第一章 第十一話
お兄ちゃんとの再会は予想以上に早く訪れた。
「お兄ちゃん、どうしてここにいるの?」
目が赤いことを少しでも誤魔化すため急いでハンカチで目元を拭き、神社の入り口で壁にもたれかかっているお兄ちゃんに話しかける。
「待ってたんだよ」
「誰を?」
「桃花を」
「なんで?」
「最近よく神社で練習してるって聞いたから」
「でも私、今日は」
「休憩所の電気がついて、朱莉さんと話してるところが見えたんだよ。だから外で待ってた」
「入ってきたらいいじゃない」
「邪魔したら悪いだろ」
もちろん、本当にあの場にお兄ちゃんが入ってきていたら、私はさらに取り乱していただろう。
「あのね、お兄ちゃん」
「なんだよ、寒いのか?」
お兄ちゃんの質問には答えない。伝えたい想いは先に伝えないと、また曖昧になってしまう。
何もしないで迫りくる終わりを待つだけの生活はもう嫌だ。
「私、お兄ちゃんのことが好き。大好き。いつから好きだったか覚えてないくらい前から好き」
お兄ちゃんが少し驚いた顔をする。
「でもお兄ちゃんはオリビアさんのことが好きなんでしょう。だから、私の想いには応えられないんでしょう?」
「なぁ桃花。今から高台へ行かないか?」
今度はお兄ちゃんが私の質問に答えなかった。
でも、私が真剣に話していることは伝わったはずだ。
この話の流れで回答を保留して高台へ誘うというのは、つまり、そういうことだろうか。
高台で愛を誓ったカップルは結ばれる。心の中で小さな希望の芽が顔を出した。
「高台? あの殺人階段を登るってこと?」
念のため聞き返すと、お兄ちゃんは、
「ああ。夏祭りの日に行けなかったからな。まぁ正確に言えば、二人とも行ってるんだけど」
と、少し笑いながら言った。
殺人階段が殺す対象は、必ずしも身体だけではないらしい。
夏祭りの日よりも暗くて不気味な階段を上り続けていると、だんだん気持ちが弱ってきた。
よく考えれば、高台の伝説には「花火の前で」という条件がある。
特別な日でもなんでもない今日、薄暗くだだっぴろいだけの山奥で愛を誓うことに、何の意味があるのだろうか。
それ以前に、お兄ちゃんが私のことを好きだという確証があるわけではない。
勇気を出して告白し、これだけ辛い想いをして階段を上った挙句に振られる未来を想像すると、もう二度と立ち直れなさそうな気がした。
「俺はオリビアのことは好きじゃない。ただ仕事の相談をしていただけなんだ」
あと少しで高台に着くというタイミングで、お兄ちゃんが沈黙を破った。
「オリビアに告白されたのは事実だけど、はっきり断ったよ。正直俺にもよくわかってないことがあるし、桃花に誤解させたのは悪いと思ってる。でも、あいつは桃花が思ってるほど悪い奴じゃない。話せばちゃんとわかってくれた。って、こんな話聞きたくないよな」
息切れ気味のお兄ちゃんが呼吸を整えながら、ゆっくりと話す。
「俺が好きなのはオリビアじゃない。桃花なんだよ。ただの幼馴染じゃなくて、女の子として大好きなんだよ。俺だって、いつだったか覚えてないくらい前から好きなんだ。きっと桃花が俺を好きになるよりも前からだ」
最後の階段を登り切ると同時に、お兄ちゃんが大きな声でそう告げた。
「桃花が俺を好きでいてくれているって薄々感じてた。でもそれは俺の思い上がりで、本当はただの幼馴染のお兄ちゃんに対しての感情かもしれないって思うと、今の関係を壊すのが怖かったんだ。だから俺はずっと」
「お兄ちゃん、ちょっと待って」
疲れで頭も口も思う様に動かない。
これまでにないくらい嬉しい気持ちがあふれ出しているのに、今の私にはそれを表現できる体力が残っていなかった。
「ごめん。これはここに着いてから話したほうがいいと思ってたんだけど、早すぎた」
そう言いながら笑うお兄ちゃんの右手を両手でぎゅっと握り、胸の高さまで持ち上げる。
深呼吸をすると、少し汗の臭いがした。不思議と不快ではなく、むしろ心と体が落ち着いた。
「ありがとう。嬉しい。私、これからもずっとずっとお兄ちゃんのことが大好き」
少し背伸びをして、ゆっくりと顔を近づける。
二人の唇が重なった瞬間、遠くでドンという大きな音が鳴った。
二人が音の方を見ると、遠くの空に大きなハート形の赤い花火が咲いている。
それは数秒もしないうちに暗闇へと消えていき、二発目が打ちあがることは二度となかった。
「私の見間違いかな。今、花火が見えた気がしたけど」
「いや、俺も見た。見間違いなんかじゃない」
「あのね。お兄ちゃんはあんまりこういうの興味ないかもしれないけど、この高台で」
「愛を誓ったカップルは永遠に結ばれるんだろ」
「そうなんだけど、それには一つ条件があって、花火の前じゃないとダメなの」
「そうか」
お兄ちゃんが噛みしめるように言う。
「きっと神様が私たちを見ていて、一つだけ花火を打ち上げてくれたのね」
私がそう言うと、お兄ちゃんはもう一度、
「そうか」
と、答えた。
風邪を引いたわけでもないのに、頬が熱い。『お兄ちゃん』が『大好きな彼』に変わった瞬間だった。
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