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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第一章

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27.どこでもベアゴー券


ナナミーのシール帳から、ヒラリと一枚の紙切れが落ちた。

シール帳の見せ合いっこ中で、ナナミーのシール帳を見ていたコフィが落ちた紙切れを拾って、書かれた文字を読み上げる。


「どこでもベアゴー券………?」


紙にはコフィの見慣れぬ筆跡で「どこでもベアゴー券」と書かれた文字と、「ベアゴー」と名前のハンコが押してあった。


コフィはベアゴーと会った事はないが、ベアゴーの事は知っている。

ヒヨクの口から部下であるベアゴーの名前はよく聞くし、毎日ナナミーを背負って帰ってくる事もユキから聞いている。


この前ナナミーをずぶ濡れにして風邪を引かせたのはベアゴーが原因だったらしいが、ベアゴーはナナミーと仲良しの友達で、素直で憎めない子だとユキは話していた。


だけどナナミーが大切にしているはずのシール帳に、ベアゴーからの物を挟んでいる、という点が気になった。とても大切にしている券だという事が分かる。


『この手作り券は何だろう?』と、コフィはマジマジと券を眺めた。






コフィの呟きに顔を上げたナナミーは、コフィが眺める手元を見て、「あ、それはですね」と説明をする。


「コフィお母さん、それ友達のベアゴーくんからもらった「どこでも好きな所まで運んでくれる券」なんです。

今度の連休に使おうと思って、失くさないようにシール帳に挟んで持ち歩いてるんですよ」


ベアゴーがくれた「どこでもベアゴー券」は、ナナミーを「どこでも好きな所まで運んでくれる券」だ。

前に風邪を引かせてしまったお詫びとしてプレゼントしてくれた券だった。


「プレゼントなんていいよ」と断ろうと思ったが、あまりにも魅力的な券だったので、ありがたく受け取っていた。

早速今度の連休に使わせてもらおうと計画しているところだった。



  




「連休に?どこへ行くつもりなんだ?」


コフィの隣に座っていたレオードがナナミーに尋ねた。

レオードもベアゴーの事は知っているが、『さすがに二人旅はマズイだろう』と気になったからだ。


『どこか行きたい所があるなら、ヒヨクに連れて行かせればいい。運命のつがいが望む場所なら、自覚なくともなんだかんだで連れて行くだろう』と考えてかけた言葉だった。



「海を越えて、アニマル熱帯雨林に行ってみようと思ってるんです。この前読んだ『お一人様の挽歌 〜気になる老後は熱帯雨林で充実ライフ〜』って本に、熱帯雨林の一人暮らしのノウハウが詳しく載ってたんですよ。

老後にはまだ早いけど、券をもらったし、せっかくだから下見に行っておこうかなって思って。

あ、ベアゴーくんにも連休の予定はあると思うから、背負ってくれるのは港まででいいよって伝えるつもりです。レオードお父さんとコフィお母さんに、アニマル熱帯雨林の素敵なお土産探してきますね」


