20.コフィ付きの使用人 〜スノウの回想〜
嬉しそうなコフィの姿を見つけて、窓の外を見ていた使用人のスノウはホッと安堵の息をついた。
奥様のコフィの隣には、並んで歩く女の子がいる。
噂に聞いていた女の子――ナナミーも嬉しそうにしているところを見ると、どうやらナナミーと仲良くなれたらしい。
『特別なジュースとオヤツを用意しなくては』と、スノウはお茶の準備を始めた。
スノウが長年仕える奥様は、弱小種族らしくとても気が弱いコアラ族の女性だ。
かつて最強と言われたヒョウ族のレオードの運命のつがいだというのに、いまだに夫レオードと息子ヒヨク以外には、弱気なまま変わらない。
ヒヨクの屋敷に暮らしだしたナナミーの噂を聞いて、奥様は何度もこの屋敷に出向いているが、勇んでこの屋敷に向かってもいざとなると弱気が勝ってしまい、ずっと挨拶も出来ないでいた。
ナナミーに仕える娘のユキから、ナナミーの日常については聞いている。
ユキが「平日のナナミー様は、大量の仕事を持たされて屋敷に戻ってくるの」と話すので、奥様はこの屋敷に来てナナミーの仕事が終わるのを待つが、待ち時間が長すぎて、いつも待っているうちに眠ってしまう。
ユキが「休日のナナミー様は、お疲れなのか眠っている事が多いの」と話すので、休日の奥様はナナミーの部屋の近くで、彼女が部屋から出てくるのを待っている。
だけどナナミーが用事もなく部屋の外に出る事はないようで、まだ一度も出会えてなかった。
「奥様。ナナミー様のお部屋の扉をノックして、訪問されたらどうですか?」と提案するが、「一人で自堕落していたい気持ちはわかるもの、邪魔したくないわ。偶然に出会いたいのよ……」と悲しそうに話すだけだった。
コアラ族と同じように、引きこもりを好むナマケモノ族との偶然の出会いは難しい。
奥様が望む偶然の出会いという奇跡は、今まで一度も訪れなかった。
ナナミーもごくたまに部屋を出て庭園を散歩するようだが、森のような庭園は広く、後を追った奥様はいつも出会う事は出来ずに、悲しそうに一人で戻ってくるばかりだった。
ナナミーも奥様のように、野菜や果物に貼られているシールを集めているという話も聞いている。
奥様はかつてカーテンの裏にシールを貼って集めていたが、ナナミーはテーブルの裏にシールを貼っていたらしい。
シールを好む事も、隠しながら集める事も、ヒョウ族のスノウには分からない感覚だが、二人の感覚はとてもよく似ている。
昔、レオードの仕事の後輩としてしごかれていた奥様と、ヒヨクの仕事の部下としてしごかれているナナミーとは、仕事の境遇も似ている。
奥様は「きっと仲良くなれると思うの」と話していて、ナナミーとの偶然の出会いを楽しみにしていた。
「最初はナナミーさん、って呼んだほうがいいかしら?もし仲良くなれたら、ナナミーちゃんって呼んでみようかしら。「シール帳を見せ合いっこしましょう?」って声をかけたいけど、上手く話せるかしら。
……ナナミーさんもどこかにヒョウ模様のアザを持ってるのかしら。
…………あの子も「一生つがいを名乗り出たりしない」って心の中で誓っているのかしら………」
思い悩みすぎて昔の事を思い出すと、奥様はレオードに冷たく当たるので、レオードも早く奥様とナナミーを会わせたいと考えているようだ。
今日はレオードもこの屋敷に来ていて、ついでに家の事業の事でヒヨクをしごいている。
かつてワーカーホリックで仕事中毒だったレオードは、息子ヒヨクも立派なワーカーホリックに作り上げている。
――かつてレオードの父がレオードを、立派なワーカーホリックに作り上げたように。
ふとスノウは、昔聞いた母のシロの言葉を思い出す。
「レオード様のお父様のヨウ様も、昔はワーカーホリックで仕事漬けの厳しい人だったのよ。私の長年仕える奥様は今でも昔を思い出すと、「ヨウは昔、本当に鬼畜な同僚野郎でね……」と目を吊り上げるの。よほど仕事で苦労させられたみたいね。「絶対つがいを名乗り出ないでおこう」と誓っていたらしいのよ。
レオード様のつがい様が名乗り出ないのは、もしかしたらその辺に理由があるのかもしれないわね……」と、その頃の母のシロは深いため息をついていた。
ヒヨクの運命のつがいが名乗り出ないのは、きっとこの「一族が受け継ぐ血」のせいだろう。
ヒヨクも、父レオードや祖父ヨウと同じように、運命のつがいを手に入れるには長い時間を要するのかもしれない。
かつての母と同じく、スノウも深いため息をついた。
いけない。
いくらお二人の歩くペースが遅いからといって、ゆっくりしすぎた。
そろそろ本当にジュースとオヤツを用意しなくては。
自分の思考の中に入り込んでいたスノウは、ハッと目の前に意識を戻した。
今日のジュースは、レオードが奥様のために特別に取り寄せた、あのトロピー社のマンゴーで作るつもりだ。きっと濃厚な美味しさに、奥様とナナミーの仲ももっと深まるだろう。
スノウはマンゴーを二つ手に取って、貼られているトロピー社のブランドロゴシールを、破かないように丁寧にはがした。
シールは二枚ある。
きっとこのシールは二冊のシール帳に収められて、二人の出会いを象徴する、特別なシールになるに違いない。
スノウはキラキラと光るトロピー社のロゴシールを、失くさないようにトレーにペタリと貼っておく。




