第一章 第八話
事実は小説より奇なりという言葉がある。あるいは、嘘から出たまことと言った方が今の状況を的確に表しているのかもしれない。
毎日小説を書き続けているお兄ちゃんならすぐに適切な表現がすぐに思いつくのだろうけれど、私にはそれができなかった。
「まさか、本当にヤっちゃってるとはねぇ。しかもあれ、一昨日とは違う男でしょ。信じられない」
「凛子、近づきすぎだって。バレるわよ」
ホテルから出てきたばかりのオリビアさんの写真を撮影した凛子がさらに電柱一本分の距離を詰めようしたところを、手を引いて止めた。
放課後に凛子と一緒にオリビアさんを尾行し始めてからまだ三日目なのに、既に男性とのデートシーンを見るのは二回目だった。
雨がひどく外出が困難だった昨日を除くと、実質二日で二回と言ってもいい。
一昨日は食事と買い物をしていただけだったけれど、今日はホテルに出入りするところを見てしまったので、もう、間違いないと言っていいだろう。
私だって、ラブホテルが何をする場所なのかくらいのことは知っている。
「相手はこっちの顔を知らないから万が一気づかれったって大丈夫。平気よ」
制止する手を振り払いながら凛子が言う。
「私の顔はバレてるのよ」
「え、そうなの?」
「たぶん、わかんないけど。屋上で見かけた時、目があった気がする」
「じゃあお姉ちゃんはここにいて。私が撮ってくる」
凛子が力強くそう言って、私の返事を待たずに飛び出した。
その瞬間少し躓き、バランスを崩した凛子が思わず声を上げる。物音に気付いたオリビアさんが凛子の方をさっと見た。
凛子がその場から動けないでいると、オリビアさんは何も言わずにすぐに視線を同行男性の方へと戻し、何かを話しながら去っていった。
明らかに凛子の存在に気づいた様子だけれど、まさか自分が尾行されているとは思っていないのだろう。
遠ざかっていくブロンドヘアを睨みつけながら、凛子が立ち上がる。
短いスカートの形を両手で整えて、すぐにこちらへ駆け寄ってきた。
「大丈夫? 怪我してない?」
「ごめんごめん。でもこれで決定的な写真がちゃんと撮れたから。あの女、ちょっと可愛いからってこんなことしてたのね」
「あの女、ちょっと可愛いからってこんなことしてたのかよ」
突然背後から聞こえた低い声の方を見ると、真っ黒なスーツを着た男性が立っていた。
ネクタイを外し、胸元のボタンを三つほど開けている。
「あっ、あんた。この前の」
凛子が驚きの声を上げると、男性は、
「よう、また会ったな」
と、言った。
「行こ、お姉ちゃん」
凛子が男性を睨みつけ、乱暴に私の手を取って速足で歩き始める。事情が全く呑み込めなかった。
「いいの? 知り合いみたいだったけど」
「あいつ、ストーカーなのよ。この前ナンパされてから今日で三回目。女の子を探すよりも先に、就職先を見つければいいのに」
「だからさぁ、神社で会ったのは偶然だって言ってるだろ。今だって偶然だし、一回目のナンパだって言ってみれば偶然みたいなもんだ。もっと素直に、神様がくれた出会いに感謝しようぜ」
私たちの後を追いかけてきた男性が身ぶり手ぶりを交えて反論する。
「何が神様よ。もう着いてこないでって言ったでしょ。ナンパ男なんて絶滅すればいいのに」
「待てよ。俺はオリビア・ランスロットのことを知っている」
男性の言葉に、凛子の足がピタリと止まった。釣られて私も立ち止まる。
「やっぱり撮ってたのは男じゃなくてオリビアの方か。お前らの事情は知らねぇが、教えてやってもいいぜ」
男性が満足そうな様子で笑った。白い歯がきらりと光る。
「それ本当? ウソだったら許さないから」
凛子が私の手を握りしめたまま、男性に問う。
「三丁目に小さな教会ができたことは知ってるか? 奴は日曜日の朝にいつもその教会に通ってる。この目で見て、本人から直接聞いたからな。ウソじゃねぇよ」
「なんでそんなこと知ってるのよ。あんた、教会なんて行くタイプには見えないけど」
「俺は可愛い娘がいるところならどこだって行くんだよ。ちなみにご推察の通り、俺は信者じゃない」
「オリビアは信者だってこと?」
「さぁな。俺も詳しくは知らない。でも奴は日本育ちじゃない。見た目だって、神社というよりは教会に通ってそうな感じだろ」
「それはそうだけど、未成年なのにホテルに出入りしてるような女が教会ねぇ」
「人にはそれぞれ他人には言えない事情ってものがある。って、ガキのお前にはわからんか」
男性の言葉に、凛子が再び眉を吊り上げる。
「いい歳して中学生を追いかけまわしてる無職に言われたくないわよ。私、年上はもうこりごりなの。今すぐ私の前から消えて」
男性は一瞬、凛子が何を言っているのか分からないという表情をしたけれど、すぐに理解したようだった。
「えっ、お前中学生かよ。ずいぶん老けてんな」
男性の言葉を無視して、凛子が歩き出す。私は黙ったまま男性に会釈をして、速足で進む後姿を追いかけた。
「おいおい、教えてやったのに礼もなしかよ。まったく最近のガキはこれだから。というか俺は無職じゃなくて大学生だ」
背後から聞こえる男性の声がだんだんと小さくなって、次第に消えた。
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