第三章 第四話
毎日一緒に下校する時だけが、確実に二人で過ごせる時間だった。
夏樹は将棋の勉強があるので帰宅部だ。
私は夏までテニス部に所属していたけれど、夏の大会であっさり負けて引退した。
紫水学園は中高一貫教育なので高校受験はなく、三年生は比較的のんびりと過ごすことができる。
今となっては早く解散した方が遅い方の教室の前で待っていることが当たり前になったけれど、最初の頃はいつも私が夏樹を誘っていた。
夏樹は大人しい性格だし、恥ずかしがり屋だ。人を誘うのが苦手なのだと思う。
別にどちらから誘っても一緒に帰ること自体は同じなのでどうでもいいと思っていたのだが、愛海が言っていた「このままだと舐められる」という言葉が、今さらになって私の心に小さな影を落とす。
「クリスマス、どうしよっか」
赤くなりかけの街路樹の下を並んで歩きながら、夏樹に話しかけた。
「僕は何でもいいけど、凛子ちゃんは何かしたいことがあるの?」
「あのね、私、一緒にごはん食べたい」
「うん。じゃあそうしよう」
私が提案すると、夏樹はあっさり承諾した。
「どの店に行こうかな?」
「いつもみたいに、適当にあいてるファミレスとかに入ればいいんじゃないの? 駅前のフードコートでもいいし」
「でも、せっかくのクリスマスだから特別なことしたいじゃん」
「たぶん、クリスマス用のメニューもあるんじゃないかな。いろんな店でチキンとか売ってる気がする」
「そうじゃなくて!」
思わず大きな声を出してしまった。夏樹の表情が一瞬で険しくなったのを見て、すぐに我に返る。
「あ、ごめん」
謝りながら、急速に肩の力が抜けていくのを感じた。
「大丈夫? 凛子ちゃんが行きたい店があるならそこにしようよ。僕はどこでもいいから」
夏樹はそう言ってくれたけれど、それは私が望む答えではなかった。
もしかしたら、夏樹はあまり食に興味がないのかもしれない。
それなら、次はプレゼントの話をしてみようと考えた。
「あと、私ね。靴が欲しいの。大人っぽくて、かわいいやつ。ヒールが高くて脚が長く見えるのがいいな」
オリビアが履いていた靴を思い出しながら、話を進める。
スマートフォンを取り出して、ショッピングサイトで検索をした。
一万円以上の高級品ばかりが出てきたけれど、あくまでも雰囲気を伝えるためのサンプルなので、気にしなくてもいいだろう。
「例えばこういうの」
私がそう言うと、夏樹はスマートフォンの画面をじっとのぞき込んで、
「可愛いけど、歩きにくそうだね。それに、学校に履いてくると怒られるんじゃない?」
と、言った。
「そりゃ学校には履いて行かないよ。デートの時用に決まってるじゃん。私がこういうの履いてたら、似合うと思うでしょ?」
内心イライラするのを必死で押さえながら、会話を続ける。
「凛子ちゃんは何をどんな靴を履いてても可愛いよ」
夏樹は褒めたつもりなのだろうけれど、あまり喜ぶ気持ちにはなれなかった。
それでも、クリスマスという年に一度のビッグイベントを、簡単に諦めるわけにはいかない。
「少し駅の方に寄っていかない?」
信号を待ちながら、夏樹を寄り道に誘う。
自宅までまっすぐ帰ると十分程度の距離なので、二人で一緒に寄り道をすることは珍しくなかった。
と言っても、紫水町で学校帰りに遊びに行ける場所なんて限られている。
先週、夏樹が学校を休んでいた日に愛海と歩いた道を、今日は夏樹と歩いた。
「クリスマスの日、愛海は彼氏とここでご飯を食べる予定なんだって。それで、あっちの雑貨屋でプレゼントを買うつもりみたい。たしか定期入れにするっていってたかな。愛海の彼氏、バス通学してるから」
「そうなんだ。新宮さんの彼氏、高校生なんだっけ。前話してくれた気がするけど忘れちゃった」
答えながらも、夏樹は興味深そうにパスタの食品サンプルを見つめ続けていた。
「ねぇ」
後ろから近づいて、夏樹のカバンの紐をつかんだ。夏樹がすぐに振り返る。
「夏樹はクリスマス楽しみじゃないの?」
「もちろん楽しみだよ」
「ウソ。私がいろいろクリスマスの話をしても、全然楽しそうじゃないよね」
「そんなことはないけど……もしかして怒ってる?」
「怒ってるよ。クリスマスっていうか、そもそも夏樹は私に興味がないじゃん」
私が大きな声を出すと、夏樹は少し焦った様子で私の手を取った。
「とりあえず座って話そうよ。ここは人も多いし」
少し先にあるベンチの方へ連れて行こうとしたその手を、すぐに振りほどく。
夏樹は突然の出来事にどうしてよいのかわからず、オドオドしていた。
「いつも私が誘って、私が提案して、私が決めて、そんなのばっかりじゃん。それって夏樹は私に興味がないってことじゃん。私のことが好きじゃないってことじゃん」
震えた声で叫ぶ私とは対照的に、夏樹はキョロキョロと周囲の様子を伺いながら、小さな声で、
「それは、凛子ちゃんが好きなことをして喜んでくれた方が僕も嬉しいからだよ。僕の都合で無理に振り回しても申し訳ないし」
と、言った。
「違うよ、そうじゃないよ。私だけが一方的に夏樹のことが好きなのは寂しいって言ってるの」
食い下がってみたけれど、夏樹は私が何を言っているのか分からないという感じで、困った表情をしていた。
顔は私の方を向いているけれど、右手は通学かばんにぶら下げた将棋の駒の形をしたキーホルダーをくるくると回して遊んでいる。
これは私が以前プレゼントしたものだった。
「夏樹は、私のことなんて好きじゃないんでしょ。それならもう別れようよ」
私がそう言うと、夏樹は黙って下を向いた。
そのあとも少し会話は続いたけれど、結局、「嫌だ」「別れたくない」と言う言葉を彼の口から聞けることはなかった。
私の、もう何番目か分からない恋は、二か月も経たずに幕を閉じた。
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