと機嫌良く鼻歌を歌う。



ヒヨクの背中は相変わらず乗り心地がいい。

背負われると、とにかく落ち着くのだ。


仕事に向かう時でさえも、ウッカリ落ち着いてしまうくらいの乗り心地だが―――今日は特別だ。

特別な休日の始まりに、ナナミーはとてもご機嫌だった。


向かう先は素敵な森の庭園だし、森には木の()()があるし、なっている色んな種類のフルーツは取り放題だし、小さな滝まであると聞いている。滝の近くでバーベキューをして、お取り寄せのスイポテ社の干し芋も炙ってくれる約束だ。


空は晴れているし、朝の澄んだ空気も気持ちいい。

ヒヨクの背中で流れるように過ぎていく風景にも、お出かけ気分が盛り上がっていく。



ナナミーは「フ〜ン、フ〜ン♪」と歌いながら、目の前に見えるヒヨクの髪を、なで……なで……といつの間にかなでていた。


ナナミーの柔らかいくせっ毛とは違う、ヒヨクの短くてまっすぐな髪は、少し硬いが触り心地がクセになる。


「フ〜ン、フ〜ン♪かみかっみ〜、かみかっみ〜♪」


無意識に歌い、無意識にヒヨクの髪をなでる手が止まらなかった。








『眠い……』


ヒヨクは部下を背負いながら、眠気と戦っていた。


母親のコフィと同じメロディで歌いながら、背中の部下がヒヨクの髪をなでていた。

コフィの歌も意味不明だが、部下の歌はもっと意味不明で、「かみかっみ〜って何だよ」と言ってやりたいが、今はとても眠かった。


いやそれよりも「俺の髪を勝手になでるな」と言ってやる方が先か、と思い直した。


「勝手になでるな」と思いながら、「勝手に」というワードに引っかかった。

―――「勝手に」じゃなかったらいいのか?


いやダメだろう。

俺はヒョウ族を代表するような男だ。

「舐めてんのか?絶対に髪をなでるな」と言ってやるべきだ。


「絶対に髪をなでるな」と思いながら、「絶対に」というワードに引っかかった。

―――「絶対」ダメか?


いや別に絶対というほどダメではない。

それにこの弱小部下などに自分が舐められるはずがない。

「眠くなるからなでるな」と言ってやるのが正解だろう。


『そうだ。眠くなるから――………眠い』


部下の謎に眠くなる歌に、ヒヨクは眠気で意識がユラユラと揺らめいて、次々と浮かぶ意味のない思考が頭の中を回っていた。


外にいながらこんなに気が緩むのは、珍しい事だった。

『でも確か前にもこんな事があったな……』と揺らめく意識の中で記憶をたぐると、ナナミーを抱えた雨の日を思い出した。


あの日雨に濡れたナナミーは、高い熱を出して何日も寝込んでいた。


そうだこの部下を濡らしてはいけない。

ヒヨクの祖父の屋敷の森には、滝もあるし小川もある。「水に近づくなよ」と言っておかなくては。


『思い出した今、注意しておくか』と頭を上げると、謎の歌とヒヨクの頭をなでる手が止まった。


『邪魔したか』と思い、黙ってそのまま足を進めると、今度は風に乗ってコフィの歌が聞こえてきて、そのうちまた背中の部下も歌い出した。

 

「フ〜ン、フ〜ン♪かみかっみ〜♪」とまた謎の歌が始まる。歌いながら、またヒヨクの髪をなで……なで……となで始めると、またユラユラと意識が揺らめいていく。



『何だったかな。……ああ、そうだ。髪をなでるなと注意しようと思ったんだった。――まあ、別に髪ぐらい構わんか』


『他に何か……ああ、そうだ。水に濡れるなと注意しようと思ったが―――まあ、俺が見ていればいいだけか』


『そうだ。俺は休日に細かい事を注意するような、器の小さい男じゃねえしな。……ああ、そういえば親父が言ってたな。器の大きい男に運命のつがいが名乗り出るんだっけな。じゃあ俺が運命のつがいに会える日も近いだろう』


『眠い………心地がいい―――』





「あ!レオードお父さん!」


突然ビクッと体を震わせて、父親の名前を呼ぶナナミーの声に、ヒヨクはハッと意識を目の前に戻した。

グルグルと意味なく頭を回っていた思考は霧散して、前を歩く父親がつまずきかけた事に気がついた。


「――ああ。ごめんごめん。コフィ大丈夫だったか?ナナミーちゃんも驚かせて悪かったな。少しぼんやりしていたようだ」


「レオードったら、昨日は遅くまで仕事をしてたんでしょう?寝不足なんじゃないの?あまり無理しちゃダメよ」


ハハハと笑うレオードに、心配そうにコフィが声をかけている。

背中の部下も、「レオードお父さん、少し休憩しますか?」とレオードを気にかけている。


「親父、石にでもつまずいたのか?足腰が弱って、足も上がってねえんじゃねえか?杖でもついとけよ。親父も、もうじいさんなんだから無理するなよ」


ヒヨクも年老いた父親に憐れみの目を向けて、気遣いの言葉をかけてやる。







「…………そうだな。仕事で寝不足を感じるなんて、俺も歳かもしれんな。お前が運命のつがいと出会えたら、お前に会社を譲ってやるよ。

まあ、お前が自分を冷静に客観視出来ねえうちは、運命のつがいが名乗り出る事はねえだろうがな」


レオードは、可愛げのカケラもない息子ヒヨクの言葉に苛立っていた。


レオードは寝不足で足元がふらついた訳ではない。

運命のつがいのコフィは、レオードの心を落ち着かせて、時に眠気までも誘う存在だ。心地よい歌声と、さす……さす……とレオードの肩をさするコフィの手に、眠りのふちに誘われてしまっていた。

歩きながら、ついうっかり寝落ちしかけてしまったのだ。


レオードの背後からもナナミーの歌声は聞こえてきていた。天気のいいこんな日は、ヒヨクも眠気に襲われていたはず。


「俺をじいさん扱いしてんじゃねえよ。どうせお前も心地良すぎて寝かけてたんだろうが。

俺らの眠気を誘うようなそんな存在、運命のつがい以外にいる訳ねえだろう?気づけよ、お前が背負ってるのは運命のつがいなんだよ」


―――そう言ってやりたかった。


言ってやりたいが、レオードはそんな親切心を息子に見せるつもりはない。


「あ?俺はいつでも冷静に周りを見てるぞ。親父の方こそじいさんなんだから、もっと周りをしっかり見て歩けよ。老眼進みすぎだろ」と、憐れな老人を見るような目でレオードを見る息子に、そんな事を教えてやるような義理はないからだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
いつも更新楽しみにしています。 毎朝ナナミーちゃんに癒されて、仕事頑張ろう、と思いながら出勤しています。 ナナミーちゃんが、「かみかっみ〜、かみかっみ〜♪」ではなく、ヒヨク様の名前を背中で歌う日は、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