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まるで煌めく花火のように  作者: 匿名になろう
第二章 オリビアの誇り
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第二章 第一話

地図を開いて、三度目の確認する。紫水町三丁目のバス停から百メートルほど北に行ったところにある交差点の角、やはりここで間違いない。


ここが、大好きな小説『あの日のアメジスト』の主人公が住んでいた家があるはずの場所だ。


もう五十年近く前に立てられた古い日本風の家があると思ってやって来た。


しかしどうだろう。目の前にあるのは新しい洋風の建物だった。


何もかもが『あのアメ』と真逆であり、大きく掲げられた十字架を見ると、この建物が教会であることがすぐにわかった。




おそるおそる扉を開く。シンプルな内装に覆われた室内に人の気配はなく、がらんとしていた。


コツコツコツ。ハイヒールの音が高い天井にこだまする。


奥まで歩いていくと、机の上に小さなメモが置いてあることに気がついた。


『笹川神社の夏祭りに行っています。M・エリック』


この教会の牧師が書いたものだろうか。牧師が神社に行くなんて、さすが日本だと感心する。


「先生ならさっき出ていきましたよ」


背後から男性の声がした。


振り返ると、五メートルくらい離れた位置に、黒いスーツを着た二十歳前後の男性が立っていた。


「お、美人さん。日本語わかる?」


急に馴れ馴れしくなった男が近づいてくる。


日本に来てまだ短いけれど、こういうことにはもう慣れていた。


「わかります。教えていただいてありがとうございました」


礼を言って立ち去ろうとしたが、男性が通路をふさぐ。


「へぇ、上手じゃん。俺、宗方大志(むなかた たいし)、大学四年生。君は?」


「オリビア・ランスロットです。すみませんが私、急いでるので」


「今日の先生は上は薄い水色のシャツ、下は紺のズボン。きっと神社の夏祭りで綿あめでも食べてるんじゃないかな」


私が隙間を見つけて歩こうとすると、再び道を遮られて鬱陶しかった。


大志と名乗った男の言葉を無視して、やや強引に通り抜ける。


「おいおい、服装まで教えてやったのに礼もなしかよ。まったく外国人はこれだから」


まだ何か言っている男を無視して外に出た。左右を見渡してみたけれど、エリック牧師らしい人は見当たらなかった。




バスに乗って笹川神社に着くと、夏祭りは既に大きな盛り上がりを見せていた。


屋台が並んだ境内の中央では小さな子供たちがダンスを踊っている。


「高台はこちら」と書かれた大きな看板の向こうには、遥か上の方へと続く長い階段が見えた。


「あら、見慣れない顔ですね。何かお探しですか?」


きょろきょろしていると、巫女服を着た女性が声をかけてきた。


またこのパターンだ。肌や髪の色が違うことがそんなに気になるのだろうか。


返事をしないで黙っていると、女性は、


「迷惑だったらごめんなさい。私、この神社のスタッフなんです。何かあればいつでもご相談くださいね」


と、言ってにっこりと笑った。


悪意はないのだろう。すぐに他人を敵視してしまうのは、私の悪い癖だ。


「せっかく声をかけていただいたのにこちらこそすみません。この階段の上には何があるんですか?」


「高台です。階段を上るのは大変ですけど、眺めがよくて紫水町全体が見渡せます。花火を見るには絶好のスポットですよ。あとこれは噂なんですけど、高台で花火を前に愛を誓ったカップルは永遠に結ばれると言われています。この町では結構有名なお話なんですよ」


