第三章 第六話
教会からの帰り道、バスを降りて歩いていると、思わぬ人物に出会った。
水色のシャツと紺のズボンを身に着けた、細身の男性。
ファッションに興味がないのか、それとも仕事が忙しくて服を買いに行く時間がとれないのか、理由はよくわからないけれど、学制服姿ではない時の彼は、昔からいつも同じような服を着ていた。
「たっくん、おはよ」
背後から速足で近づいて、追い抜きざまに声をかける。
振り返ったたっくんは突然の私の登場に驚きながらも、
「おはよう」
と、あいさつを返してくれた。
「せっかくの日曜日なのに、一人なの? お姉ちゃんとはうまくいってる?」
「まぁまぁうまくいってるんじゃないかな」
私の問いかけに、たっくんが少し恥ずかしそうに答える。
「ちゃんとデートしてる? お姉ちゃん、なんか前とあまり変わらない生活してるように見えるけど」
私がそういうと、たっくんは今度は少し困った表情を浮かべた。
「今は仕事が忙しくてほとんど外に出られてないんだ。学校も休む日が多いし、桃花が家に来た時くらいしか会えてない。でも電話とかはちゃんとしてるし、大丈夫だと思う」
「そっか、まぁその辺は本人たちがいいなら私がどうこう言っても仕方ないことだけど」
「心配かけてごめんな。それから、この前は連絡くれてありがとう。おかげでいろいろうまくいった」
たっくんがこちらを向いて、そう言った。改めてそんなことを言われると、私の方が恥ずかしい。
「私は伝言を伝えただけだよ。オリビアさんが自分で伝えればよかったのにね」
「まぁあいつにも悪いことをしてしまったからな。怒ってて直接話したくなかったんだろ。それにしても、凛子とオリビアに接点があったのは知らなかった。いつの間に仲直りしたんだ?」
オリビアは別に怒っていたから直接伝えなかったわけではないと思うけれど、それは今さら私が伝える話でもない。
「たっくんがオリビアさんのことをいろいろと教えてくれたおかげだよ。あの後すぐに、一人で教会まで謝りに行った」
「教会?」
「うん、三丁目の角に新しくできたんだって。オリビアさんは日曜日の午前中に教会にいるって話をある人に聞いてたから、行ってみた。ちなみに今日もオリビアさんに用があって教会まで行ってきた帰りだよ」
「へぇ、そうなんだ。意外と律儀なんだな」
「やっぱり外国人だし、お国柄なんじゃない? 牧師さんも外国人っぽかったし気が合うのかも」
「そうじゃなくて、凛子のことだよ。わざわざ謝りに行ったって、それ、殴ったことについてだろ?」
「ああそっち。まぁ私、あのお姉ちゃんの妹ですから」
そう言って、わざとらしく胸を張る。すぐに、
「こう見えて意外と真面目だし、いろいろ考えてるのよ」
と、付け加えた。
たっくんにとって私は年下である桃花の更に妹という存在なんだろうけれど、私だっていつまでも昔の私ではない。
「それで、たっくんはどうしてこんなところにいるの? 忙しくて外出できないんじゃなかったっけ?」
たっくんの仕事が最近忙しいということは、姉からもぼんやりと聞いていた。
たまには運動した方がいいとアドバイスしたとも言っていたので散歩でもしているのかと思ったけれど、返ってきた答えは想像していたものとは違った。
「誕生日プレゼントを買いに来たんだ。桃花には内緒にしておいてくれよ」
目線を逸らしながら答えるたっくんの左手には、スポーツショップの袋がぶら下がっていた。
たっくんは根っからの文化系男子なので、おそらくこの袋の中身が姉へのプレゼントということだろう。
「お姉ちゃんの誕生日、もうすぐだもんね。そのあとはクリスマスもあるし、大変じゃん」
「あっそうか。クリスマスも何か必要か」
「当たり前じゃん。ちゃんとしないとお姉ちゃん悲しむよ。まったく男の子はいつまでも子供なんだから」
他愛もない話をしながら、真っ赤になった街路樹が並ぶ道を一緒に歩く。
こうしてたっくんと二人だけの時間を過ごすことは、かなり久しぶりだった。
正確には覚えてないけれど、もう一年以上ぶりな気がする。
別に振られて気まずくなり避けていたというわけではない。
同じ敷地内の学校に通っていても中等部と高等部では校舎が離れているし、いくら家が近所とはいえこれといって会う理由がなかっただけだ。
こうして徐々に疎遠になって、幼馴染との懐かしい思い出はゆっくりと記憶の彼方へ消えていく。
それも大人の階段を構成する一つの要素なのだと、近年は考えるようになった。
「凛子はずいぶん女らしくなったよな。大人っぽくなったし、綺麗になった」
信号待ちをしながら足元の落ち葉たちを見つめていると、たっくんが突然言った。
二年前と同じように、さりげない言葉が私の奥底まで染みわたる。
あれからずっと心にひっかかっていたものが取れた気がした。
動揺を悟られないように少し前に出て、背中を向けたままたっくんに言葉をかける。
「でしょう。今さら私の良さに気づいても遅いんだから」
今は決して振り返らない。
家を出る前にしっかりセットしてきた髪に当たる冷たい風が心地よかった。
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