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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第一章

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21.ヒヨクの両親


ヒヨクの屋敷には、両親のための部屋も用意されていると聞いた事がある。


屋敷同士が近いので宿泊する事はないようだが、たまに遊びに来る時の休憩部屋として使われているらしい。

今向かっているのは、きっとその部屋だろう。




コフィの「今日は夫と来たのよ」という言葉に、『最強種族の夫!』と思わずナナミーの背筋が伸びる。


「今日は一日、事業の事でヒヨクと二人で仕事をするって言ってたわ」と続いた言葉に、『ふう助かった』とナナミーは背筋を元に戻す。


アザ持ちの者に会うには心の準備が必要なのだ。


いつも上級種族達に囲まれて仕事をしているナナミーは、同僚達がどれだけ高慢な奴らかを知っている。

だけどアザ持ちの者は、その上を遥かに超えた傲慢な態度で、「お前はいつもトロくせえんだよ」と言ってくるのだ。


心の準備をして、言われる前にキビキビした行動を心がけなくてはいけない。


そこまで考えて、『いや違う』とナナミーは気がつく。


そうだ違う。

あの鬼畜野郎どもは、ナナミーがどれだけキビキビ動いても、「トロくせえんだよ」と言ってくる。

――舌打ち付きで、だ。


その事実に気がついたらイライラしてきて、シール帳を持つ手に力が入った。





ナナミーがシール帳をぎゅうっと握ると、コフィがふふふと笑った。


「ナナミーちゃんもシール帳を大事にしてるのね、私もよ。今日も持ってきてるのよ。部屋でシール帳の見せ合いっこしましょうね?」


コフィの声が弾んでいた。

もともとコフィは、ナナミーに自分のシール帳を見せたくて「ついていらっしゃい」と声をかけてくれたようだ。彼女も熱心なロゴシール収集家らしい。


コクリとナナミーが頷くと、コフィの顔がパァッと輝いた。





「今日は特別美味しいジュースを作ってくれるって、スノウさんが言ってたわ。あ、スノウさんって私に付いてくれている使用人で、すごく優しい人なのよ。ナナミーちゃんに付いてるユキさんのお母さんよ」