エヘヘと笑うナナミーは、壮大な計画を立てて誇らしいのだろう。照れながらも得意げに笑っている。


だけどレオードは笑顔を返せなかった。


遠い未来の息子の嫁が、お一人様の老後を考えていた。

さらに広い海を越えて、アニマル熱帯雨林に向かおうとしている。

あんな無法地帯に、こんな弱小種族のナマケモノ族の女の子が立ち入って、無事に帰って来れるはずがない。


だいたい無事にジャングルの中に身を潜められたとしたら、この子はきっとそのままジャングルの永住を決めてしまうだろう。

『ここまで来るのは大変だったし、帰るの面倒くさいな……』と、一人ジャングルの中で考えるナナミーの未来が見えた。


妻のコフィに似ているからこそ、絶対にそうだと確信が持てて、レオードは背筋を凍らせた。


コフィも同じ事を思ったのだろう。

シール帳を持つ手が震えている。



ダメだ。あの券は危険だ。

どこでもベアゴー券を早く無駄に使わさせなくてはいけない。


危険を察知したレオードは、明るい声でナナミーに提案した。


「ナナミーちゃん、アニマル熱帯雨林にまで行かなくても、もっと快適な熱帯雨林が近くにあるぞ。

俺の親父のヨウの屋敷には広大な庭園があるんだが、熱帯雨林みたいに暑くないし、雨も多くないし、色んなフルーツはなってるし、きっとナナミーちゃんも気にいる森だよ。

この連休に一緒に遊びに行かないか?俺はコフィを背負うから、ナナミーちゃんはどこでもベアゴー券を使うといい」


「快適な熱帯雨林……」


――ナナミーが快適な熱帯雨林という言葉に反応していた。


「ヨウお義父さんの森には、木の()()――ほら、木の中に出来る洞窟みたいな穴。あの穴がある大きな木が多いのよ。好きな木のうろがあったら、自分の部屋にしていいって、カメリナお義母さんも言ってくれるの。ナナミーちゃんも、自分の部屋を見つけてみない?」


「木のうろの部屋……!」


――コフィのお気に入りの木のうろの狭い部屋に、やっぱりナナミーも惹かれるようだ。


「そうだな。せっかくだし、森でバーベキューをするのもいいかもしれないな。スイポテ社の干し芋を取り寄せようか。少し炙って外で食べたら最高だろうな。ナナミーちゃんは干し芋は好きかな?」


「好きです!炙った干し芋なんて、贅沢ですね!」


「うわぁ〜」とナナミーが目を輝かせたのを見て、レオードとコフィはホッと息をついた。

これで『あの危険な券を処分できたな』と安堵して、「じゃあベアゴーくんに券を使って送ってもらえるように頼んでおいてくれよ」とレオードはナナミーに微笑んだ。




ちょうどそこに、部屋に入ってきた男が解決したばかりの問題を掘り起こす。


「あ?何言ってんだ?わざわざベアゴーに頼まなくても俺が送ってやればいいだけだろう?この連休は、俺もじいさんとばあさんに会いに行こうと思ってたんだ」


普段祖父の屋敷など寄り付きもしないヒヨクが、部屋に入ってくるなり余計な事を言い出した。


「………俺の会社は何日も休めねえんだよ。お前が代わりに仕事しろよ、任せたぞ。

――でもまぁそうだな、お前も途中で来たらいい。帰りはナナミーちゃんを送ってくれ。行きの送りはベアゴーくんに頼むから心配するな」


レオードは息子ヒヨクのために、『帰りは送らせてやるから、お前は仕事でもしておけ。俺の仕事を残しておいてやるよ』という親心を込めた言葉を送ってやる。


「数日も休めねえ会社なんて、大したことねえ会社だな。そんな会社なんてもう閉めちまえよ。

それにわざわざ連休に、しょうがねえ理由で俺の部下のベアゴーを使ってやるなよ」



返ってきた言葉に、レオードはギリッと奥歯を噛みしめる。『良い上司ぶりやがって』と舌打ちをしたい気分だった。


レオードがせっかく見せてやった親心を、息子がハッと鼻で笑いながら傲慢な態度で踏みにじっていた。



「………テメェがそんなに部下思いだとは知らなかったな」


「俺は古くせえやり方の親父とは違うんだよ。連休は部下をしっかり休ませてやる主義なんだ。

連休中に仕事をしなくていいように、今キッチリとしごいてやってんだよ。

そうだナナミー、お前昨日渡した残業書類は終わってんだろうな。終わったなら早く持ってこいよ。連休を休みたいなら、しっかり働けよ」





「ガンバリマス」と答える運命のつがいが、少し目尻の上がったタレ目になった事にヒヨクは気がついていないようだ。


『バカな息子め。心の中で罵倒されている事にも気づかず、運命のつがいを前に無意識に浮かれやがって』と、レオードは憐れみの目をヒヨクに向けてやった。


『早く自分の気持ちを自覚しないと、運命のつがいを逃しちまうぞ』とは思うが、今のところレオードは、ヒヨクにそれを伝えるつもりはない。


子供想いの親に向かって、「古くせえ」と言い放つような傲慢な態度の息子に、そんな親切心を見せる義理はないと思っているからだ。



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