第四章 第六話
いくら反抗してみたところで、決定事項に逆らうことはできない。
現神主である父が、兄を後継者として指名した。この事実が覆ることはなかったけれど、徐々にそれを受け入れ、今までと同じ日常を過ごしていた。
幸平との結婚の予定は変更されることなく進み、今年の初冬、夏祭りと初詣の中間の比較的落ち着いているタイミングで挙式することになった。結婚してもしばらくは、笹川神社で暮らすつもりだ。
「このチラシを一軒ずつポストに配って回るの。手伝ってくれる?」
目の前に立つ凛子に一丁目の分を、隣の夏樹に二丁目の分を手渡した。二人は今年から高校生になったので、正式にアルバイトスタッフとして今年の夏祭りの準備を手伝ってくれている。
求人誌などでの募集も行っているが、昔からの顔見知りにお願いできるのであれば、その方が安心感があった。
「うん、任せて。いつまでに配ればいい?」
「まだ夏祭りまでは日があるし、ゆっくりで構わないわ。昼は暑いから熱中症に気を付けてちょうだいね。できれば朝や夜がいいかもしれないわ。余裕をもって多めに印刷してはいるけれど、同じ家に何枚も配らないように、どこの家に配ったかは各自で覚えておいてくれると嬉しいな」
「夏樹は頭いいからそういうの得意だよね」
私の言葉を受けて、凛子が夏樹に言った。
「えっ、うん。まぁそれくらいなら覚えられると思うけど」
夏樹が慌てた様子で答える。
「さすが! じゃあ一丁目と二丁目は二人で一緒に配ろうよ。ね、お願い」
凛子が夏樹を上目遣いで見上げると、彼は少し恥ずかしそうに頷いた。
「仲直りできてよかったわね」
笑顔の凛子に語りかける。
「クリスマスに高台で花火をしたおかげかも」
凛子がそう答えると、続けて夏樹が、
「あの時は道具を貸してくださってありがとうございました」
と、頭を下げた。
私の手には、三丁目分のチラシが残っていた。これは私が自分で配ることになるだろう。
そこでふと思い出す。担当を割り振った際には意識していなかったけれど、三丁目と言えばエリックの教会がある場所だ。
「そういえば凛子ちゃん、三丁目に出来た教会に通ってるんだって?」
「通ってはないよ。何回か行ったことがあるだけ。最後に行ったのはもう半年くらい前だと思うけど、それがどうかした?」
「牧師さん、元気かしらと思って」
私がそう言うと、凛子が納得した様子で顔を上げた。
「そうだ。エリックさんって朱莉お姉ちゃんの昔の知り合いなんだよね。この前お姉ちゃんから聞いたよ」
「そうなのよ。まぁ彼の方は忘れてしまってるみたいだけど」
「会いに行ってみたら? 案内しよっか?」
凛子の提案に少し迷ったけれど、やはりやめておこうと思った。
これまでに得た情報をまとめてみると、エリックは一年以上前に紫水町に戻り、去年の夏祭りに参加していたのに、あえて私に声をかけてこなかったという可能性が高い。
しかもおそらく、その時に彼は外国人の恋人と一緒にいた。今さら私が出ていっても迷惑なだけだろう。
「いいえ、結構よ。私がここにいるのは彼も知ってると思うし、私から会いに行って忘れられてたら悲しいから」
「そっか。エリックさん真面目そうだし、忘れてるなんてことない気がするけどなぁ」
「私たちが仲良かったのって、彼が四歳の時の話なのよ」
私が答えると、凛子は、
「じゃあ忘れてるかも。私も自分が四歳の頃の出来事なんてほとんど覚えてないし」
と、言って笑った。
それから一週間もしない平日の日中だった。私がいつも通り神社の清掃をしていると、遠くから男性の声がした。
「あの、すみません」
私が振り返ると、男性は少し駆け足になった。
「朱莉さん。笹川朱莉さんですよね」
その人物が誰なのか、すぐにわかった。
もう会うことはないと思っていたエリックの声に、懐かしさが蘇る。
昔と比べると声は低くなり、背は高くなった。服装だって二十年前とは全然違う。それでも、明るい茶色をした髪と青くて透き通った目は昔のままだった。
「久しぶり、エリック。元気だった?」
私がそう言うと、エリックは、
「朱莉ちゃん、久しぶり。また会えてよかった。今日は君に会いにきた」
と、返してくれた。
二人で歩きながら昔話をする。
「この神社は二十年前と変わらないね。さっき僕がくぐってきた鳥居も、そこの自動販売機も、あそこのおみくじも。それに、階段の上の高台だって相変わらずみたいだ」
「ええ、最近は殺人階段なんていう物騒な名前で呼ばれてるわ。実際、上り切るのはかなり大変だもの」
「今なら一番上まで上り切れるのになぁ」
エリックが階段の上の方を見つめながら言った。
「ねぇエリック、あなた言っていたでしょう。高台に上って花火の前で愛を誓えば永遠に結ばれるって。私たちが結婚しようって約束した日、二人で手をつないで長い階段に挑戦したあの夏の日、一緒に高台まで上り切っていれば未来は変わっていたかもしれない。今でも時々、そんな風に思うことがあるわ」
「それは迷信だろう」
エリックが笑う。
「私、ずっとこの神社にいるのよ。高台で花火を前に愛を誓ったカップルが幸せになる姿を何組も見てきたわ」
「たしかに僕もそういう話を聞いたことがある。でも、やっぱり偶然じゃないかな」
「そう……」
私が残念そうにしていると、エリックはそっと話の続きを促した。
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