「花火、ですか」


女性の言葉を繰り返す。


「はい。八時から始まる予定です。無理に高台までいかなくても、ここからでも十分綺麗に見られるので安心してくださいね」


私の足元をちらっと見た女性が、そう言った。


「ありがとうございます」


女性に改めて礼を言って、階段を上る。


体力には比較的自信があった。


母国の学校がミサイルで破壊され強制的に休みになっていた間、日本語の書籍を読むことと身体を鍛えることくらいしかできることがなかったからだ。




「紺のズボンに水色のシャツ……あれ、逆だったかしら」


高台の上で曖昧な情報をもとに人探しをしていると、遠くにそれっぽい男性が見えた。


手には、えっと、綿あめの袋を持っている。間違いない。


「先生、神原先生」


名前を呼びながら近づくと、神原先生はこちらに気づき、慌てた様子で首を左右に振って周囲を確認していた。


「こんばんは、あなた神原先生ですよね?」


私がそう尋ねると、綿あめを持った神原先生が慌てた様子で、


「出版社の方ですか?」


と、聞いてきた。


「失礼しました。私、オリビア・ランスロットと申します。先生の作品のファンです」


「はぁ」


ドン。先生の微妙な返事とともに、花火が始まった。


「私、神原先生は実は男性、それも若い方ではないかと思ってたんですけど、やっぱりそうでしたね。本業が牧師さんっていうのは意外でしたけど」


最初から絶好調で鳴り響いている花火の音に抗うように彼の身体を引き寄せ、声のボリュームを上げた。


「あの、すみません。とりあえずあっちで話しましょう」


神原先生の視線の先には、小さなベンチがあった。花火が始まり皆が手すりの方へと集まっている今、ベンチに座っている人は一人もいない。


「はい」


私は元気よくそう答えて、彼の腕をしっかりと掴んだ。


「あの、たぶん人違いだと思います」


風に揺れる広葉樹の影に着くと、神原先生が言った。


「人違い?」


「俺は神原先生ではないし、牧師でもありません」


「えっ」


「俺は杉原拓斗。ただの高校生ですよ」


「ごめんなさい。私てっきり……」


「まぁいいですけど。ところで神原先生って誰ですか」


杉原拓斗が、神原先生について質問する。今こそ、神原先生の作品を勧めるチャンスだ。


「神原友先生です。先生がお書きになった『あの日のアメジスト』って小説、すごく面白いんですよ。私、『あのアメ』を読んでこの町に来たんです」


「はぁ」


「神原先生は雑誌、月刊ライトノベルの二千二十三年十二月号のインタビューですね、そこで『あのアメ』の主人公は自分をモデルにしたと仰っていました。それで私、さっき主人公の家がある紫水町三丁目に行ってみたんです。そうしたらそこには古い民家ではなく新しい教会がありました。周囲の建物などは概ね小説の通りだったので、場所は間違っていないと思います」


「おいおい、マジかよ……」


ラフな口調で、拓斗が呟いた。


「それだけじゃないですよ。あなたのその恰好です。先生は今日、水色のシャツと紺のズボンで神社の夏祭りに参加してるって教会で伺いました。おまけに綿あめまで、私が聞いた先生の特徴と一致しています」


「なんだって?」


「あなたが先生と同じ格好をしていたから間違えました。すみません」


「そうじゃなくて、その先生の特徴」


拓斗が早口で聞き返してくる。


「水色のシャツ、紺のズボン、綿あめです」


「それってあいつじゃないか?」


拓斗が指さした先には、拓斗そっくりの恰好をした男性がいた。


若いけれど、拓斗よりは少し歳上だろうか。拓斗と同じやせ型だが、身長は拓斗よりも少し高い。


明るい髪色とはっきりとした顔立ちが特徴的だった。


置手紙に書かれていた『M・エリック』という名前からも、おそらく日本以外にルーツがありそうだ。


「あ!」


小さく声を上げて、本物の神原先生の方へ走り出す。


少し進んだところで振り返り、


「先ほどは大変失礼しました」


と、大きく頭を下げた。拓斗はあっけにとられた様子でこちらを黙って見つめているだけだった。

【応援よろしくお願いいたします】


「面白かった!」「続きを読みたい!」

と思ってくださった方は、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。

もちろん、あまり満足ができなかった方は☆1つや2つでも構いません。


また、ブックマークや感想コメントもいただけると本当に嬉しく思います。


既に最後まで書き終わっているので、できるだけ速やかに全話投稿していきます。

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