第三章 第五話
三丁目の小さな教会へ訪れるのは、これで二回目だった。
そういう宗派なのか牧師個人の趣味なのかはわからないけれど、外観は歴史の教科書に載っているような派手な屋根をしているものではなく、少し大きな普通の一軒家という感じだった。
しかしそれでも、大きく掲げられた十字架や綺麗に整えられた庭は、私の普段の生活圏にはない高潔な雰囲気を醸し出していて、扉に近づくにつれ徐々に足が重くなった。
同じ宗教施設なのに、通い慣れた笹川神社とは緊張感が全く違う。
「よう、凛子じゃねえか。こんなところで何してんだよ」
扉の前でその場を行ったり来たりしていると、背後から大志が声をかけてきた。
夏樹の先輩だということを知って以降、以前ほど大志に悪い印象を持つことはなくなったけれど、別に仲良くなったわけでもない。
私にとっては今でもただのナンパ男だ。
「あんたこそどうしているのよ。そういえばこの前もいたわね。意外と信心深いタイプ?」
「オリビアに会いに来たんだよ。あいつ、日曜日の午前中はいつもここにいるから、待ち合わせをして午後デートに行くんだ」
尾行している時に出会ってからずいぶん時間がたったけれど、この人はまだオリビアを付け回しているのか。
やめるよう言ってやろうかと思ったタイミングで、大志の後ろからオリビアが顔を出した。
「あら、あなた……」
オリビアが不思議そうにこちらを見ている。
「こんにちは」
「二人で何してるの? 入りましょうよ」
オリビアがそう言ってドアに近づいた瞬間、それは内側から開いた。
「こんにちは。今日は三人もいらっしゃるんですね。どうぞ」
牧師の恰好をした男性が、私たちを招き入れてくれた。
今日私がここに来たのは、オリビアに会うためだった。
夏樹と別れてしまったことや行き場のない想いを誰かに聞いて欲しかったけれど、姉は恋愛については全く頼りにならないし、愛海に対しても少しコンプレックスがあった。
今は水泳部の彼氏の話やクリスマスに関する話なんて聞きたくない。
こういう時、いままでなら神社に行って朱莉お姉ちゃんに相談することが多かったけれど、今回は応援していると言われたばかりだったので、自分から別れを切り出したことを説明するのは少し気が引けた。
「状況は大体理解したけれど、なんで私なの? 会うのは今日が三回目だし、正直私、あなたのことあまり知らないわよ。夏樹くんとも一応顔見知りって程度の関係だし」
経緯を説明すると、オリビアが尋ねてくる。当然の疑問だ。
「私、オリビアさんみたいになりたいんです。綺麗で、かっこよくて、優しくて、しっかりとした芯がある、そういう大人の女性になりたいんです」
私がそう言うと、隣にいた大志が思わず笑い声をあげる。
「ガキが何かっこいいこと言ってんだよ」
「あんたには言ってない」
「そうよ、大志は黙ってて」
オリビアにも強く言われた大志は、すぐにしゅんとして小さくなった。
「そういえば凛子ちゃん、私からの伝言しっかり伝えてくれたんだってね。拓斗から聞いたわ。どうもありがとう」
オリビアが、私の話とは関係のないことを言う。
「はい、伝えました。でも結局、たっくんからじゃなくてお姉ちゃんの方からコクったらしいです。私もどういうことなのかよくわかってないんですけど、朱莉お姉ちゃんに励ましてもらったって言ってました」
「あなたのお姉さんのこと、ちょっと見直したわ。私ひどいこと言っちゃったから、いつか謝らないとね。それから、あなたにも悪いことをしたわね。ごめんなさい」
「いえ、あの時は叩いた私が悪かったです」
「そうじゃなくて、伝言なんていう嫌な役割を押し付けちゃったこと。本当は私が自分で拓斗に伝えるのが嫌だっただけよ」
オリビアは話しながらゆっくりと大志の方へと歩み寄って、彼の腕に自分のそれを絡めて、
