12.ヒョウ族最強の男
ヒヨクは今までにないくらい、不機嫌でイライラする毎日を送っていた。
何もかもが気に入らなかった。
物事が何もかも上手く進まない。
よく当たる占い師がいるという噂を聞いて、運命のつがいについて有益な情報を得たと喜んだが、占いはデマだった。
「お前さんの運命は近くにおるぞ。すでに会っている者をよく探してみるといい。お前さんの心を大きく動かす者をよく思い出すんじゃ」
――あの時、あの占い師は確かにそう言っていた。
『占い師がそう告げるなら』と、あの時今まで感情が動いた事がある女を思い返した。
心を大きく動かす感情とは、きっと喜びや驚きの感情だろう。
喜びや驚き。――――喜びや驚き?
『そんな女がいただろうか?』と考えた時に、ハッと心当たりがある事に気がつく。
そういえば、『こんな場所で、こんな美味いものが食えるとは』という、軽い驚きと共に喜びをさせた女がいた。
出張で隣国へ行った時、何気に入った小料理屋で、ずいぶん美味い手作り干し肉を出してきた、カピバラ族の女将を思い出す。
あの時確かに、俺は嬉しい驚きの感情を持った。
「あの女だ」
俺の運命のつがいは、隣国にいた。
美味い干し肉を作る、カピバラ族の女だったのだ。
女の顔は全く覚えていないし、顔を思い出そうとしても、思い出すのは干し肉の味ばかりだ。
だけどあのよく当たるという噂の占い師が告げるなら、確かめるべきだろう。
そう思ってはやる気持ちを抑えて、手持ちの仕事を手早く片付けて隣国へ渡った。
なのに、だ。
わざわざ仕事を休んで隣国まで渡ったというのに、カピバラ族の女は俺のつがいではなかった。
手持ちの仕事を片付けた夜、そのまま隣国へ向かい、開店と同時にあの女の店に駆け込んだ。
「少し話がしたい」と告げた瞬間に、女から俺に向けられた好意に、胃がムカムカして吐き気を感じさせられた。
『コイツは違う』と気づく。
この女は、他の女と同じだった。
基本的に女という生き物は皆、俺の胃をムカムカさせるものだ。
「胃をムカムカさせる者」は女。
「胃をムカムカさせない者」は男。
俺は性別をそう分類させている。
「胃をムカムカさせない女」―――その存在こそが、俺のつがいだろう。
「やっぱり用はない」と、俺はカピバラ族の女の店をそのまま後にした。
せっかくつがい探しの休暇を取ったのだ。
仕事は、仮の責任者としてシャチ族のシャーリーを置いてきたし、しばらく留守にしても仕事に支障はないはずだ。
まず書類の翻訳をナマケモノ族の部下にさせて、後は翻訳後の書類を基に、部署の皆に仕事を振り分ければいい。
少し考えればシャーリーも仕事の流れは理解するだろう。
そう考えて、ヒヨクは今まで感情を揺さぶった事のある、思い出す限りの女達に会いに行った。
結果―――判明した事がある。
俺の心を動かすほどに上手い料理を出した事がある女は全て、俺の運命のつがいではなかった。
どの店に行っても、「話がしたい」と告げた瞬間に、胃をムカムカさせる女達ばかりだった。
焼き肉屋の女も、焼き鳥屋の女も、しゃぶしゃぶ屋の女も違った。
ただ料理が上手いだけの店だった。
よく当たるという占い師の噂はデマだったのだろう。
何一つつがいの情報を掴む事も出来ずに仕事に戻ったわけだが、久しぶりに戻った職場に、ナマケモノ族の部下がいなかった。
そして全く進んでいない仕事が山積みになっていた。
「……おいシャーリー、どういう事か説明しろ。テメェはどんだけ仕事が出来ねえんだよ。俺は使えねえ者や仕事の遅い者は、即切り捨てる主義なんだよ。お前、仕事辞めろや」
代理で仕事を任せたシャチ族の女は、使えない奴だった。
「ナナミーはどうした?」と、ベアゴーにこの状況を説明させると、シャーリーが初日に、あの部下に圧をかけて辞めさせた事が分かった。
そのせいで、仕事がほとんど進まなかったらしい。
あの部下はナマケモノ族らしく動きは遅いが、翻訳や書類作成の早さはピカイチだ。「アイツだけは辞めさせねえ」と思ってる部下を切り捨てるとは。
ヒヨクははらわたが煮えくり返る思いだった。
シャーリーも腹立たしかったが、シャーリーを代理に選んだ自分自身にも苛立った。
そしてこの会社を去った後、どれだけ探しても見つからないナマケモノ族の部下に、一番ムカムカさせられている。
ナマケモノ族の部下―――ナナミーが見つからない。
シャーリーを締め上げた後すぐに、ベアゴーをナナミーの部屋に向かわせたが、部屋は空になっていた。
仕事を辞めた翌朝に、部屋を引き払って出て行ったらしい。
『森に帰りやがったか』と思い、屋敷の使用人に指示を出して森へ向かわせたが、ナナミーは森に帰ってはいなかった。
ナナミーの家族の話によると、「荷物だけが送られてきて、娘からはなんの連絡もない」という事だった。
「事故や事件に巻き込まれたのでは?!」と焦った使用人に、ナナミーの家族は「ははは。あの子は手紙を書くのを面倒がっているだけだと思いますよ」「ふふふ、そうよね」と、呑気に笑っていたそうだ。
――信じられない呑気さだ。
あのトロくさいヤツに、何かがあったらどうするというのだ。
ナナミーはただの使える部下だが、アイツを失う訳にはいかない。―――仕事の効率のために、だが。
アイツはただの便利な部下だが、俺には必要なヤツだ。―――あくまでも仕事の上で、だが。
必ず、何があっても見つけ出して、連れ戻してみせる。
『絶対に逃さねえぞ!』
―――そう強く決意したはいいが、いまだにナナミーの足取りは全くつかめていない。
この街にまだいるなら、たまには市場に姿を現してもいいはずだが、贔屓にしていた八百屋にも顔を見せていないようだ。
八百屋の主人に、「ナナミーを見かけたら、必ず連絡しろよ」と脅しているが、まだ連絡は入らない。
『どこにいやがる。本当に危険な事に巻き込まれたんじゃねえだろうな』
無事でいるのかさえも確かめられなくて、苛々がつのっていく。
ナナミーの事を思い出したら手に力が入り、ガッとペン先が書類に引っかかって、書類が破けてしまった。
チッ!と忌々しそうにヒヨクは舌打ちして、ふと気がつく。
『そういえばこの部署にも女がいたな』
ナナミーがこの部屋にいた時は、胃がムカムカした事がなかったから、ヤツが女だという概念がなかった。
しかし―――
これほどまでに胸がムカムカイライラさせられるのは、ナナミーも他の女どもと同じだという証拠だろう。
俺をムカムカさせない女は、運命のつがいだけに違いない。