第一章 第七話
「何それ、それで何も言わずに帰ってきたの?」
放課後、帰宅した凛子に今朝の出来事を話すと、彼女は興奮気味に質問してきた。
「帰ってきたっていうか、学校に行った。遅刻しそうだったしね。ちなみに、ぎりぎり間に合った」
「そんな話はしてないじゃん。お姉ちゃん、たっくんに何も言い返さなかったの?」
凛子の小さな顔が私に近づいてくる。まぁそうだろう。こういう反応が来るのは想定内だ。
「言い返すって、何をよ。お兄ちゃんがオリビアさんのこと好きだって言うなら私にはどうしようもないじゃない」
「たっくんは好きなんて言ってない。好きかもしれないって言っただけなんでしょ」
「同じようなものよ」
「全然違うじゃん。ねぇ、夏樹もそう思うでしょ」
凛子が隣にいる少年に話しかけた。夏樹と呼ばれた男の子は、どうやら凛子の新しい彼氏らしい。
夏祭りの日に前の彼氏と別れたばかりなのにもう新しい人を見つけて家にあげるなんて、一体何を考えているのだろう。
一歳しか年の離れていない姉妹なのに、全く考えが理解できない。
「ごめんね凛子ちゃん。僕、そういうことはよくわからなくて……」
夏樹が凛子にそう言ったあと、こちらを見て頭を下げる。
大学生の元カレはいかにも遊んでいそうなチャラ男で、正直あまりいい印象を持っていなかった。
夏樹は、そんな元カレとは全く真逆のタイプに見える。
実際には隣のクラスらしいけれど、凛子よりも年下だと言われても驚かない風貌だった。
「お姉さん、今日は遅くまですみませんでした。僕、もう帰ります。凛子ちゃんも、また来週」
夏樹が再び頭を下げる。
「もう帰るの? 今日はお母さんたちいないし、泊っていかない?」
凛子がそう言うと、一瞬で顔を真っ赤にした夏樹は、
「親が心配するから」
と言って速足で出て行った。
「あんた、いったい何人目の彼氏よ」
二人きりになった自宅で、凛子に話しかける。
「さぁね。昔付き合っていた人のことなんてもう忘れちゃった。終わった恋のことなんて、どうでもいいもん」
「前の彼氏のことだって、あんなに好きだって言ってたのに……」
「男と女なんてそんなもんだよ。お姉ちゃんみたいに物心ついたころから一途な人の方が珍しいって。もはや天然記念物だよ」
凛子は明るい声でそう言って、さっきまで夏樹が座っていた座布団を自分のそれと重ねた。
二倍の高さになった座布団の上に細い脚で胡坐をかく。
「彼ね、将棋のプロを目指してるんだって。正直、気持ち悪いオタク系の人なのかなーって思ってたんだけど、この前神社で子供たちに将棋を教えてる姿がかっこよくて、それで私からコクっちゃった」
「へぇ。お姉ちゃんのお父さんが神社でやってる将棋教室?」
「そうそう。夏樹はとっくに朱莉お姉ちゃんのお父さんより強くなって卒業しちゃったんだけど、今でもたまに顔を出して教室のお手伝いをしてるみたい。朱莉お姉ちゃんのお父さんも褒めてたけど、すっごく頭いいんだよ。将棋だけじゃなくて学校のテストもいつも学年トップレベルなの。それで、私の元カレってよく考えたら馬鹿ばっかりだったから、今度は頭いい人がいいかなと思って決めたわ。ちなみに夏樹の親は紫水工業の社長さん。超お金持ちなのよ」
凛子の話を聞いていると、いつまでもウジウジと悩んでいた自分が馬鹿らしくなり、少し気分が明るくなってきた。
「凛子って、どうしてそんなに割り切れるの?」
思ったことを素直に聞いてみる。
「割り切る?」
「思い出したくない話だったら申し訳ないけど、ついこの前だって振られて落ち込んでいたじゃない。あれから一か月も経っていないのにどうしてそんなに明るいのかなって」
「だって恋愛って相手がいるものだから、一人で悩んでも仕方ないじゃん。もう終わったことだしさ。それに、私はずっと前に一度大失恋をしてるから、あの時に比べたら最近の失恋なんて大したことないよ」
凛子に大失恋があったのは知らなかった。
凛子は彼氏と別れるたびに大泣きして周囲を困らせ、一週間もすると元通りの元気な状態になっていた記憶しかない。
おそらくその中のどれかが、凛子のいう大失恋ということなのだろうけれど、どうにも言葉の定義が自分とは違う様に思えた。
「私の話はいいの。それで、そのオリビアって人は結局何者なわけ?」
凛子の元カレを一人一人思い返していると、急に話題を変えられた。
「お兄ちゃんのクラスに来た転校生。お兄ちゃんが神原友だっていうことも知ってる。外国の出身で、すごく美人なの」
「それだけ? なんだかよくわからないけど、感じ悪そうね。美人ってだいたい性格悪いから」
凛子が適当なことを言う。美人は性格が悪いなんてこと、いったいいつ誰が言い始めたんだろう。
きっと美人でもなく性格もよくない人が吹聴して回った、いい加減な言説に違いない。
顔面と性格は関係ないどころか、むしろ美人ほど性格がいいのではないかとすら思うことがある。
「とりあえず、調べてみようよ」
凛子が明るい声を出した。
「調べるって何をよ」
「来週から一週間、放課後に尾行するの。きっと毎日違う男と遊び歩いてるんじゃないかな。ホテルから出てくる写真でも撮って叩きつけたら、たっくんもすぐに目を覚ますって。ね、とりあえずやってみよ?」
「凛子、あなた楽しんでるでしょ」
「違う違う、心配してるんだって。敵を知り己を知ればなんとかって偉い人も言ってたじゃん」
凛子は慌てて否定していたけれど、その目はキラキラと星のように輝いていた。
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