15.運命の人
「ねえ。ヒヨク様は否定したみたいだけど、私はナナミーちゃんがヒヨク様の運命のつがいじゃないかな、って思ってるの。
だってあのヒヨク様が、自分のお屋敷に女の子を住まわせるなんて、よっぽどの事よ?たとえ優秀な部下だったとしても、運命のつがいじゃなきゃあり得ないわ。今はまだナナミーちゃんにつがいの証のアザが現れていないだけよ。
ナナミーちゃんはうちの部署でも人気があるもの。ヒヨク様は無意識に、ナナミーちゃんの魅力に引かれているんだと思うの」
「カリナちゃん―――!!!」
さすがカメ族のカリナだ。
洞察力が素晴らしい。
カメ族らしく落ち着いて、ナナミーの優秀さと、どこかにあるナナミーの魅力までも見抜いてくれた。
『それに比べて、あの部署の節穴野郎どもときたら』と、ナナミーは同僚達を思い出す。
社内で、ナナミーがヒヨクの屋敷に住む事になった事が知られ、部署の同僚達も「ナナミーがヒヨク様の運命のつがいだったのか」と騒ぎ出した。
それを聞いたヒヨクが、「そんな訳ないだろ。ナナミーだぞ?」と鼻で笑い、同僚達は「それもそうか。ナナミーだしな」とアッサリと納得しやがった。
信じられない事に、一瞬でつがい疑惑の噂が静まったのだ。
「そんな訳ないだろ。ナナミーだぞ?」とは何だ。
それはこっちのセリフだ。
「そんな訳ないよ。鬼畜上司だよ?」と、ナナミーの方が鼻で笑ってやりたい。
同僚達も同僚達だ。
「それもそうか。ナナミーだしな」とは何だ。
どこに納得の要素があるというのだ。
「お前達こそ、鬼畜上司の言葉に頷くだけのイエスマンのくせに」と言ってやりたい。
――ナナミーだって輪をかけた社畜なイエスマンだが、それは弱小種族のナマケモノ族が賢く生きるための才能だ。
上級種族のくせにイエスマンに成り下がるお前達とは違う。
同僚達とのやり取りを思い出したナナミーは、込み上げてきた怒りに、手に持つお弁当をぎゅっと握った。
屋敷の料理人が持たせてくれた今日のお弁当は、ガッスー社の朝採りアスパラガスだ。
アスパラガスに貼られたガッスー社のロゴシールをそっとめくって、お弁当袋に貼ってから、シャクッと齧ってやる。
『甘い―――!!』
さすがガッスー社。さすが朝採りアスパラガス。
「収穫後すぐにお届けします」と謳っているだけあって、アスパラガスは新鮮で瑞々しい。
『美味しいな〜』と顔を上げると、気持ちよく晴れた空が見えた。
シャクッ……シャクッ……と空を見上げながらアスパラガスを齧ると、高級な味が口の中に広がり、穏やかな気持ちになっていく。
同じく空を見上げながらお弁当のスルメを齧っていたカリナが、スルメを持った手で空を指した。
「見て、ナナミーちゃん。あの雲、走るヒョウの形してるわよ。走る……トラにも見えるかも」
スルメが指す雲は、あの雲の事だろう。
空の高いところを駆けている、あの走るヒョウかトラの形の雲。
「本当だね」と答えながら、『どっちか分からないなんて、私の持つアザみたい』とナナミーは思う。
ナナミーの左のお尻のアザは、走るヒョウ模様にも見えるが、走るチーター模様にも、走るピューマ模様にも見える。
『私の運命のつがいは誰なんだろう?』
普段はあまり考えないようにしているが、雲を見てたらまた運命の相手が誰なのか気になってきた。
ナナミーはふうとため息をつく。
ナナミーにつられたのか、カリナもふうとため息をついた。
「私の運命の人はどこにいるのかな……。アザ持ちじゃないから、私の運命の人が誰かって事は永遠に分からないよね」
