予知の聖女の先回り 〜売国王子が婚約破棄? もちろん対策済みです!!〜
最後までお付き合い頂けたら幸いです。
「イレーネ。お前との婚約を破棄させてもらう」
グレイ王太子は私の方を見ることもなく吐き捨てた。今までとは全く違う態度に驚き、少ししてから悲しみがやってくる。
「……何故でしょう? 巡礼に行く前まではあんなにも私のことを……」
三十日ほど聖地巡礼の旅に出て、戻ってきたらこの仕打ち。私が何かしてしまったのだろうか……。
「俺は真の愛を見つけてしまったのだ!」
彼は力強く宣言し、何かを思い出すように遠い瞳で空を眺めている。
「しかし、聖女との婚姻は代々のしきたりでは?」
「そんな古いしきたりなんてどうでもいいんだ! 俺はクリスタを愛しているのだから!!」
クリスタ……? 一体誰だろう?
「もう話は終わった! ここから出て行け!!」
あまりの言い分に私は胸を締め付けられ──。
#
「……はぁはぁ……夢?」
見慣れた天井だ。
全身から汗が噴き出ている。脱力感がひどく、起き上がれない。この症状は魔力欠乏症……?
夢を見て、このような状態になることは初めてではない。
今までにも何度もあった。
そしてその度に夢で見たことは現実となっている。
──予知夢。
聖女の癒しの力とは別に私が持つ、秘密の力。両親と教会の幹部の一部は私のことを「予知の聖女」と呼んでいる。
「婚約破棄とクリスタね。対策を打たないと……」
予知夢で見たことは必ず起こる。私がどう行動しても……。しかし、その後のことは確定していない。
婚約破棄の裏側、そしてクリスタという女について調べなければ。予知の力が知らせてくれたのだから、きっと何かある筈。この国を揺がすような何かが……。
やっと動けるようになった私は、早速この王都の教会で最も力のあるトトル枢機卿の部屋を訪ねた。
扉をノックすると、鷹揚な返事がある。
「失礼します」
「どうしたのかね? イレーネ。こんな早朝から。私が早起きだからよかったが、普通の人ならまだ夢の中だぞ」
「その夢のことで……お話ししたいことが」
豪奢なデスクに座り、優雅に紅茶を飲んでいたトトル枢機卿の顔つきが変わった。
「夢……か。どうやら愉快な話ではなさそうだね。どんな予知夢を見たんだい?」
「私は夢の中でグレイ王太子に婚約破棄されました」
「なんと! グレイ王太子は教会を裏切るつもりか?」
「かもしれません。クリスタという女性のことを想っている様子でした」
「クリスタ……。聞いたことのない名前だ。少なくとも教会の関係者ではないな。それで、君はどうするつもりだい?」
「婚約破棄の経緯とクリスタという女性について調べたいと考えています。きっと教会にもこのランス王国にもよくないことが起こる筈ですから」
「分かった。協力しよう。取り急ぎ、聖地巡礼には君の代役を立てる。三十日ほど自由に動ける筈だ。それと──」
トトル枢機卿はデスクの引き出しから何の飾りもない腕輪を取り出した。
「これを君に」
「これは?」
「正式な名前があるわけではないのだが、これは所謂【変身の魔道具】だよ。魔力を込めると見たことのある人の姿に化けることができる。膨大な魔力が必要だから、普通の人には使えないけどね。君なら大丈夫だろう」
デスクに置かれた腕輪を手に取る。つるりとして装飾もなくひどく地味だが、得体の知れないものを感じる。
「変身中は誰にも身体を触られないように。触られると、たちまち変身がとけてしまうから」
「分かりました。ありがとうございます。必ずや……」
「頼んだよ。イレーネ」
私は枢機卿の部屋を後にした。
#
私は女冒険者の姿を借りて、王都のスラムを歩いていた。野卑た男達のねっとりとした視線を躱し、どんどん人気のない路地へと入っていく。
取っ手に黄色い布切れが巻かれた扉があった。布切れはボロボロで強く引っ張ると破けてしまいそうだ。
「ここね」
ゆっくり扉を開くと、そこはカウンターだけのバーで店主が一人立っていた。几帳面な性格のようで、熱心にグラスを拭いている。
「悪いね。まだ開店前なんだ」
言葉には答えず、腰袋から金貨を五枚出してカウンターに置く。店主はグラスを拭く手を止めた。
「何が知りたい?」
「最近、この王都に怪しい動きはないかしら?」
「随分と漠然としているな。もう少しないのか?」
「……グレイ王太子を狙った動きは?」
「あの馬鹿王太子はありとあらゆる国や組織から狙われている」
「例えば?」
「一番積極的なのは帝国だ。北方の血をひいた奴等が最近王都で増えている。"きつつき亭"って酒場でたむろっているらしいが、そこは北方人しか入れない」
