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まるで煌めく花火のように  作者: 匿名になろう
第二章 オリビアの誇り
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第二章 第八話

紫水町での生活にももう慣れてきた。


平日は学校に通い、日曜日は教会に通う。


最初のきっかけは偶然だったけれど、今ではもう、この小さな教会で落ち着いた時間を過ごすことが習慣になっていた。


とはいえ、特に何かこの場ですることがあるわけではなく、いつも一時間ほどぼ―っと過ごして帰るだけだ。




しかし、今日は普段と少し違った。


エリック先生には悟られないようにしているつもりだが、気持ちが浮ついていることが自分自身でわかる。


意味もなく教会の中をうろうろ歩くたびに、高い天井にヒールの音がこだました。


普段は気にも留めていなかったけれど、目に入った本棚を覗き込むと、宗教や歴史の本以外にコンピュータ関係の書籍がたくさん並んでいることに気が付いた。


不思議に思い読書中のエリック先生に問いかける。


「どうしてITの本がこんなにあるんですか?」


「実は私、牧師になる前はシステムエンジニアだったんですよ。といってもほんの数年間だけですけどね。本棚のスペースが余っていたので当時読んでいた本をそこに置いてるんですが、やっぱり違和感ありますよね」


「ない、と言えばウソになります。でも、この教会の個性って感じがして私は好きですよ」


「オリビアさんは正直ですね」


エリック先生が上品に笑う。


「失礼でしたか。すみません」


「いえ、そんなことは無いですよ。気になることは何でも聞いてください。私の今のお仕事は、毎日ここで皆さんのお話を聞くことですから」


エリック先生はそう言って、さらに、


「まさか同じ国から来た人と紫水町で出会えるとは思っていなかったので、私、実は内心すごく喜んでるんですよ。こうして二人だけの時まで日本語で話すっていうのも、なんだか趣があっていいですね」


と、言ってくれた。


それは私も同じだった。いくら日本について十分勉強してきたとはいえ、やはり心細い気持ちはどこかにある。


そんな時に、この教会をたまたま見つけられたのは幸運だった。


「それではすみません。変な質問かもしれないですけど、エリック先生って神様を信じてるんですよね?」


「もちろん、信じてますよ。まだまだ新米ではありますが、私は牧師です」


エリック先生が即答する。


「じゃあ、迷信や言い伝えの類はどうですか」


「迷信や言い伝え、ですか……」


「例えば、特定の場所で特定のシチュエーションのもと愛を誓うと永遠に結ばれる、とか。そういうのってたぶん、私たちの信じている神様とは関係のない話ですよね」


「もしかして、笹川神社の高台の話でしょうか」


「ご存じだったんですね」


「はい、知ってますよ。私は子供の頃にも紫水町に住んでいたことがありますから。むしろ、まだ引っ越してきて間もないオリビアさんが知っていることに驚きです」


「この前、笹川神社でスタッフの女性に教えてもらったんですよ。紫水町では結構有名な話だって聞きました」


「そうですか。スタッフの方は元気そうでしたか?」


「え、はい。そうですね。私が一人でいたら優しく声をかけてくれました。おそらく旅行客と間違われたんだと思います」


いまいちエリック先生の質問の意味が解らなかったけれど、覚えている範囲のことを答える。


私の回答を聞いたエリック先生は手元の本へと目を落としてしばらく考えた後、再びこちらを見た。


「私は、信じていますよ。花火の前で永遠の愛を誓う、なかなか素敵な話じゃないですか。あの階段を上らないといけないというのも、程よくハードルが高くてやりがいがありそうですね」


「はい、私もそう思います。少しホッとしました。信じていていいんですね」


「あ、そういうことですか。今のはここだけの話にしていただけると助かります。私は牧師ですから、聖書に書かかれていない不思議な力を信じているとは公に言えません」


いつも落ち着いた口調で話すエリック先生に向かって、静かに頷く。


するとエリック先生はさらに話を続けた。


「オリビアさんにも、花火の前で愛を誓いたい方がいらっしゃるということでしょうか?」


「いえ。もう振られてしまいました」


「意外ですね。宗方さんもオリビアさんのことが好きだと思っていました」


「えっ、いや、大志のことではないですよ」


私が慌てて否定すると、エリック先生は落ち着いた笑顔を崩さないまま、


「そうですか。私はてっきり既に宗方さんとお付き合いされているのかと思っていました」


と、言った。


「そんなに仲良く見えますか?」


「今日だって、そわそわして宗方さんを待っているのではないかと。彼が先日最終面接を受けたことは、私も聞いています」


「私は大志のことが好き、なんでしょうか。わかりません」


声が少し震えた。


いつからだろう、ウソをつくのが下手になった。日本に来る前の私は、今よりもっと世渡り上手だった気がする。


「それに私には、つい先日まで別の好きな人がいました。日本に来る前から、ずっと憧れていた人でした」


「そうなんですね」


「振られました。私にできることは全てやったので後悔はしていません。でも、寂しい気持ちはあります。もしかしたら寂しい気持ちしかないのかもしれません」


「寂しくなったというのは、つまり、大人になったということです。無我夢中で周りが見えなくなっているときや、何かを極端に美化して子供のような憧れを抱いているときは、あまり寂しくありませんから」


「それって、強くなったということでしょうか。人間は強くなると孤独になるのでしょうか」


「そう言い換えられるかもしれませんね」


やはりそうか。ぼんやりそうだろうなと思っていたことをエリック先生が言葉にしてくれると、自分が正しかったと確信が持てる。


遠い異国の地でようやく自分の理解者が見つかった気がして嬉しかった。


「先生も、寂しくなることがありますか」


「はい。たまに子供に、あるいは今よりもっと弱かったころの自分に、戻りたくなります」


エリック先生が遠い目をしながら答えた。


きっと私には分からない高度な次元で、エリック先生にも悩みや苦しみがあるのだろう。彼はどういう子供時代をすごしたのだろうか。


様々な疑問が頭をよぎる。


「そういう時はどうするんですか」


「誰かを頼ればいいんです。安心して、弱かったころの自分に戻ればいいんですよ。私の場合はその相手が神様ですが、オリビアさんは違うかもしれませんね」


「私が大志のことを好きなのかは自分でもよくわかりませんが、今日はもう少しここで彼を待っていてもいいですか」


エリック先生の言葉の意味を自分なりに解釈し、改めて尋ねてみた。


「ええ、もちろん。ちなみに宗方さんは一人であなたを待っているとき、そこにあるコンピュータの本を真剣そうな顔で読んでいましたよ。私としては、聖書にも興味を持っていただけると嬉しいのですが」


いつからだろう、人を好きになるのが怖くなった。日本に来る前の私は、今よりもっと勇敢だった気がする。

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