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まるで煌めく花火のように  作者: 匿名になろう
第二章 オリビアの誇り
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第二章 第三話

週末、再び教会に行くと、一人の男性が机をタオルで拭いていた。


「エリック先生、こんにちは。先日はありがとうございました」


静かな通路を歩き、声をかける。


今日のエリック先生は夏祭りで出会った時とは打って変わり、牧師らしい恰好をしていた。


「オリビアさん、こんにちは。先日ぶりですね。貸していただいた小説、とても面白かったです」


そう言って机の中から一冊の本を取り出して、手渡してきた。


それは夏祭りの日に私がエリック先生に貸した『あの日のアメジスト』だった。


「いえ。エリック先生のことを作者だと勘違いしてしまって。あの時は大変失礼しました。気に入っていただけたようでよかったです。これ、私の大好きな本なんです」


「そうですか。どんな本が好きなのかで、その人の性格がなんとなくわかる気がします」


エリック先生は静かにそう言った。


「あれ、その本どこかで見たような」


エリック先生と話していると突然、大柄な男性に背後から手元を覗き込まれた。


びっくりして思わず飛び跳ねそうになる。


「よう、覚えてる? 俺、宗方大志。エリック先生もこんにちは」


「こんにちは。宗方さんもその小説を読んだことがあるんですか?」


エリック先生が大志に尋ねる。


「いや、読んでないっすよ。ただどこかで見たような……あっそうだ」


大志が何かを思い出したかのように手を叩いた。


「それ、俺の後輩が読んでたやつですよ」


「後輩さん、ですか」


「はい。昔将棋教室に通ってた頃に可愛がっていた奴なんですけどね、半年くらい前に久しぶりに会った時、その本を読んでた気がします」


「へぇ。宗方さんが将棋教室に」


「中学生の時に辞めちゃいましたから、昔の話です。そいつは俺より六歳も年下なんで、当時はまだ小さなガキでした。今はもう十五歳になってるんですけど、どうやら本気でプロを目指してるっぽいです。今あいつと将棋を指したら、ハンデをもらってもぼろ負けですよ」


大志はそう言って笑った。そしてすぐにこちらに向き直り、


「次、俺も借りていい?」


と、聞いてきた。


「嫌です」


ハッキリと断る。


この大志という男は見るからにガサツそうで、どうにも信用できなかった。


大切な本なので、万が一にでも返ってこなかったり傷つけれたら困る。


「ああそう、じゃあいいや」


始めからそこまで興味はなかったのだろう。大志はすぐに諦めた。




「宗方さん、今日はどうして教会にいらっしゃったんですか?」


再び、エリック先生が質問をする。


「いや、別に深い用はないんですけどね。なんかここが落ち着くっていうか」


大志が少し気まずそうに頭をかく。


「もしかして、就職活動で何かあったのでしょうか。もちろん、話したくないなら話さなくても構いませんよ」


「まぁそんな感じっす。家にいると親がうるさくって。あ、迷惑なら帰りますよ」


「そうですか。大変ですね。何もできませんが、教会はいつでもあなたを歓迎します。私は今日はずっとここにいるので、話したいことがあればいつでも声をかけてください。もちろん、まったく迷惑ではありませんよ」


「ありがとうございます」


大志はそう言って、近くの椅子に座って、目を閉じた。


静かな部屋がさらに静かになる。


この男、全く信心深いようには見えないけれど、もしかして信者なのだろうか。五分以上、ずっと瞑想を続けている。




「何してるの?」


隣に座り、おそるおそる尋ねてみた。


「別に。ぼーっとしてただけ」


大志が目を閉じたまま答えると、再びあたりは静寂に包まれた。


少し離れたところでは、エリック先生が壁に飾られた絵のフレームをウェットティッシュで拭いていた。


昨年建てられたばかりの教会は隅々まで綺麗に整えられていて、エリック先生が丁寧に管理していることが自然と伝わってくる。


次に口を開いたのは大志の方だった。


「俺、就職活動がうまくいってなくてさ。今日も午後には面接があるし本当はこんなところにいる場合じゃないってわかってるんだけど、他に落ち着ける場所がないから来た。情けない話だよ」


「私はエリック先生と同じ国の出身で、戦争が始まるまでは一度も国外に出たことがなかったから、日本の就職活動ってあんまり分からないけど、そんなに大変なのね」


「オリビアは働いてないのか?」


「失礼ね、私はまだ高校生よ。紫水学園の二年生」


「マジかよ。外国人の年齢はよくわかんねぇ」


「ちなみに、二年ダブってるから歳は十九よ」


「なるほどね、俺と二つしか違わないってことか。真面目に見えるけど、意外とサボり魔なのな」


「サボってないわよ。一年は母国の学校が戦争で破壊されて授業できなくなったの。もう一年は日本に留学してくる時の手続き上の都合ね」


「そうか、悪かった。オリビアも大変な事情があるんだな」


「文字通り必死の覚悟で生きてきただけよ」


「そうか」


「私のことより、あなたのことが知りたいわ」


意識して、少し明るめの声を出す。これが私の癖だった。もう慣れたものだ。


「俺のこと?」


「ええ。日本の就職活動の仕組みは問題があるっていう話は私もなんとなく聞いたことがあるし、あなたもその被害者なのかなって」


「被害者、ねぇ」


大志が間を取って少し考える。


「別に被害者ではないな。周りの奴らはもうとっくに内定を取って、卒業までの期間を楽しく過ごしてる。俺にだけ内定がないのは社会ではなく俺の問題だろ。でも、だからこそ、周りと比較して焦って、さらにうまくいかなくなってしまうんだ」


「周りの人は関係ないわ。自分がやりたい仕事に就けるか就けないか、大事なのはそれだけでしょう」


「そのやりたいことがわかんねぇんだよ」


大志は早口でそう言って、再び間を取る。


「親は就職先が見つからなかったら家業を継げっていうけど、それは嫌なんだよな。あ、家業ってのは花火職人ね」


「素敵な仕事じゃない。何が嫌なのよ」


「俺が無理を言って大学に行かせてもらったんだよ。それなのに結局家業を継ぐなら学費と時間は何だったんだってことになるだろ。花火職人に必要なのは学歴じゃなくて技術なんだ」


「ふぅん。私は考えすぎだと思うけど。ご両親はあなたが幸せに暮らせるなら何でもいいんじゃないかしら」


「ま、正直自分でも変なプライドを拗らせてるという自覚がないこともない」


「それってもしかして、『男はそういうものだから?』」


私が尋ねると大志が自嘲気味に笑い、立ち上がった。


「そうかもな。じゃあ俺は面接の予定があるからこれで。話聞いてくれて嬉しかったぜ」


「待って」


立ち去ろうとする大志を呼びかける。


「この本、やっぱりあなたに貸してあげる。大切なものだから、必ず返してね」


私が『あのアメ』を差し出すと、大志は少し驚くそぶりを見せていたが、結局はそれを受け取った。


「じゃ、次に会うときはデートしようぜ。その時に返す」


「好きな人がいるからデートはできないわ。でも、日曜日の午前中は基本的にここに来るつもりよ」


そう答えると、大志は笑いながら小さく頷いて、教会を後にした。

【応援よろしくお願いいたします】


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と思ってくださった方は、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。

もちろん、あまり満足ができなかった方は☆1つや2つでも構いません。


また、ブックマークや感想コメントもいただけると本当に嬉しく思います。


既に最後まで書き終わっているので、できるだけ速やかに全話投稿していきます。

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