ガメリア帝国……。この大陸の北半分を治める圧倒的な強国。そして、現皇帝は教会に否定的な立場だ。
「それと、クリスタという女性に覚えは?」
「クリスタ? 残念だが知らん」
「そう。ありがとう」
カウンターから立ち上がり店主に背を向ける。
「あんたが何をしようとしているかは知らんが、俺はこの国が好きだ。帝国の好きにさせたくはない」
「頑張ってみるわ」
振り返らずそう告げて、埃っぽいバーからすえた匂いのするスラムの路地へ出た。
#
「乾杯!!」
木製のジョッキ同士がぶつかり、エールの飛沫が上がる。酒で白い肌が赤く染るのは北方の血をひく人々の特徴だ。
「よう姉ちゃん! あんたも噂を聞いてやってきたのかい?」
金髪に赤ら顔の大男が気安く声を掛けてきた。私が北方人の女性の姿を借りているからだろう。
「ええ。稼げるって聞いたわ」
「おうよ! もう少しで北方人の天下になるからな!」
そう言って男はエールを煽った。
「で、実際に何をやるの?」
「へへへ。いくらあんたが北方人でもまだ教えられねーな。でも、俺の女になるってなら──」
男が伸ばしてきた手を躱し、睨み付ける。
「ははは! 俺は気の強い女が好きなんだ! 如何にも北方の女って感じの」
はぁ。面倒くさい。
しかし、帝国出身の北方人達が何かを企んでいることは間違いないようね。
「私は酒に強い男が好きなの。あんた程度の飲みっぷりじゃー足りないね」
私の言葉に男はムキになってエールを何杯も一気飲みし、オーガのように赤い顔で呂律が回らない。
「そういえば、クリスタって女の人知ってる?」
「……うん? くりすた? くりすたなのか?」
駄目だ。最早話が通じない。
「じゃ、また来るわ」
北方人のマスターに代金を払い、きつつき亭の扉を開いた。もうすっかり辺りは暗い。一体、この国で何が起こっているのか……? 私はまだ分からないでいた。
#
「どこに行っていたのよ!? さっさとグレイ様の寝室にこれを持って行って!!」
年上の侍女に怒鳴られた。大変な職場のようね。
王城務めの侍女、アンナの姿を借りて私はグレイ王太子の様子を探っていた。本物のアンナは私の魔法で眠っている。
一方のグレイ王太子も負けていない。もう日は随分と高いのにまだ寝室でだらけているようだ。
朝食兼昼食の準備がされたキッチンワゴンを押し、王城を進む。
途中、第二王子のアルベール様とすれ違った。彼はグレイ王太子と違って早起きだ。学者肌で欲がないのは王族らしくないけど、とても賢くて優しい。
「アンナ、お疲れ様。兄さまのところかい?」
侍女の名前だってしっかり覚えている。
「はい。グレイ様はお疲れのようで……」
「あぁ、昨日も夜遅くまで出掛けていたみたいだからね。何をしているのやら。兄さまは」
「アルベール様もご存じないのですか?」
「私は知らないなぁ。ちょっと今は新しい燃料の研究に忙しくて……。まさに大詰めなのでね。もしこの燃料が使えるようになれば、このランス王国は安泰なんだよ!」
「まぁ、凄い! 流石はアルベール様ですわ」
「この燃料が実用化されたら貧しい人の生活も楽になる筈なんだ。だから、私は頑張らないと」
はぁ。何故アルベール様は第二王子なのか……。このお方が王太子ならばどんなに素晴らしいことか……。
彼は一通り演説をした後に「研究だー!」と叫びながら行ってしまった。可愛い……。
って、そんな場合じゃない。私はグレイ王太子の企みを暴くの。
冷めてしまった料理に少し心配になりながら、キッチンワゴンをグレイ王太子の寝室の前まで運ぶ。そして恐る恐る扉をノックした。
「……入れ」
酒で焼けた声で入室を許可される。ほんの十日ほど会わない内に、随分と変わってしまったようね。
虚な瞳でベッドに腰掛け、視線を宙に漂わせている。
「お食事をお待ちしました」
「……はぁ」
「どうなさいました?」
構ってほしいのか? 随分とわざとらしいため息。
「お前はこの国がいつまで持つと思う?」
「何をおっしゃいますやら。グレイ様がいらっしゃる限り、この国は安泰でございます」
自分で言いながら、心の中で首を振っていた。この男だけに国を任せるのは心許ない。だから私が妻となり、支えるつもりでいたのだ。結局、婚約は破棄される運命だけれども……。
「面倒くさいなぁ……」
普段は威張り散らしている癖に、なんと無責任な発言。今すぐ変身をといて頬を引っ叩いてやろうかしら。
「お食事が冷めてしまいます」
「食欲がない。もう下げてくれ」
「かしこまりました」
いよいよ怪しい。この短い間にグレイ王太子は何をしでかしたのか?