「ユキさん?お姉さん、ユキさんって名前なんですね」


いつもナナミーのお世話をしてくれる優しいお姉さんは、ユキという名前だったみたいだ。いつも「お姉さん」と呼んでいて、名前を尋ねた事がなかった。


『今度会った時は、ちゃんとユキさんって呼ばなくちゃ』と、ナナミーはお姉さんの名前を忘れないように、もう一度心の中で『ユキさん』と繰り返した。






招待された部屋には、素敵なソファーがあった。


ゆったりと体が沈み込むような座り心地のソファーは、ナナミーの部屋に置いてあるソファーと同じだが、ソファーカバーが特別だった。


カバーの模様が、鮮やかなフルーツ柄なのだ。

カバーには、リンゴやイチゴやキウイやブドウなどが、瑞々しさを感じさせるほどのリアリティを持って描かれている。


『素敵なソファー……』と目を輝かせたナナミーは、フルーツ柄の中に桃を見つけて、そっと桃の部分を撫でる。

桃を撫でると、『あの桃ジュース美味しかったな……』と、前に飲んだジュースを思い出した。


なで……とカバーの桃を撫でるナナミーに、優しそうな使用人のおばさまが、目の前に「どうぞ」とジュースを置いてくれた。


彼女がコフィ付きの使用人のスノウだろう。

微笑む目元が、優しいお姉さんに似ていた。


スノウが作ってくれたという、「特別に美味しいジュース」は、鮮やかなオレンジが美しいジュースだった。

早速ゴクリと一口飲んでみる。


途端トロピカルな味わいが口の中に広がり、濃厚で芳醇な香りが鼻に抜けて、高級なマンゴーの波に飲み込まれた。


「マンゴー………!!」

「マンゴー………!!」


コフィとナナミーの言葉が重なる。

きっとコフィも今、マンゴーの海の中にいるのだろう。







「次はシール帳の見せ合いっこね」と言われて交換したシール帳は、お揃いの物だった。


違いがあるのは、表紙に描かれたヒョウ模様だけだ。

――ナナミーの「走るヒョウ」模様と、コフィの「威嚇するヒョウ」模様。


きっとコフィのシール帳も、つがい認定協会から支給された記念品なんだろう。

「毎年送られてくる物なんですよ」と、お姉さんが教えてくれた事がある。




ナナミーのシール帳を眺めたコフィが、「なかなか良いわね、シールの貼り方にセンスあるわ」と褒めてくれた。


ナナミーのシール帳はまだ最初の1ページ目なので、あっという間に見終わってしまうが、コフィのシール帳はズシリと重く、一冊全てがロゴシールで埋め尽くされている。


コフィのシール帳はナナミーのように使いたてではないが、キズ一つなくキレイだった。とても大切にしているのだろう。



そっとページをめくると―――ブワッと高級な香りが舞い上がった。


甘いフルーツと野菜の香りが混ざり合い、まるで高級なフルーツジュースのお風呂に浸かっているような気分になる。


「わあ〜……」と感嘆の声が思わず口からもれた。


一枚ページをめくると、芳しい香りが微妙に変化した。

隙間なくキレイに並べられたシールは、ページごとに色合いもまとめられている。


赤系統のページには、イチゴやリンゴやトマトなどのシールが並び、黄色系統のページには、バナナやグレープフルーツやパプリカなどのシールが並んでいた。緑系統のページには、キウイやメロンの他にシャインマスカットのシールまでが並べられている。


とてもセレブなシール帳は、どのページにも新鮮な驚きがあり、ページをめくる手が止まらない。






どのくらい時間が経っただろうか。

集中してシール帳を眺めていたナナミーは、最後のページまでめくり終わると、ふ〜……と息をついた。


顔を上げてコフィに、「素敵なシール帳ですね」と感想を述べようとして固まった。


いつの間にかコフィの横に、明らかに最強種族の男が立っていて、こっちをじっと眺めていた。

ヒヨクと顔立ちがソックリだ。


『ヒヨク様のお父さんだ!』

―――アザ持ちの男!!


ナナミーは素早く立ち上がって、「こんにちは」とハキハキと挨拶をして、サッと頭を下げる。

―――完璧だ!


コフィに「そんなに慌てなくてもいいのよ」と笑われたが、こういう時は急ぐべきだ。


ナマケモノ族の最長老も、「長生きの秘訣は―――そうじゃな。強い種族の者の前では、素早く動く事を心がける事じゃろうな」、と言っていた。

素早く動いて相手に目を付けられないように身を潜めるべき時なのだ。





しばらくの沈黙の後、ヒヨクの父が口を開いた。


「君がナナミーさんだね。そんなに速く動かなくていい」

「え………?」


レオードの言葉にナナミーは、カアッと頬が熱くなる。


『アザ持ちの男どもなど』と思っていたが、右頬に「威嚇するヒョウ」模様を持ったヒヨクの父は、ナナミーの動きを褒めてくれた。

とても公正な目を持った人だ。さすがコフィの夫だ。

好感しかない。



「俺はヒヨクの父のレオードだ。ナナミーさんはヒヨクの運命のつがいなのかな?」

「違います」


ナナミーはレオードの言葉を即座に否定する。


とても感じの良いヒヨクの父だが、だからといってあんな鬼畜野郎を運命のつがいだと認めるわけにはいかない。


「絶対に違います」と念押ししておく。


「え……?いやしかし、」

「違います。ただの部下です」と再念押しも忘れない。




ヒヨクの父親は、公正な目を持ったとても素晴らしい人だが、ナナミーは「彼の義理の娘」などではない。

彼にとってナナミーは、ただの「鬼畜な息子の社畜な部下」、それ以外の何ものでもないのだ。


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