13.ヒヨクの探し人
クマ族のクリフの運命のつがいが名乗り出たようだ。
相手はウサギ族の女らしい。
長年待ちに待ったつがいが名乗り出たことで、早々に身内だけで結婚式を挙げる事を決めたらしく、クリフの従兄弟に当たるベアゴーも、今日開かれるはずの挙式に呼ばれていた。
平日の挙式でベアゴーは欠勤する事になったが、運命のつがい同士の結婚式の参加ならばしょうがない。
国を挙げて祝うべき時に、仕事が理由の不参加なんて許されるはずもなく、快くベアゴーの休み申請を認めていた。
今日休んだ分、明日仕事をさせればいいだけだ。何の問題もない。
――問題があるのは、あのナマケモノ族の部下だ。
あの部下は相変わらず見つからない。
どれだけ探しても、いまだに何の手がかりも掴めない。
『一体どこに――』と考えて、ヒヨクはまたペンを握る手に力が入った。ペン先を書類に引っ掛けて破き、チッと舌打ちする。
『こんなにもイライラするのは、仕事が進まねえストレスだろうな』と自嘲した。
「ヒヨク様、昨日はお休みありがとうございます」
結婚式の翌日となる今日、朝からベアゴーが礼を伝えにきた。
「ああ。気にするな。それより早く仕事に入れ」と、書類から顔も上げずにヒヨクが応えると、ベアゴーがまだ何か言い足りない事があるのか、モジモジとしながら机の前を立ち去らない。
仕事中の私語を嫌うヒヨクを恐れて、執務中は絶対に話しかけて来ない部下のベアゴーが珍しい。
よほど何か伝えたい事があるようだ。
「なんだ?」と顔を上げると、ベアゴーがホッとした顔になる。
やはり話があるらしい。
「あの。昨日の結婚式で、クリフ兄さんのつがいのウララさんが話してたんですけど……。ウララさん、つがい認定協会で、受付の窓口にいる女の子にアドバイスを受けて、つがいを名乗り出たみたいなんです。
受付の子は、ナマケモノ族のタレ目の女の子だったって。僕、その子がナナミーちゃんじゃないかな、って思うんです」
「ナマケモノ族はみんなタレ目だろうが」
フンとヒヨクは鼻で笑う。
「でも……あの「国で一番難解な手続き」って呼ばれてる、つがい証発行までの書類を、受付の子――しかもすごく若い子なのに、一日もかからず仕上げてくれたって話してて―」
「ちょっと行ってくる」
ベアゴーの話途中で、ヒヨクは立ち上がった。
つがい証発行までの手続きは、とても複雑だ。
つがいと縁のない者でも、「国で一番難解な手続き」として認識されている。
相当の知識や経験を積んだベテランの職員が、何日も何週間もかけて書類を作成するものだ。受付の若い女が一日で仕上げられるような代物ではない。
そんな事が出来るのは、動きが遅いナマケモノ族のくせに、仕事の勘だけはいいあの部下くらいだろう。
タレ目のナマケモノ族は珍しくない。
だけど「国で一番難解な手続き」を簡単にこなすナマケモノ族など、滅多にいるものではない。
「お前ら!俺がいないからってサボるなよ!俺が戻った時に、仕事の進みが悪かった者は………分かってんだろうな。第二のシャーリーになりたくなかったら、根性入れろや」と部下達に告げて、ヒヨクはつがい認定協会に走った。
ヒヨクは何度か足を運んだ事がある、つがい認定協会の前に立ち、『アイツであってくれ』と祈るような思いでいる自分に気づく。
祈る。―――俺が?
何に祈るというのだ。
力が全てのこの世界で、俺が恐れるものなどない。
『だけどそれもそうか』と考え直す。
あの部下は必ず俺の側に置いておかなくてはいけないヤツだ。
『アイツを早く連れ帰って、たまった仕事を片付けなきゃならんからな』と、ヒヨクは自分らしくなく少し緊張した自分に納得する。
扉を押して中に入ると、受付窓口に座った女がこっちを見ていた。
「こんにちは」と笑顔を向けて挨拶をする受付係は、ずっと探していた部下―――ナナミーだった。
ヒヨクはホッと息をつく。
「やっと見つけた。少し話があるんだが」と声をかけると、「この場所は分かりにくいですからね。ご相談のご予約はされてますか?」とにこやかな笑顔を返された。
「…………」
「待て」と言いたい。
なんでお前はつがい認定協会側の者になってんだよ、と。
お前と話すのに予約って何だよ、と。
「ちょっと困った野郎がいてな」と、思わず低くなった声で言うと、同情するような目になったナマケモノ族の女が答えた。
「それは大変ですね。お話を聞きましょう」、と。
ナナミーは、元上司のヒヨクを、受付窓口の隣にある「ナナミー相談室」に案内した。
元上司のヒヨクは人間関係で困っているらしい。
確かにここには相談窓口があるが、ここはつがい認定協会だ。本来ならばつがい相談を聞く部屋だが、きっとオレ様なヒヨクには、他に相談出来るような友達がいないに違いない。
ナナミーは、元鬼畜上司が可哀想になって、特別に悩みを聞いてあげる事にした。
椅子に腰掛けたヒヨクに、「それで……?」とナナミーが話を促すと、「俺の部下に薄情なヤツがいてな。挨拶もなく、勝手に仕事を辞めやがったんだよ」と悩みを打ち明けてきた。
「それは……ずいぶん礼儀知らずな部下ですね」とナナミーは相槌を打つ。
どうやらあの部署から元同僚が逃げ出したようだ。上司の鬼畜さに限界が来たのだろう。
とはいえ挨拶なく勝手に仕事を辞めるのは、さすがに礼儀知らずだ。ナナミーでさえ、「みなさんお世話になりました」と礼儀正しく挨拶をしてから前の仕事を辞めてきたというのに。
そんな礼儀知らずがあの部署にいたとは。
―――心当たりがある者が多すぎる。
「……だろう?そういうヤツはどうしたらいいと思う?そいつが戻らないと、仕事が進まねえんだよ」
――話す声が低い。
地を這うような声には、相当な怒りが込められている。
ナナミーはずっと、この鬼畜上司の元で社畜生活をしてきた。
神妙な顔で頷きながらも、ナナミーは逃げ出した元同僚の気持ちは痛いほどに分かった。
元同僚はきっと精神的に追い詰められていたのだろう。礼儀知らずにならざるを得なかったに違いない。
だけどナナミーは今、つがい認定協会の相談窓口役を担っている。
相談員は、相談者の気持ちに寄り添う事が大事だ。ヒヨクの心を救うために、彼の側に立ったアドバイスを伝えるべきだろう。
「そうですね。お仕事が進まないなら、辞めた方を見つけて連れ戻すべきでしょう。待遇を上げてあげれば、もう少し頑張ってくれるのではないでしょうか」
どうせ元同僚はみんな強靭な者ばかりだ。
少し良い条件を見せてやれば、そこから馬車馬のように働かせたとしても大丈夫だろう。
ナナミーは相談者ヒヨクに寄り添ったアドバイスを送ってやった。
「そうか。そうだよな」と満足そうに頷く相談者ヒヨクに、ナナミーは「問題は解決したようだ」と満足げに頷き返す。
「じゃあそろそろ行くか」とヒヨクが立ち上がったので、ナナミーも立ち上がる。
「ではお帰りお気をつけて」と声をかけようとして―――腕をガッシリとヒヨクに掴まれた。