キッチンワゴンを押しながら、私は思考を深めた。
#
「おっ、よく来たな! ささ、飲め飲め」
きつつき亭は今日も北方人で賑わっていた。
いつもの大男が私を見つけてエールを勧めてくる。酒に強い私はそれを軽く飲み干してテーブルにドンッ! と置いた。このような気の強い態度が北方の男には好まれるのよね。
「いい飲みっぷりだなぁ。流石だぜ」
「そーいうあんたはチビチビとジョッキを舐めているだけね」
なんだとー! と言いながら、大男はエールを連続して三杯飲み干した。本当に馬鹿ね。
「ふへへ。そうだ。今日は酒よりも楽しいものを用意してるんだぜ」
大男はすわった目つきでそう言った。酒より楽しい……?
「へぇ。面白そうね。私もいいかしら?」
「いいぜぇー。ちょっと場所を変えよう。おい! お前達!」
一声かけると手下らしい男が三人立ち上がり、大男の背後に控える。
「ついてきな!」
大男は肩で風を切りながら夜の王都を歩く。どうやら商人区を目指しているらしい。何があるのだろうか?
夜風に身体が固くなってきた頃、ようやく一行の足が止まった。目の前には立派な屋敷がある。
門番が大男を見つけて敬礼をした。どういうこと? ただの酔っ払いではない?
ズカズカと屋敷に上がり込み、二階の大部屋に通される。
「ははは! 随分と派手にやってやがるな」
部屋の中には仮面をつけた貴族風の男達と北方人達が長いパイプを吹かしてニタニタ笑っている。
甘ったるくて妖しい香が私の身体を包み、今すぐ逃げ出したい気分。
「さぁ、思いっきり吸い込みな! ぶっ飛ぶから」
大男が煙の上るパイプを渡してきた。ここまでついてきて断るのは流石に怪しいわね。仕方ない……。
こっそり解毒の魔法を自分にかけてから、パイプを咥えて思いっきり吸い込む。
「おお! 流石だな!」
一瞬、頭の中が燃え上がるような感覚になったが、すぐに冷えた。ちゃんと解毒出来たみたい。
「あぁ、気持ちいいわ」
「だろぅぅ? この煙を吸うと最高に気持ちよくなれるんだ。わざわざ帝国から取り寄せてるんだぜぇ」
大男は得意げだ。
「北方人以外もいるみたいだけど、大丈夫なの?」
「かかか! あいつらはこっちに転んでるからな!」
貴族達がランス王国を裏切って──。
「ほお。これは美しい」
パイプの煙を吸ってすっかり顔が蕩けた仮面の男が声をかけてきた。
「あら、ランス王国にもいい男がいるみたいね?」
何が面白いのか? ニヤニヤと大男が割って入る。
「うへへへ、旦那。この女はやめときな。気が強過ぎて手に負えねえぜ? 指一本でも触れたらブン殴られる」
「益々気に入った。名前はなんという?」
……名前ねぇ。なんて答えようかしら。北方人の女性の名前といえば──。
「えーと、なんだっけ? そうだ、思い出した! この女の名前はクリスタだぜぇ」
えっ……。何言ってるの? この大男は馬鹿なの?
