第二章 第六話
始めて訪れる秋の夜の河原は少し肌寒く、物寂しい感じがした。
堤防の上に付けられた柵はところどころ錆びており、「遊泳禁止」を示していたと思われる看板はインクが剥がれ落ちて「遊」と「止」の二文字だけになっている。
「花火ってこんなところでするの? なんだか思った以上に地味な場所ね」
レジャーシートの上に並べた花火たちを眺めながら大志に尋ねる。
すると大志は、大きな鉄の筒のようなものを地面に固定しながら、
「小さなものだけなら別にどこでもできるんだけどな。打ち上げ花火はいろいろと準備がいるんだよ。まぁ俺が全部やってやるから大丈夫だ」
と、言った。
手伝おうにも何をすればよいのかわからなかったので、大人しくその場にしゃがみ込む。
意味もなく河原に転がる石を一つ手に取ってみた。
ここまで流れ着く過程で時間をかけて水流を受けてきたのか、角が取れて丸くなっている。
「本当によかったの? それ、かなり高価なんでしょう?」
「親父には内緒でこっそり持ってきた。打ち上げたらバレるだろうから、これは最後にとっておこうぜ。一つしかないしな」
「そう、もちろん私はありがいけど」
「心配すんなって。せっかくなんだから楽しくやろうぜ」
機材の設置を終えた大志が手際よく蝋燭に火をつける。
手持ち花火を二本手に取って、そのうちの一本を手渡してくれた。
「この蝋燭から火をつけて、終わったらこっちのバケツに捨てる。いいな?」
そう言い終わるとすぐに、大志が手に持った花火に着火した。赤や黄色の火の粉が綺麗に弾ける。
真似して同じようにしてみると、私の手に持ったものは青っぽく光った。
目の前に炎があると考えると少し怖かったけれど、すぐに慣れた。
「こっちのは何? 形が違うみたい」
「それはねずみ花火。地面に置いて使うとねずみみたいに動き回るんだ。こっちの噴出し花火も地面に置くタイプだけど、これは噴水みたいに火花が噴出してきて、なかなか綺麗だぜ」
大志はその後もいろいろと花火を紹介し、実践してくれた。
途中で色が変わるものや川の向こう岸まで届く勢いで火花が飛んでいくものなど、花火と一口に言ってもいろいろな種類があるらしい。
数秒前までパチパチと可憐に咲いていた花火が、あっという間に消えて燃えカスへと変わっていく。
「線香花火が気に入ったのか? ちょっと意外だな」
地面に落ちた先端部分を眺めていると、大志がそっと囁いた。
「ええ。なんだか不思議な気分だわ。他の花火たちと違って一度も派手になることはなく、ずっと地味に燃えるだけ。でもすぐに終わりが来ることだけは他の花火と同じ」
「それがワビサビってやつなんだろうな。俺も好きだ」
大志が自分の手に持った線香花火に火をつけた。大きな手の先で小さく弾ける花火を、二人で見つめる。
「今日はありがとう。正直あまり気乗りしなかったけれど、来てよかったわ」
「おいおい、オリビアが花火をやりたいって言ったんだろ。気乗りしないってなんだよ。準備するの結構大変だったんだぞ」
「そうね、そうだったわ」
「しっかりしてくれよ」
大志の手元でパチパチと小さな音を立てていた花火が徐々に静かになって、地面に落ちた。
まだ、本題が終わっていない。レジャーシートの上を見ると、持ってきた花火は一つを残して全てなくなっていた。
「よし、じゃあそろそろこれ、やりますか」
大志が打ち上げ花火を紙袋から取り出す。
「これが花火? メロンみたいだわ」
「あそこにおいてある筒で空に打ち上げて、そのまま上空で爆発するんだ。一瞬だから見逃すなよ」
大志の言葉に少し緊張しながら頷く。
機材へと向かっていく彼の手を後ろから引いて、声をかけた。
「ねぇ。それを打ち上げるのって、私でもできる?」
「あとは火をつけるだけだし、まぁ大丈夫だろ。危ないから着火したのが確認できたら、すぐに離れるんだ」
「わかった。ありがとう」
大志と交代して花火の元へと近寄り、震える手でマッチをこすって火をつける。
その時初めて気がついた。どうやら私は今泣いているらしい。
零れ落ちた涙で消えたマッチを捨てて、箱からもう一本取り出した。
「大丈夫か?」
ぐずぐずしていると、背後から大志が声をかけてきた。
「ええ、大丈夫よ」
不自然なくらい大きな声でそう言って、今度こそ花火に火をつける。
着火できたことを確認したら、すぐに大志のところまで駆け寄った。
「下じゃなくて上を見てろ」
大志の右手が真っ暗な空を指す。急いでその先へと視線を移した。
次の瞬間、まっすぐ打ちあがった花火が弾け、夜空が赤く光った。
一秒ほど遅れてドンという巨大な音が鼓膜に突き刺さり、空が闇へと戻っていく。
「あれ?」
大志が変な声を出した。
「ごめん。俺、持ってくる花火を間違えたみたい。打ち上げ花火にはどこから見ても綺麗な円に見えるものと、横からだとハートや猫の絵に見える代わりに真下からだと一本の線にしか見えないものがあるんだ。今打ち上げたのは後者。せっかく期待してくれてたのに本当に申し訳ない」
珍しく真剣に謝っている大志の横で、私は暗くなった空を眺め続けていた。
今の花火を神社の高台から見るとどんな絵が見えたのだろう。
凛子はきっと拓斗に伝言を伝えたと思う。あとは拓斗と桃花が好きなようにすればいい。
これは私が自分自身の気持ちの整理のためにやったことだ。
「おい、聞いてる?」
大志が不安そうに尋ねる。
「形なんて何でもいいの。こうして花火を打ち上げられただけで十分満足よ。今日は本当にありがとう。綺麗だった。楽しかった」
気持ちを込めて、ゆっくりと告げる。
私が喋り終わるのを待っていてくれたかのようなタイミングで、空から燃えカスが落ちてきた。
「片付けるまでが花火職人の仕事ってわけ。まったく、どこまでいっても地味な作業だな」
ごみを拾いながら大志が言う。
バケツの中にたまった使用済みの手持ち花火を片付けようとしたけれど、自分が全部やるからと言って手伝わせてもらえなかった。
全ての撤収作業が終わるまで、ただひたすら彼の大きな背中を見つめ続けていた。
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