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まるで煌めく花火のように  作者: 匿名になろう
第一章 桃花の願い
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第一章 第三話

一瞬の油断だった。


私がくじ引きコーナーの景品を眺めている間、ほんの十五秒くらいだろうか。振り返ると、お兄ちゃんの姿が見えなくなっていた。


しばらく周囲を探し回ったけれど、この混雑の中、慣れない浴衣姿での人探しは予想以上に難しかった。


しばらく探したあとにスマートフォンでメッセージを送ってみたものの、既読の表示はいつまで待っても現れない。


何度電話をかけても結果は変わらなかった。


時刻は七時四十分。そろそろ階段を上り始めないと、花火の開始に間に合わないだろう。


まだお兄ちゃんは見つかっていないけれど、花火を高台で見ようという話をしたばかりだ。もしかしたら一人で先に高台に行ったのかもしれない。


一人で殺人階段のふもとまでやってくると、ちらほらと高台を上っている人がいた。


普段に比べると人が多いのは当然だけれど、想像していた人数に比べると少なく感じた。


この程度であれば、高台でお兄ちゃんを探すのは難しくないだろう。


少なくとも、そう思える程度の人数だった。


「はぁ、はぁ」


息を切らしながら速足で階段を上る。


日頃から剣道部で鍛えているとはいえ、正直に言って疲れた。


周りを歩くカップルを見ると、男性が女性を優しくエスコートしているのがわかった。


全員スニーカーで来ている家族連れや、大きなカメラを持った大学生の集団もいた。


懐にしまったスマートフォンはいまだに静かなままだ。お兄ちゃんはどこに行ってしまったのだろう。


疲れと寂しさで、なんだか泣きたくなってきた。


一度は握ったあの手をもっとしっかりと掴んで離さなければよかった。


そうすればはぐれることも、一人でこの階段を上ることもなかったのではないか。


そんな気持ちを振り払い、無心で足を進める。


提灯でぼんやりと照らされた先を見ると、あれだけ長く見えた階段はもう残り十段ほどになっていた。


「よかった。間に合った」


最後の力を振り絞って、階段を駆け上がる。


高台に着くと、数十人程度の人の向こうに、海が見えた。その手前には、見慣れた紫水町の街並みが写っている。


その瞬間、ドンという大きな音がしてオレンジ色の花火が上がった。


同時に、高台が歓声に包まれる。拍手をしている人、写真を撮っている人など様々だ。


緑、赤、紫。次々と空に花が咲く。以前に境内で凛子と見た時よりもはっきりと見え、階段を上ってよかったと思えた。


「そうだ、お兄ちゃんは……」


慌てて左右を見渡し、お兄ちゃんの姿を探す。意外とすぐに見つかった。


「やっぱり先に来てたのね。ちゃんとスマホみてよ」


そう声をかけようとしたところで、異変に気付いて足が止める。


高台の端、少し錆びた鉄製の柵の手前にいるお兄ちゃんに向かって、一人の女性が駆け寄っていくのが見えたのだ。


ブロンドの長い髪に真っ白なワンピース、そして十センチはありそうな踵の高い靴を履いた、とても日本の神社で行われる夏祭りの参加者とは思えない風貌をしたその女性が、そっとお兄ちゃんの耳元に口を近づけ何か話しかける。


お兄ちゃんが慌てて顔を話すと、女性が今度はお兄ちゃんの手を取って、彼の身体をぐっと自分の方へと引き寄せた。


体勢を崩したお兄ちゃんが顔を上げると女性は手を放し、すぐにお兄ちゃんの右腕に自分の左腕を絡めて、二人で仲よさそうに歩き始めた。


何もできないままお兄ちゃんたちの様子を見ていると、一際大きな音を立ててオレンジ色の花火が打ちあがった。


「すげぇ、今のデカいな。母ちゃん」


小学生くらいの子供が、私の浴衣の袖を引っ張りながら話しかけてきた。


「え……」


彼の方を向くと、少年は、


「あ、えっと、ごめんなさい」


と、気まずそうに頭を下げた。


しゃがみ込んで少年と目線を合わせ、


「大丈夫。ほら、こっちの方がよく見えるわよ」


と言って場所を譲ると、近くにいた母親と思しき女性が、


「どうもすみません。ありがとうございます」


と、言ってくれた。


再び柵の方を見た時には、もうお兄ちゃんの姿はそこにはなかった。


スマートフォンのメッセージは相変わらず未読のままだ。


正直、何が起こっているのかよくわからなかった。




翌朝、本来なら今日が始業式のはずだけれど、今年の九月一日は日曜日なので、まだ休みだった。


今はこの一日の休日がありがたい。


「おねえ……ちゃん?」


自室から出てきた凛子が、おそるおそる私の名前を呼ぶ。


「ああ凛子、おはよう。早いわね。学校は明日からよ」


気の抜けた返事をすると、凛子はすぐに、


「わかってるよ」


と、言った。


「お姉ちゃん、どうしたの? 昨日何かあった? 帰ってきてから様子が変だよ。高台、行けなかったの?」


凛子が私の前に回り込み、早口で尋ねる。


「行ったわよ。あの長い階段を上ってね。浴衣だと歩きにくくて疲れたわ」


「じゃあどうして。たっくんと喧嘩したの?」


「ごめん。今は話したくない」


「私にも言えないことなの?」


「いつか話すから」


私がそう言うと、凛子はそれ以上何も言わずに自室へと戻っていった。

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既に最後まで書き終わっているので、できるだけ速やかに全話投稿していきます。

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