「いや……違──」
「俺はグレイだ」
仮面を取った男は、間違いなくグレイ王太子だった。
#
「……ということでした」
王都の教会。トトル枢機卿の部屋に私は赴いていた。
「全く。ここまで愚かだとは……。私は呆れてしまったよ」
トトル枢機卿は眉間に皺を寄せ、ため息をついた。
「兄さま……。そんなことに……」
急遽呼び立てたアルベール様もこめかみを押さえて唸っている。
「それで、イレーネ。どうするつもりだ?」
「私に考えがあります。もう少し、グレイ王太子を泳がせましょう」
「随分と悪い顔をしているぞ?」
「ふふふ。そんなことありませんよね? アルベール様」
「イレーネ、ごめんね。やっぱり悪い顔をしているよ」
トトル枢機卿もアルベール様も人が悪い。私はこの国を売り飛ばそうとする悪漢に思い知らせてやろうとしているだけなのに……。
「さぁ。忙しくなりますわ」
私は来る日に備え、入念な準備を始めた。
#
予知夢を見てから三十日が過ぎた頃、私は王城の中庭に呼び出されていた。相手は勿論、グレイ王太子。
中庭の花壇を見ていると、血色の悪い顔でグレイ王太子はやってきた。そしてなんの前振りもなく、唐突に宣言する。
「イレーネ。お前との婚約を破棄させてもらう」
あぁ。予知夢と寸分の狂いもない台詞に嬉しくなる。
「……何故でしょう? 巡礼に行く前まではあんなにも私のことを……」
「俺は真の愛を見つけてしまったのだ!」
彼は力強く宣言し、何かを思い出すように遠い瞳で空を眺めている。一体、誰のことを思っているのか……。
「しかし、聖女との婚姻は代々のしきたりでは?」
「そんな古いしきたりなんてどうでもいいんだ! 俺はクリスタを愛しているのだから!!」
クリスタ。クリスタねぇ。
「もう話は終わった! ここから出て行け!!」
出て行く前にやることがある。
「最後に一つだけ。その、クリスタさんはこんな見た目をしているのではないですか?」
私は【変身の魔道具】に魔力を注ぎ、姿を変える。金髪に真っ白な肌。北方人の女性のものだ。
「な、なんで……クリスタ? どういうことだ?」
「まだお分かりにならないのですか? クリスタは私が化けていただけですよ? そんな女性はいないのです」
「ふ、ふざけるな! おい、誰か! この女を引っ捕らえろ」
グレイ王太子の声に近衛がぞろぞろと出て来る。その後ろにはランス王国国王と、アルベール様の姿も。
「この女は私を騙した大罪人だ! 捕まえろ!!」
「大罪人は貴様だ、グレイ!! 帝国の将軍をこの王都に招き入れて、どういうつもりだ!!」
国王が前に出て一喝した。流石の迫力にグレイ王太子は勢いを失う。
「お、俺はそんなこと……していない」
「まだ言うか! イレーネが化けているとも知らずにベラベラと喋っただろう? このランス王国を帝国の属国にする計画を!! 恥をしれ!!」
そう。グレイ王太子は帝国と通じていた。自分が王位を継いでランス王国の独立を維持するより、帝国の属国となることを望んだのだ。自分の家族を差し出して……。
最近、北方人が王都に増えたのも彼の仕業だった。帝国の将軍や兵士を王都に招きいれ、王城を落とす。そうすれば、王族でも自分だけは生き延びられると信じて……。
「連れて行け!!」
国王の合図によって近衛が飛び掛かり、あっという間にグレイ王太子は縛り上げられた。そして、情けない格好で運ばれていく。
「イレーネ。大儀であった」
国王は疲れ果てた顔でそう言った。自分の子供に裏切られたのだ。穏やかでいられる筈はない。
「とんでもないことでございます」
恭しく礼をして、幕を引こうとする。
「で、今後のことだが……」
「今後、ですか?」
#
「イレーネ! 実験成功だ!!」
煤で黒くなった顔のアルベール様が王城の私の部屋に飛び込んできた。よほど嬉しかったのか、扉も開けたままだ。
「……アルベール様。新燃料の実験も結構ですが、婚約披露パーティーの準備の方も……」
グレイの廃嫡により王太子となったアルベール様だったが、相変わらず新燃料の研究に夢中だ。
話によると魔力の代わりになりうるものらしい。軍事転用も可能で帝国なんて怖くない! この国の未来は明るい! と国王とアルベールは断言している。
「ごめんよ。イレーネ。君に任せっきりで」
王太子になったということは、私の婚約相手にもなるわけで……。
部屋に入ってきた勢いのまま、私は抱き締められる。
意外だったのは、アルベール様がとても積極的な方だったということで……。
「アルベール様……。扉が開いたまま──」
私の口はアルベール様によって塞がれた。言葉ではない、熱いものが伝わってくる。
「イレーネ。私はずっと我慢していたのだよ。君のことを」
「はい……」
私も密かにお慕い申し上げておりました。今はとても幸せです。
この時の様子は覗き見をしていた侍女アンナによって広められ、婚約披露パーティーで貴族達にからかわれることになったのはまた別の話です。
異世界恋愛短編、投稿しました!
『声なき聖女の伝え方』
https://ncode.syosetu.com/n8427hx/
是非!
もしよろしければ、ブックマークや下にあります高評価★★★★★をポチッと押してくださるとめちゃくちゃ喜びます!!