「あのね、凛子ちゃん。私たち、付き合ってるの」
と、言った。
「えっ」
「経緯は興味あるならそのうち話してもいいけど、ざっくり言うと、大志が私のすることを応援してくれた。一緒にいて、困った時は助けてくれた。高台の上で花火を見せてくれた。それで好きになった」
「オリビアが俺のことを見守ってくれたんだろ。おかげで進路も決まって人生楽しくなってきたぜ」
大志が笑顔で言う。その時はじめて、今日の大志がいつものスーツ姿ではないことに気が付いた。
胸元にPのロゴが入ったカラフルな服を着て、以前よりも明るい色に染められた髪はしっかりとセットされている。
これからデートに行くんだなということがすぐにわかる格好だった。
正直、かっこいいと思った。
「あなた、夏樹くんと別れたことを後悔してるんでしょう」
オリビアが急に話を戻してくる。さっきから会話のペースを持っていかれたままだ。
「本当は夏樹くんと別れたいんじゃなくて、むしろ逆にもっと一緒にいたいのに、悲しさとか悔しさで、思ってないことを言っちゃった」
どうしてこの人はいつも私の心を見透かしてくるのだろうと思った。
私は、夏樹と別れたことを後悔している。
彼は私の話を聞こうとしてくれていたのだから、せめてもうちょっと落ち着いて話し合えばよかった。
「はい、そうです」
「たしかに人間は思っていることを言わなかったり、思っていないことを言ったりする生き物だけど、素直にならないと後悔するわよ」
「でも、それは今だけじゃないですか。きっとしばらくすると新しい彼氏ができて、その人とのデートが楽しくて、そのうち夏樹のことなんて忘れてしまうと思います。これまでだってそうでした。諦めることは一時的には辛いけど、そのうち立ち直れる。いつまでも中途半端な状態で引き延ばすより、早めに諦めたほうがいい場合だってあると思うんです」
動揺していることを悟られないように、オリビアの鼻のあたりから目をそらさないよう意識する。
「ねぇ凛子ちゃん。私があなたに託した拓斗への伝言、まだ覚えてるわよね?」
「高台の上で気持ちを伝えろって」
「それだけじゃないわ。将来と同じくらい今この瞬間の気持ちが大切だって言ったのよ。それも伝えてくれたんでしょう?」
「はい」
「凛子ちゃんだって同じよ。たしかに失恋の悲しみなんて、放っておけばそのうち立ち直れるわ。特に凛子ちゃんみたいに若くてかわいい女の子ならすぐに新しい彼氏ができて、楽しいクリスマスを過ごして、夏樹くんのことだっていつかは忘れて、それでおしまいだと思う。でも、いま後悔してるなら、まだやれることを必死でやった方がいいんじゃないかしら。やり残したこと、あるんでしょう」
オリビアの言葉の一つ一つが私の肩に重くのしかかる。その通りだと思った。
「たしかに諦めるのは大事。でも、今やれることは全部やったほうがいいと思うわ。少なくとも私はそうやって生きてきた」
「だいたいさぁ。話聞いてると、夏樹が八割、いや九割悪いだろ。あいつ、女心を全然わかってないんだよ。俺からもガツンと言っといてやる」
「あんただって私の気持ち全然わかってないじゃない」
再び会話に入ってきた大志に反論してみたけれど、言葉に力が入らなかった。
「ああ、わからねぇな。ガキの気持ちなんて知るかよ。ガキはもっとガキらしくしてたらいいんだ。なんで俺たち大人と同じレベルでかっこつけようとしてんだよ」
大志が大きな声を出すと、少し離れたところで本を読んでいた牧師が近づいてきた。
「ここは比較的自由に使っていい場所ですが、喧嘩はいけませんよ」
彼が優しく注意をすると、大志は再び大人しくなった。
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