残念そうにカリナは話すが、ナナミーはアザがあっても運命の人が誰なのか分からない。
だけど元職場のつがい認定協会で、お尻を見せてまでつがい検証したくはない。
ナナミーもカリナと同じく、運命の人が分からない者なのだ。
「運命の人が誰か分かるといいのにね」とナナミーもしみじみと頷いた。
再び晴れた空を見上げて、極上のアスパラガスをシャクッと齧ると、また高級な味が口の中に広がった。
気分が穏やかになり、ウト……と眠たくなってくる。
『眠たいな……』と思っていると、何かを思いついたらしいカリナに声をかけられた。
「あ。そうだ。街の市場にね、よく当たるって噂の占い師さんがいるの。ナナミーちゃん、今度の休みに一緒に行ってみようよ。運命の人が誰なのか占ってもらおう?」
眠たくて頭がボンヤリしている時に話しかけられて、ナナミーは思わず「うん……」と返事をしてしまう。
「良かった。決まりね」と言われてハッと目が覚める。
よく当たるって噂の、街の市場の占い師。
それは以前ヒヨクを案内したお店だ。
当たっているのか当たっていないのかよく分からない占いだったが、運命の人についての占いは危険だ。アザ持ちだとバレてしまうかもしれない。
急いで「ごめんね。私は占いは信じない派だから、やっぱり止めておくよ」と断ろうとした時、遠くからナナミーを呼ぶ声が聞こえた。
「ナナミーちゃーん!ヒヨク様が早く仕事に戻れってー!」
あっという間にナナミーの前に立ったベアゴーに、ナナミーは眉を吊り上げてやる。
ベアゴーは、ナナミーが唯一強気に出られる上級種族だ。
「まだ昼休み入ったばっかりじゃん。お弁当だって食べ終わってないんだよ」
「ほら」と、齧りかけのアスパラガスを上にあげて見せつけてやる。
「あ、うん。ヒヨク様が、「今日は食べながら仕事が出来る食い物にしてやったのに」って言ってるよ。今日ナナミーちゃんには自分のデスクでお弁当を食べてほしかったみたい。早く部屋に戻ろう?」
パシリのベアゴーが、昼休みにまで鬼畜なメッセージを伝えてきた。
ナナミーは片手に食べかけのアスパラガスを握ったままノロノロと立ち上がり、「早く乗ってよ」と急かすベアゴーの肩にノロノロと掴まった。
高くなった視界からカリナを見下ろすと、「じゃあナナミーちゃん、また休みの日の朝にね。人気のお店だから、朝早くに行ってみよう?バイバイ」と手を振られた。
ナナミーもアスパラガスを持った手を上げて、「バイバイ。でもお休みの日に朝早く集まるのは止めよう?」と言葉を返そうとした。
だけど「バイバイ」と言う前に、すでにベアゴーは走り出していた。
「ナナミーちゃん、片手乗りは危ないよ」とベアゴーに声をかけられて、ナナミーは上げた手をノロノロと下す。
部屋に戻ったら、昼休み返上の仕事が待っている。
今度の休みは早起きをして、よく当たるという占い師のお店に行かなくてはいけない。
「ゴッゴー、ゴッゴー、ベアゴー号♪ 行っけ〜ゴッゴーー、ベアゴー号♪」
「も〜歌わないでよ〜」
「ゴッゴー、ゴゴゴン、ベアッ、ベアッ♪」
こんな時は歌うしかない。
力強く歌って少しでも気分を上げるのだ。
歌いながら、『もし占いで、ヒヨク様が私の運命の人だと告げられたら』、とナナミーは考える。
――もし、お弁当を食べながら仕事をさせるような鬼畜野郎が運命のつがいだと宣告されたなら。
『絶対に!永遠に!運命のつがいだなんて、名乗り出てやるもんか!あんな鬼畜上司は、一生独身で孤独な人生を送るがいい』と心の中で激しく罵ってやった。