第三章 第一話
「例えば、本当はあなたも拓斗のことが好き、とか」
教会から戻るバスに揺られていると、オリビアの言葉が頭の中で何度も繰り返される。
オリビアからはたっくんへの伝言も受け取っているが、伝えたくないなら伝えなくていいとも言っていた。
伝えると、きっとたっくんはお姉ちゃんに会いに行くだろう。
私はまだたっくんのことが好きなのか。いや、そんなことはない。
彼への想いは彼が小説家デビューした日に全て綺麗に捨てたはずだ。
あの日、お兄ちゃんが新人賞を受賞してデビューすることが決まった日、私は彼に自分の気持ちを伝えた。
しかし、答えはノーだった。その時に初めて、お兄ちゃんが私の姉のことを好きだということを知った。
「凛子はまだ子供だろ。俺は桃花みたいな大人っぽい女が好きなんだよね」
中学校に入学したばかりの私に、お兄ちゃんが言った言葉だ。
私と姉の桃花は一歳しか違わないけれど、姉は成長が早く、姉よりもさらに一歳年上のお兄ちゃんと比べても、姉の方が長身だった。
一方の私はいつまでたってもクラスで一番背が低く、顔も丸くて子供っぽかった。
当時の私たち姉妹の外見だけを比べると、三歳くらいは離れているように見えたと思う。
身長だけではない。初潮年齢も胸の成長も全て、私は姉より遅れていた。
「子」で終わる名前以外の全て、姉の方が大人っぽい。
それでもお兄ちゃんに振られるまで、あまり深くは考えていなかった。
人の成長には個人差がある。私だっていずれは人並みに女性らしい身体になるだろう。
ぼんやりとそう思っていた。
あれから二年。揺れるバスの窓に写る自分の顔を見つめながら思う。私は、あの時よりも可愛くなった。
自然に成長することをただ待っていただけではない。
雑誌や動画サイトを見てメイクやファッションを勉強し、限られたお小遣いをやりくりして実戦した。
背は今も低いままだけれど、それを個性の一つとして活かせるように努力した。
その結果、学校で男子から声をかけてもらえる機会が格段に増えた。
この前、大学生の男にナンパされたのは少し怖かったけれど、正直そこまで悪い気はしなかった。
十五歳になった今、クラスメイトの男子がくだらないことではしゃいでいる姿を見ていると考えることがある。
十三歳の私から見ると大人に見えた当時のお兄ちゃんも、実際にはこんな感じだったのだろう。
私を子供だと言ったのは、そんなに深い意味があってのことではないと思う。
それにもかかわらず私がいつまでも過去に囚われ被害妄想を膨らましているのは、お兄ちゃんにとっても迷惑な話だ。
頭ではそう理解しているけれど、どうしてもあの日のことを思い出してしまうことが、時々あった。
「凛子ちゃん」
名前を呼ぶ声でハッとする。声の方を見ると、朱莉お姉ちゃんが立っていた。
「ここ、座ってもいいかしら」
既に動き出したバスの車内で、手すりをつかみながら朱莉お姉ちゃんが言った。
「あ、ごめんね。どうぞ」
慌ててカバンを膝の上に乗せ、朱莉お姉ちゃんのために席を空ける。
隣に座った朱莉お姉ちゃんから、ほんのりといい香りがした。
肩のあたりで綺麗に切りそろえられた僅かに茶色い髪、白くて透明感のある肌、バランスよく配置された鼻と口、白地に花の絵が描かれたワンピース。
オリビアさんのような華やかさはないけれど、穏やかで優しい朱莉お姉ちゃんの性格がよく表れている外見だ。
「凛子ちゃん、最近はどう? 元気?」
しばらく黙ってバスに揺られていると、朱莉お姉ちゃんの方から声をかけてきた。
「うん、元気だよ。ありがとう」
そう答えたけれど、私の声に力が入っていないのを察したのか、朱莉お姉ちゃんは、
「そう、よかった。でも、もし何か困ったことがあったら、いつでも頼ってくれていいからね。私でよければ力になるから」
と、言ってくれた。
朱莉お姉ちゃんが布製のカバーがついた本を取り出して、読書を始める。
彼女が作り出すこの独特の距離感が、私は昔から好きだった。
そのまましばらく無言の時間が続く。大きなバスの不規則なリズムが心を落ち着かせてくれた。
「あのね、朱莉お姉ちゃん。私、新しい彼氏ができた」
私が声をかけると、朱莉お姉ちゃんが顔を上げた。
「おめでとう。どんな人?」
「どこまで話したっけ?」
私が問うと、朱莉お姉ちゃんは少し申し訳なさそうな顔をして、
「実は、偶然見ちゃったんだよね。夏祭りの日のこと」
と、言った。
「ああ……」
また一つ、嫌な思い出が蘇った。
先月まで付き合っていた元彼氏である雄介は、紫水学園の近所のコンビニでアルバイトをしていた。
そこに私が客として言った時に自分の方から声をかけたのが、交際のきっかけだ。
はじめのうちは大学生と付き合えるということ自体が嬉しかった。
ドライブや高給レストランなど中学生同士の恋愛では味わえないような経験はどれも新鮮で、楽しかった。
でも、それは長く続かなかった。
夏祭りの日、雄介はバイトだから会えないと言っていたけれど、実際には笹川神社に来ていた。
他の女と一緒にいるところを問い詰めると、その場で別れを告げられた。
「今ね、夏樹と付き合ってるの」
嫌な思い出を封印し、笑顔を作る。
「夏樹くん? お父さんの将棋教室の?」
朱莉お姉ちゃんは少し驚いている様子だった。
「うん。同じ学年だからもともと知ってはいたんだけど、ちゃんと話すようになったのはこの前神社で会った時以降かな」
「凛子ちゃんが事務作業のお手伝いに来てくれた日よね。そういえばあの日、夏樹くんは将棋教室まで教えに来てくれてたっけ」
「そうそう。オタクっぽくて正直苦手だなと思ってたんだけど、子供たちに将棋教えてるところがかっこいいなって思って惚れちゃった。それでコクったら一瞬でオーケーしてくれた。これまで彼女ができたことなかったみたいだし、あまり深く考えてなかったのかも」
「そう。凛子ちゃんと夏樹くんが……」
朱莉お姉ちゃんが黙り込む。
「やっぱり似合わないかな」
私が不安げに問うとすぐに、
「いいえ、そんなことないわ。二人ともとっても頭のいい子だもの。きっとお似合いのカップルになるわよい。私、応援してるから」
と、言ってくれた。
「ありがとう。今度こそ、長続きさせるから」
笹川神社前のバス停で朱莉お姉ちゃんが降り、再び一人になると、すぐにスマートフォンを取り出した。
たっくんに伝言を伝えよう。
『たった一人のお兄ちゃん』が『友達のたっくん』になったあの日、私は彼の恋を応援すると決めたのだから。
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