16.占い師が告げる言葉
今日ナナミーは早起きをして、カリナと例の占い師のお店にやってきている。
ナナミーはこの占いのお店にヒヨクを案内した事はあるが、中に入るのは初めてだった。
少し―――いやかなり緊張しながら、カリナと共に、占い師とテーブルを挟んで向かい合っていた。
二人の目の前に座る占い師は、おそらくカラス族のおばあさんだ。黒い衣装をまとっていて、いかにも占い師らしい格好をした人だった。
おばあさんから放たれるオーラは、「この人が告げるなら信じるしかない」という凄みさえ感じさせられる。
「おばあさん、私の運命の人が誰なのかを教えてください」
カリナが真剣な顔で占い師に問い、占い師のおばあさんはじっとカリナを見つめた後に、ニヤリと笑って口を開いた。
「お前さんには、運命の人はおらんよ」
「えっ―――!」
「えっ―――!」
ズバリと切り捨てるように告げる占い師の言葉は残酷だ。
カリナの顔色がサッと変わる。
ナナミーも顔色をサッと変えた。
『なんて恐ろしい占いだろう……』と、カリナの隣に座るナナミーは、怖くてドキドキが止まらない。
怖い。もうすでに帰りたい。
シンと静まり返ったテントに、占い師の言葉が響く。
「しかし安心するがいい。お前さんには運命の人はおらんが、お前さんの気質を愛する者は多い。お前さんが「この人だ」と感じる者を選べば、必ず幸せになるだろう」
「おばあさん……!」
「おばあさん……!」
カリナと一緒にナナミーもホッと安堵する。
良かった。人の心を持った占い師だった。
それに確かに占い師の言葉は当たっているように思えた。
カメ族のカリナはおっとりしていて、優しく相手の言葉を受け入れるので、人当たりがとてもいい。確かに誰を選んでも幸せになれそうだ。
威圧的な態度を取る強い種族の者には、自分の殻に閉じこもるように心を閉ざしてしまうが、それはナナミーだって同じだ。
ナナミーだって、強い種族の者達――あの無礼な同僚とか、あの傲慢なアザ持ちの男どもとかに心を開くつもりはない。
「信じられんくらい弱いよな」とか「本当におせえな」とか言ってくる、あんなヤツらには『絶対に!永遠に!心を開いたりしない』と誓っている。
「それでお前さんじゃが――」
おばあさんの言葉に、ナナミーはハッと意識を目の前に戻した。おばあさんが占い結果をナナミーに告げようとしている。
カリナの事を考えていたつもりだったのに、いつの間にかナナミーは同僚達の事を考えていた。
カリナの占いが終わったら、「私の占いは結構です」と丁重にお断りしようと思っていたのに、いつの間にか占われていたようだ。
占い結果が怖い。
ナナミーがアザ持ちだという事を、カリナに知られる事が怖い。
カリナは信用できる友達だが、誰にも話すつもりがない秘密を、誰かに知られる事が怖かった。
それに運命のつがいが誰なのか、真実が明るみになる事も怖い。
もしナナミーの持つアザが、「走るチーター」の模様だったら?
もし「走るピューマ」の模様だったら?
――もし「走るヒョウ」の模様じゃなかったら?
『知りたくない!』
やっぱり真実を聞く勇気が出ない。
おばあさんに手を上げて、急いで「いえ。私は結構ですよ」と占い結果を聞く事を断ろうとしたが、手を上げる前に言葉を告げられた。
「お前さん、良い物を持っているな」
「えっ?」
おばあさんが、ナナミーのカバンに貼ったシールを指差していた。
おばあさんが指差す先にあるのは、ガッスー社の朝採りアスパラガスに貼られていたブランドロゴシールだ。
薄暗いテントの中でも、シールはキラキラと高級な輝きを放っている。
今日は約束の時間が早かったから、会社に行く日よりも早起きをした。屋敷を出るギリギリまで寝ていたナナミーは、朝ごはんを食べる時間もなかった。
優しいお姉さんが、「歩きながらでも食べられる朝ごはん」として、持たせてくれたアスパラガスに貼られていたシールだった。
野菜に貼られたロゴシールには、高級な野菜の香りが残っている。ナナミーはいつも、食べ終えた後もどこかにシールを貼って、高級な余韻をいつも楽しんでいた。
ナナミーもお気に入りのシールだが、快く譲ってあげる事にする。このシールの価値が分かる者になら、譲っても惜しくはない。
「このシール、素敵ですよね。どうぞ、差し上げます」
ナナミーはキラキラと光るシールをカバンからはがして、おばあさんに手渡した。
手渡されたシールを嬉しそうにじっくりと眺めているおばあさんは、ナナミーを占っていた訳ではないらしい。
カラス族はキラキラした物を好むので、光るシールが気になっていたのだろう。
「光り方が素晴らしいな……。良いシールじゃ。こんな良い物をくれたお前さんに教えてやろう。
お前さんの悩みは、このシールが解決してくれる。集めて大切にするといい。お前さんの求める答えはここにあるからの」
「え……!それはこのシールが私のラッキーアイテムって事ですか?!それはどういう―」
「おっと。ここからは有料じゃ」
どうやら無料占いはここまでらしい。
さすが人気のある占い師。人の心を掴む事に長けている。
占いの先の言葉は知りたい。
だけど有料という言葉はパワーワードだ。
スッと冷静になる。
ナナミーは、『そうだ。そういえば今日私は、占いをお断りするつもりだった』と思い出す。
占い師のおばあさんの言葉は、運命のつがいを占ってくれての言葉だという事は明らかだった。
ラッキーアイテムを教えてもらえただけでも十分だ。
「ありがとうございます。でも今日は、これ以上の占いは止めておきます」とペコリと頭を下げて、丁重にお断りする事にした。
ニヤリと笑ったおばあさんが、「またいつでもおいで」と声をかけてくれ、ナナミーはカリナと共にお店を後にした。
今日のオヤツは、キャロー社の有機栽培ニンジンだった。
占いが終わるとそのまま解散したので、市場まで往復しただけの予定だったが、それでもかなりの運動量だ。
とてもお腹が空いていた。
帰ってすぐ用意してくれた高級なオヤツに、ナナミーはポリ……ポリ……と夢中になって平らげてから、ニンジンから剥がしたシールを手に取ってじっと眺めた。
「お前さんの悩みは、このシールが解決してくれる。集めて大切にするといい。お前さんの求める答えはここにあるからの」――という占い師の言葉を思い出す。
今手のひらにあるロゴシールは、ナナミーの求める答えへと導いてくれる、ラッキーアイテムだ。
大切に集めなくてはいけない。
ナナミーは、お風呂場の様子をそっと窺う。
お風呂場では優しいお姉さんが、ナナミーのためにお風呂の準備をしてくれている。
「まだ夕方前ですが、今日はもうお風呂に入って休まれますか?」と聞いてくれ、ナナミーが頷いたからだ。
大丈夫。お姉さんはまだお風呂場にいる。
ナナミーは椅子から立ち上がると、素早くテーブルの下に潜り込んだ。
そしてテーブルの裏にペタリとシールを貼る。
今まであちこちに貼っていたシールは、いつの間にか優しいお姉さんに掃除の時に剥がされていた。
ここなら誰にも見つからずに、シールを集める事が出来るだろう。これからここに、大切なシールを集めていくつもりだ。
ナナミーはまた素早くテーブルから出ると、なんでもない顔をして再び椅子に座った。