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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第一章

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18.運命のつがいは


『もう今日はアザの事なんて気にしないで、ゆっくりお風呂に入ろう』と思っていたはずなのに、結局ナナミーはお風呂場にマグネットシートを持ってきてしまった。


ナナミーは、鏡の中でマグネットを握るナナミーに言い訳をする。


「調べるのは別に明日でもいいよ。でも明日はもっと残業書類があるかもしれないし。明後日もきっとそう」


「だからだよ」と鏡の自分に話しかけていたら寒くなってきて、覚悟を決めたナナミーは、お尻のアザを鏡に映してその横にマグネットシートを並べてみた。


マグネットシートは、ヒヨクのアザと同サイズのものだ。ナナミーの持つアザと形が一致するなら、運命のつがいが誰かハッキリする。


慎重にアザとシートを見比べた。

一見、だが。

アザとシートはとても似ていた。


走るヒョウの向きは同じだし、サイズ感も似ている。頭の大きさも、尻尾の長さも、走る手足の角度も同じように見える。


『見間違いかもしれないし』と、マグネットシートをアザの上に合わせて見たら、ピタリと形が合った。


『……同じだ。私のアザは走るヒョウ模様だったんだ』


『ヒヨク様だった』とヒヨクの顔を思い浮かべたら、帰ってから追加で渡された書類の束も思い出した。


休憩なしの残業をしてて、終わったのは今さっきだ。

こんな遅い時間まで仕事を頑張ってしまった。


ヒヨクはまだ会社から帰ってきていないようだが、ナナミーは強さを誇るヒョウ族のヒヨクとは違う。

睡眠を愛し、怠惰を誇るナマケモノ族だ。

こんな時間まで仕事をするなんて、恥ずべき事だ。ナマケモノ族として失格だ。


ナナミーはマグネットシートをぐっと握りしめ、ペタと力強くお風呂の鏡に貼ってやった。


『今日は見間違いだ。また明日確認しよう』と、ゆっくりお風呂に浸かることにした。





使用人の優しいお姉さんが用意してくれたお風呂からは、とても甘くていい匂いがする。

ふんわりと甘く香るミルクの匂いに癒された。


お湯の温度もぬるま湯でちょうどいい。

ミルクの香りのするぬるいお湯に、疲れと怒りが溶けていくようだ。


気分が上がって、「フッフ〜ン、フッフ〜ン♪な〜まけっもの〜♪」と鼻歌を歌ってみる。


『運命のつがいがなんだ!』とは思っている。

『あんな鬼畜上司なんて認めない!』とも思う。

だけど今は気分がいい。


ハリネズミ族のハリエットは、結果がどうあれ真実が分かった時、とてもスッキリした顔をしていた。

ナナミーが今、これだけスッキリした気分でいるのは、残念な結果だったとはいえ真実が分かったからだろう。


決して運命のつがいがヒヨクだった事に安心したからではない。




「そうだ!そうに違いない!」と勇んでお風呂から上がると、部屋のソファーに帰宅したヒヨクが座っていた。


ドキリとしたナナミーにヒヨクが告げる。


「お前は風呂もおせえな。ほらこれ、この一枚だけ追加で頼む。今からすぐに仕上げろ。

ジュースを飲みながら仕事してもいいが、絶対に書類にこぼすなよ」


お姉さんの用意してくれている、お風呂上がりのジュースを指差して、鬼畜な上司が鬼畜な言葉をかけてきた。


渡された書類は一枚だし、すぐに終わるだろう。

しかしこんな夜遅い時間に、女子の部屋に勝手に入ってくるような無礼な野郎には、ひと言物申してやらねばならない。


「どんだけ常識知らずなわけ?」と言ってやりたいところだが、しょせんナナミーは弱小種族だ。


「夜遅くに女性の部屋に入るのは失礼ですよ」と控えめに伝えてやったというのに、無礼な上司は「女……?」と怪訝そうな顔をしやがった。




「女……?」―――だと?


なんだ。なんだよその言葉は。

まるでこの部屋には女など存在しない、というようなその言葉はなんなんだ。

お前の目は節穴か。

ここに!目の前に!お年頃で可愛いナマケモノ族の、立派なレディがいるだろう?!


――そう言ってやりたい。


そう言ってやりたいが、言えるわけがない。


何も言えない代わりに、ナナミーはお姉さんからジュースを受け取って、ゴクリと一口飲んでやる。




『桃―――!!!』


一口飲んだ瞬間に、瑞々しい桃の上品な甘さが口の中に広がった。

フルーティで芳醇な桃の香りが鼻を抜けていく。

こんな美味しいジュースがこの世に存在するなんて。


ゴク……ゴク……と、夢中になって桃ジュースを飲んでしまう。

あまりにも幸せで、追加残業のさらに追加で渡された書類の事など頭から抜け落ちていた。







ヒヨクは横柄な態度でソファーに座りながら、相変わらずトロくさくジュースを飲むナナミーを眺めていた。


わざわざあの高級桃の産地、ピーチル地方から取り寄せたジュースだけあるようだ。

ヒョウ族のヒヨクにはよく分からない美味しさだが、使える部下の様子を見る限り、やっぱり美味しいジュースなんだろう。両手でしっかりと掴んだグラスを下げる事なく飲んでいる。


『持ってきてやって正解だったな』と、ヒヨクは自分でも気づかず機嫌良くなりながら思う。


会社から帰宅すると、注文していたジュースが届いたと使用人から報告を受けたので、ジュースを届けるついでに追加の書類を渡しただけだ。

別に急ぎの書類でもないし、ジュースを飲み終えるまで、仕事は待ってやってもいい。


『使える部下だからな。ねぎらいのジュースくらい振る舞ってやってもいいだろう。俺ほど良い上司はいねえだろうな』と、ヒヨクは満足げに頷いた。







結論を言おう。


マグネットシートは、やっぱりナナミーのアザ模様とピタリと一致していた。

次の日も、その次の日も、何度確認しても、いつでも寸分の狂いもなく同じ模様だった。


だけどナナミーは、ヒヨクのつがいだと名乗り出るつもりはない。



今日も定時が来た時に、「ナナミー帰っていいぞ。これが今日の書類だ」と、当然のように書類の束をベアゴーに預ける鬼畜上司などに、名乗り出るつがいなどいるはずがない。


今日も鬼畜上司は、安定の鬼畜さを見せている。

だけど「はい。これですね」と当たり前のように書類を受け取るヒヨクの舎弟ベアゴーもどうかと思う。


「ナナミーちゃん、急いで帰ろう?僕も今日は仕事がいっぱいなんだから」と、セカセカと背中を向けるベアゴーに、『この舎弟ベアゴー号め!』と、心の中で罵ってやる。





「ゴッゴー、ゴッゴー、ベアゴー号♪」


ナナミーはベアゴーの背中で歌いながら、『今日のオヤツはなんだろう?』と心が弾んだ。


帰ったら、今日も使用人のお姉さんが「おかえりなさい」と優しく出迎えてくれるだろう。高級なオヤツもすぐに出してくれるはず。

オヤツの後にはまた仕事だが、それが終われば甘い香りのするお風呂に入れるし、お風呂の後には最高級のジュースも待っている。


運命のつがいだと名乗り出るつもりはないが、ヒヨクの屋敷暮らしは快適だった。





無印◯品のミルクの香りの入浴剤は、めっちゃミルク。

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