第三章 第二話
姉の帰りが遅い。
ということはおそらく、たっくんとうまくいったのだろう。
冷静に考えるまでもなく、当たり前である。
たっくんは私に姉のことが好きだと言っていたし、姉はどう見てもたっくんのことが好きなのだから、あとは二人が相互に気持ちを伝え合えば済む話だ。
たったそれだけのことに何年もかかっている方がおかしい。
その間に、昔たっくんに振られた私は何人もの男性と付き合って、様々な体験をして、そして別れた。
貴重な十代のこの時間、一分一秒たりとも無駄にすることはできない。
姉の帰りが遅ければ遅いほど予想の確度が高まり嬉しくなる気持ちと、早く帰ってきて結果を話して欲しいという好奇心が、交互に私を支配する。
そわそわしながらお風呂に入り、気になっていたドラマを見て、夏樹と電話をした。
それらが全て終わったころにようやくガチャっという音が鳴って、ついに玄関の扉が開いた。
制服を着た姉の目が赤く腫れている。
「お姉ちゃん、何かあったの?」
オリビアと教会で会ったことも彼女から頼まれた伝言を拓斗に伝えたことも伏せたまま尋ねると、姉は、
「うん。いろいろあった」
と、消えそうな声で返事をした。
「良いこと? 悪いこと?」
「良いこと。すごく良いこと」
「そっか。よかったじゃん」
「ありがとう」
姉はそれだけ言って、すぐに自分の部屋へと入っていった。
ひとまず安堵する。細かい話は明日聞けばいい。
姉は昔から臆病で、自分の気持ちを伝えることが苦手だった。
家族とたっくん、それから朱莉お姉ちゃんなど一部の人とは普通に話していたけれど、それ以外の人の前では急に無口になった。
紫水学園中等部に入学し剣道部に入ったころから徐々にマシになってきたけれど、今でも大勢で集まってワイワイすることは好きではなさそうだ。
それでいて寂しがり屋で、一人になることを恐れているようにも見えた。
一言で言うと繊細で、日頃から周囲の人が気をつかう必要があった。
でもそのかわり、姉は他人の気持ちに人一倍敏感で、優しかった。
小さなころ私が夏祭りのダンス中に転んでしまった時は自分のダンスを即座に中断して慰めてくれたし、貰ってきた金魚が死んでしまった時は一日中泣いていた。
あまりにも頻繁に発生することだから最近は半分聞き流されるようになってしまったけれど、昔は私が失恋するたびに私よりも怒って、悲しんで、そして落ち込んでくれた。
正直に言うと、子供の頃は頼もしいと思い憧れていた姉が、最近は少しだけ幼く見える。でも私は、昔も今も姉のことが大好きだ。
しばらくすると、部屋着に着替えた姉が自室から出てきた。
目はまだ少し赤く、手には小さなイルカのぬいぐるみを持っている。
もう十年以上前から、姉はこのイルカのぬいぐるみが大好きで、家にいる時はわりといつでも手に持っていた。
「凛子、ちょっといい?」
「うん」
返事をすると、私が座っているテーブルの正面の席に、姉が座った。
スマートフォンの画面を消して、姉が話始めるのを待つ。
「私、お兄ちゃんと付き合うことになった」
「すごいじゃん! おめでとう! どういう展開?」
先ほどからの姉の態度を見てほとんどそう確信していたけれど、驚いたというテイで返事をする。
「凛子にはただの幼馴染だって言い張ってたけど、私、本当はずっとお兄ちゃんのことが好きだったの。でも、最近オリビアさんが転校してきて、お兄ちゃんと仲良くしてる姿を何度も見て、それで一時はもう諦めようと思ってた」
「うん」
「でも凛子に励ましてもらって、一緒に尾行までしてもらって、まぁこれは結局最悪の結果になってしまったけど、でも、元気をもらった。ありがとう。凛子のおかげでうまくいったんだと思う」
姉が私に頭を下げるのは久しぶりな気がする。改まって礼を言われると、少し恥ずかしくなった。
「私、ずっと前から二人は両思いだって思ってたもん。ようやくって感じだよ」
「凛子はもう、大丈夫?」
顔を上げた姉が尋ねてくる。
一瞬何のことを言っているのかわからなくてぼーっとしていると、
「オリビアさんを叩いたの、凛子だって辛かったでしょう。私のためにごめんね。私がもっとちゃんとしてて、自分で言い返せればよかったんだけど」
と補足して、自分が叩いたわけでも叩かれたわけでもないのになぜか謝ってくれた。
「ううん。傷もしてないし、全然平気だよ。そんなことより、どういう経緯で付き合うことになったの?」
「今日の放課後、神社で剣道の練習をしてたらお姉ちゃんに会って、それでいろいろと相談して、後押ししてもらったの。その帰り道でたまたまお兄ちゃんに会ったから、勢いでコクっちゃった」
「えっ、お姉ちゃんの方から?」
想像していた展開と異なる情報を耳にして、今度は演技ではなく本当に驚いた。
オリビアさんに後押ししてもらったたっくんが姉のいる神社に行って告白する。そしておそらく二人で高台に上って、さすがに今の季節に花火はないけれど、そこで愛を誓う。
細部はともかく、大筋としてはこんな感じの経緯を報告をされるものだと思っていた。
「うん。そのあと高台に上って、お兄ちゃんが私のことを好きだって言ってくれた。そしたらなぜか空にハート形の花火が見えたの。あれは見間違いなんかじゃなかったと思う」
「う、うん。すごいね」
夏祭りの日でもないのに花火とは、いったいどういうことなんだろう。
だんだん話についていけなくなってきた。
姉はその後もしばらくいろいろと話してくれたけれど、徐々に興奮してきたのか、最後の方はただののろけ話になっていた。
初恋が実るというのはそんなにも嬉しいものなのか。姉のことが少し羨ましくなった。
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