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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第一章

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14/68

14.現上司は元上司


「えっ?」「えっ?」「えっ?」


ヒヨクに腕を掴まれたまま歩かれて、訳も分からず部屋を出ると、サイ族の上司のサイモンが立っていた。


「そうだね、ナナミーくん。辞めた職場で仕事が進まないなら、連れ戻されるべきだよね。待遇を上げてもらって、もう少し頑張ってごらん。また仕事を辞めたらここにおいで」


「サイモン様――!!!」



この世の中は力が全てだ。

「強い者には巻かれろ」と昔の人も言っている。


サイ族の上司サイモンは、ヒヨクの強さを認めて、アッサリとナナミーの上司の座を辞してしまった。


「ナナミーくん、はいこれ餞別」と、キャロー社の有機栽培ニンジンを一本、ナナミーに手渡してくれた。

ニンジンに貼られたキャロー社ロゴのシールが、キラリと光っている。


「荷物は後で送ってあげるよ」と微笑むサイモンに、「うっ……うっ……お世話になりました〜」とお礼を告げて、ナナミーはヒヨクに腕を引かれてつがい認定協会を後にした。






全体重をヒヨクに預けると、「歩きづれえな」と腕を掴み直されて、体の向きが地面から空に変わった。


真っ青に晴れた空を見ながらナナミーは引きずられていく。


視線を落とすと、自分の靴が地面に線を描いていた。

「私、もう住む家もないのにな……」と線を見ながらポツリと呟くと、機嫌が良さそうにヒヨクが答えた。


「待遇上げてやるから安心しろ。三食オヤツ付きの住む場所を用意してやる。家賃なし、光熱費なし、会社での残業もなしだ。通勤も歩かなくてもよくしてやるよ」


「え……!ホワイト企業――!!」




どうやら鬼畜だった上司は、ホワイトな上司に生まれ変わったようだ。

ヒヨクは運命のつがいと出会って、心に余裕が出来たのかもしれない。


ナナミーの腕を引くヒヨクの顔は見えないが、聞こえる声はどこか弾んでいた。


『つまんないの……』とまた視線を落とすと、手に握っているニンジンが見えた。

()上司となったサイモンが餞別にくれた、キャロー社の有機栽培ニンジンだ。


ナナミーはニンジンに貼られた、明るい日の光の下でキラキラと光っているブランドロゴシールを剥がして、ペタリとヒヨクの服に貼ってやる。

そしてガブリとニンジンを齧ってやった。


『甘い――!!!』


さすがだ。

さすがニンジン界の最高ブランドだ。皮も甘くて柔らかい。

ポリ……ポリ……ポリ……と夢中になって食べていたら、お腹がふくれて眠たくなってきた。


いつもだったらお昼ご飯を食べ終えて、お昼寝をしている頃だろう。


ズルズルと引きずられているが、大きな手でしっかりと掴まれている腕は痛くない。

地面に描く足元の線を見ると、ナナミーの足に当たらないように、大きな石などがある所は避けてくれている。

やっぱり、鬼畜なオレ様だったヒヨクは人の心を取り戻したようだ。


『私のつがい様もこんな人だったら、すぐに名乗り出るのにな……』と、少し寂しいような気持ちになった。


手に持つ食べかけのニンジンをぎゅっと握る。

目もぎゅうっとつぶると、お昼のポカポカ陽気の中、ナナミーはすぐに眠りに落ちていった。









あの時の私に、ひと言物申したい。


「お前正気か?!何を血迷った事を言っている。つがいがヒヨク様みたいな人だったら、つがいを名乗り出るなど愚かさの極みだ。

眠くなってる場合じゃないぞ、大きく目を開け。

どこに人の心を取り戻した者がいる?どこにホワイトな上司がいるというのだ?

お前の腕を引く者は、鬼畜な上司、それ以外の何者でもない」


――そう言ってやりたかった。






あの日目が覚めると、見覚えのある部屋の中だった。

ヒヨクが約束してくれた三食オヤツ付きの家とは、ヒヨクの屋敷の事だったのだ。

家賃なし、光熱費なし、でいいらしい。


確かに朝の出勤はヒヨクが引きずってくれるから、通勤時に歩く必要はない。

会社での残業なし、も本当だった。


ただし。

会社()()残業なし、だった。


定時と共に「ナナミー、帰っていいぞ」と言ってくれるが、「帰ったら、これ片付けておけ。明日の朝期限だぞ」と分厚い書類を渡してくる。


「ベアゴー、悪いがこの書類持って、ナナミーを屋敷まで送ってくれ。お前の仕事も残ってるんだ。急いで送って、急いで戻って来いよ」と、ベアゴーをパシらせる。


ナナミーは会社ではなく、屋敷で残業する日々を送っていた。

相変わらず上司ヒヨクは鬼畜だったし、ナナミーは哀れな社畜だった。




せめてヒヨクの運命のつがいが見つかっていれば、「つがい様に悪いですから」と、屋敷を出る事ができるが、ヒヨクは運命のつがいを見つけられなかったようだ。

「あの占い師、当たらねえな」とヒヨクは話していた。


ナナミーは思う。


もしも、だが。

もしもナナミーの持つアザが、チーター模様でもピューマ模様でもなく、ヒヨクのヒョウ模様のアザだったとしたら。

やっぱりナナミーの運命のつがいがヒヨクだったなら。



『お前が鬼畜上司である限り、どれだけ占い師を頼っても、つがいが見つかる事などないだろうよ』


――そんな風に思うのだ。







今日も終業時間にたくさんの書類を渡された。

だけど屋敷に戻ってオヤツを食べたら、ついうっかり眠ってしまった。


今日のオヤツはセロ社のオーガニック栽培セロリだったのだ。セロリに貼られた、セロ社のブランドロゴシールからして、普通のセロリとは違っていた。


大事に大事に、いつもよりゆっくりとパリ……パリ……と堪能しながら食べていたら、幸せすぎて眠たくなってしまった。


食べかけのセロリを握って眠るナナミーを、優しい使用人のお姉さんが、優しく起こしてくれたみたいだが、起きる事が出来なかった。

ナナミーを起こしたのは、帰宅して地を這うような鬼畜上司の声だった。


「ナナミー、お前早くその書類片付けろや。付き合ってやってる俺も寝れねえだろうがよ」


ナナミーの部屋のソファーに座った鬼畜な上司が、ワイン片手にイライラと声をかけてくる。

『早くしろよ』と圧がすごい。


こんな鬼畜上司が、ホワイトな上司に生まれ変わるなんて、夢のまた夢の話だ。

こんな鬼畜上司に運命のつがいが名乗り出るなんて奇跡は、一生ないに決まってる。



「私が運命のつがいだったとしても、決っして!絶対に!つがいだなんて名乗り出てやったりしない。こんな鬼畜上司に、一生占いが当たる日は来ないだろう」


ナナミーは今夜も鬼畜な上司に、心の中で予言を告げてやる。


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