第二章 第五話
週末、教会に行くと意外な先客がいた。
私が一歩建物内に入るとすぐに、長い髪を綺麗に巻きミニスカートを履いた、ドレスコードに厳しい教会であれば追い出されそうな恰好の女の子が近づいてくる。
さらにその奥では、こちらに気づいたエリック先生が会釈をしてくれているのが視界に入った。
「オリビアさん、私のこと覚えてますか」
女の子が私に声をかける。
「ええ。覚えてるわ」
以前彼女に叩かれた左頬を手で触る。たった二日前のことなのに、ずいぶん昔のことのような気がした。
「先日はどうもすみませんでした」
女の子が深く、とても深く頭を下げる。
そのまま十秒くらい経っただろうか。私が、
「別に気にしてないわ。物理的な痛みなんてすぐに治るもの」
と、言うまで彼女はずっとそのままの姿勢だった。
「あの日家に帰った後にたっくん、杉原さんから電話で事情を聞きました。私、何も知らなくて」
「そう。拓斗はなんて言ってたの?」
「たっくんの仕事がうまくいっていないこと、オリビアさんがたっくんの小説の大ファンなこと、たっくんのためにいろいろ動いてくださったこと、それから」
「それから、私が拓斗に振られたこと」
私がそう言うと、彼女は小さく頷いた。
「はい、すみません」
「別にあなたが謝ることじゃないわ」
私がそう言った後も、彼女は申し訳なさそうに、もともと小さな体をさらに小さくしていた。
「その話、あなたのお姉さんは知ってるの?」
「いいえ。たっくんとの電話の内容はまだ話していません。今日私がここに来ていることも知らないはずです」
「まだっていうことは、いずれ話すつもりなのかしら」
「そうですね。とはいえ、たっくんが姉のことを好きだっていうのは、本人の口から言った方がいいと思います。私も幼馴染だからわかるんですけど、たっくんは意外と男性的なこだわりがあるし、姉も直接聞いた方が嬉しいでしょう」
「ずいぶんと優しいのね」
言った後に気づく。二日前にも似たようなことを思ったっけ。
「二人だけの姉妹ですから」
「本当にそれだけかしら」
「どういう意味ですか」
凛子が私を見上げてくる。
「そうね。例えば、本当はあなたも拓斗のことが好き、とか」
私がそう尋ねても、凛子は大きな目でじっとこちらを見つめたまま、答えなかった。
バタン。教会の重いドアが乱暴に開けられ、朝の陽ざしが室内に注ぎ込む。
「あ!」
凛子が小さく驚きの声を出した。
「お前、マジで来たのかよ」
入室したばかりの大志も驚いているようだった。
もしかして二人は知り合いなのだろうかと不思議に思っていると、大志が、
「この前、こいつがオリビアを尾行してるところをたまたま見つけたんだよ。それで、そんなに会いたければ週末教会に来いよと言ってやった」
と、説明してくれた。なるほど、だから彼女はここで待っていたのか。
「私、これで失礼します」
凛子がそう言って立ち去ろうとしたので、呼び止める。
「待って。拓斗に伝えて。私に素直な気持ちを話してくれたように、桃花ちゃんにも話した方がいいって。将来のことと同じくらい、今この瞬間の気持ちが大切だって」
「たっくんがお姉ちゃんに、素直な気持ちを話す」
凛子が繰り返す。
「そうね。余計なお世話かもしれないけれど、時間は明日の夜、場所は笹川神社の高台がいいんじゃないかしら。よく覚えていないけれど、たしか高台の花火伝説みたいな話があったでしょう。これも追加で伝えてちょうだい」
「わかりました。たっくんに伝えます」
凛子がそう言って、再び歩き出す。数歩進んだところでまた立ち止まって振り返り、
「たっくんとはクラスメイトなんですよね? どうしてオリビアさんが直接伝えないんですか?」
と、聞いてきた。
「もしあなたが私の伝言を拓斗に伝えたくないのなら、そうしてくれても構わないってことよ。あなたまで私の自己満足に付き合う必要はないから」
凛子が静かに教会を出ていくと同時に、今度は大志が話しかけてくる。
「オリビアがここにいること、勝手にバラして悪かったな。まさか本当に来るとは思わなかった。まぁあいつ中学生のガキだし、探偵ごっこはすぐに飽きると思うから大目に見てやってくれ」
「彼女は子供じゃないわ。強くて立派な大人よ。逆に心配になるくらい」
私がそう答えると、大志は何を言っているのかよくわからないという様子で、困った顔をしていた。
そしてすぐに、カバンから市松模様の風呂敷を取り出して、結び目をほどく。
中には一冊の本が包まれていた。
「これ、面白かった。ありがとう」
大志が『あのアメ』を両手で持って、手渡してくれた。
「そう、気に入ってくれて嬉しいわ。いつか感想をじっくり聞かせてちょうだい。ところであなた、実家が花火職人だって言ってたわね」
「え? そうだけど」
「明日の夜までに、できるだけたくさんの花火を用意してくれないかしら」
突然の提案に、大志は驚いているようだった。
「花火がしたいのか? 俺と?」
「ええ。嫌かしら」
「嫌ではないけど、唐突すぎるだろ」
「だって今したくなったんだもの。しかたないじゃない」
大志は全く納得していない様子だったけれど、少し考えて、
「うちは基本的に打ち上げ花火しか作っていないんだ。手持ち花火が欲しいならホームセンターにでも行ってくれ」
と、言った。
「打ち上げ花火が欲しいのよ。遠くからでも見えるやつ。たくさんが無理なら、一つでいいわ」
私がそう言うと、大志は大きく首を横に振った。
「なぜオリビアがそんなものを欲しがってのかは知らないが、それは無理だ。それなりのサイズの打ち上げ花火って一個十万円くらいはするんだぜ。いくら家族でも簡単に手に入るものじゃねぇよ。それに、オリビアは花火を打ち上げた経験なんてないだろ。素人が手を出すと事故のもとだ。せいぜいロケット花火くらいにしておけ」
「ロケット花火?」
花火の種類に詳しいわけではないので、聞き返す。
「個人でできる中では比較的派手なやつ。まさか知らないのか」
「私の母国では個人で花火をするのは違法なのよ。とりあえず今からホームセンターに行ってみるから、よかったら場所を教えてくれる?」
私がそう言って立ち上がると、大志は面倒くさそうに、
「はぁ。そんなに花火がしたいのかよ。女ってのはどういつもこいつもすごい執着心をしてやがる」
と、言った。
そして続けて、
「明日の夜七時、七丁目のバス停を下りたところにある河原まで来い。夏祭りの時にも使う場所だ。ロケット花火やその他もろもろはこっちで準備しておいてやるから、手ぶらできてくれて構わない。遅れるなよ」
とも言った。
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