身長141センチで成長が止まった私、騎士として生きるために防御特化型になってみた。
私には忘れられない記憶がある。
それは五歳の頃の話。私の住む王都に野良神の群れが迫りつつあった。
野良神とは、国に属さない野良の神獣を指す。通常の獣より何倍も大きく、知能の高い神獣は人間の敵う相手じゃない。
この国、コーネルキアにも守護神獣様が一頭おられるが、不運にも当時は別の群れの討伐で不在。だからといって、何もしないまま王都を荒されるわけにはいかない。
国は騎士達の出撃を決定した。
騎士は普段から体を鍛え、神獣が扱うマナという特別な力を身につけた者も。
それでも、野良神の討伐は命懸けの任務だった。
二百人からなる部隊が王都を出発し、どうにか群れを退けることに成功するも、十七人が帰らぬ人となる。
生還を果たした者達も多くが負傷していた。騎士とは危険の伴う職業だ。
しかし、体を張って皆を守ってくれた彼らが、私には輝いて見えた。少しでも感謝の気持ちを伝えたい。
帰還した騎士の一人に駆け寄った。
「きしさま! わたしたちをまもってくれて、ありがとうごじゃります!」
多少噛んでしまったが、彼は優しく私の頭を撫でてくれた。
年齢は四十過ぎで、本の挿絵に描かれているような格好いい騎士ではなかったが、私にとっては間違いなく英雄だった。
「わたしもきしさまみたいなきしになります! そしてみんなをまもる!」
「その気持ちがあるなら、お嬢ちゃんはもう騎士だ。俺の後輩だな」
私の頭をもう一度撫で、彼は去っていった。
五歳のこの日、私、コルルカの道は定まった。
私は皆を守れる騎士になる。
天も応援してくれているのだろうか。私が八歳になった頃、コーネルキアに騎士の養成学校が開設した。マナを扱える精鋭騎士を育てるための機関だ。
このコーネガルデ学園に入学するべく、私は日夜トレーニングに励み、渋る両親の説得を続けた。
その甲斐あって、ついに十二歳で入学を果たす。
コーネガルデ学園は四年制で、一年生はまずマナを習得するところから。
これは自分の内なる力を探ってひたすら瞑想するのだが、うっかり居眠りしてしまう子も。
まったくたるんでいる。強い信念があれば眠くなどならない。……私も時折記憶が飛んでいたが、おそらく疲労から気を失っていたのだろう。
強い信念で瞑想を続け、私は半年ほどでマナに目覚める。
二年生からはマナを用いた実技の授業が開始。
同学年の女子の中でも私は体が小さい方だったが、皆より早くマナを習得していたおかげで成績は良かった。
マナは体に纏うことで身体能力が上がる。
また、錬れば錬るほどマナは増えるので、私は毎日錬って錬って錬りまくった。この修行は結構疲れるのだが、私は(覚えている限りでは)一日も休まなかった。
努力の成果と言うべきか、私は学年で五十七位(約九百五十人中)に。
上は皆、私より遥かに背が高いから、この順位は仕方ないだろう。
やがて私は十四歳になり、三年生に上がった。
初日の体力テストで学年四十八位となり、気分は悪くない。
が、翌日の身体測定で私は絶望することになった。
気合を入れて計測に臨んだはずが、私の身長は百四十一.二センチだった。
……どういうことだ。ちゃんと気合を入れたのに(あくまでも気合)、去年から一ミリたりとも伸びていない。
……これは、天が私を見捨てたか?
いや、天が与えた試練と考えるべきだ。成長期はまだ終わっていない。この苦境を乗り越えることができれば、ぐんぐん伸びるはず。
まあ、いずれ百五十センチは優にいくだろう。
だが、今の小さな体でどうやって上を目指すか、しっかり考えるべきだろうな。
マナというのは進む方向が定まっているほど強靭になる。攻撃特化、防御特化、素早さ特化など色々あるが……。私は迷いなく防御特化だな、うん。
方向性が決まったところで装備も一新。
武器を剣から片手で扱える鈍器に、盾は最大サイズのものに変えた。
ふーむ、この大盾、私の身長より長いが……、別にいいか。体が全部隠れて守りやすいじゃないか。
「コルルカ、噂になってるよ。どっちが装備されてるか分からないって」
そう言ってきたのは、同級生で同い年のクランツだ。
彼は一年の頃からぐんぐん背が伸びている。その身長は今や百七十センチを超えた。
「どっちがとは何だ? 盾が私を装備するわけないだろう。装備するわけ! ないだろう!」
「ご、ごめん、そんな真面目に涙目で怒らなくても」
「泣いてない!」
いかん、つい色々な恨みが爆発してしまった。
クランツは一見爽やかなイケメンだが、何でも器用にこなす万能型。序列も学年二位の油断ならない男だ。いずれ倒さなくてはならない時が来るだろう。
「首を洗って待っていろ! クランツ!」
「えー……。属性のことで相談しようと思ってたのに、話もできないな……」
そうだ、三年生になると属性を選択しなきゃならないんだった。
マナを精霊の力で変換してもらうことで、属性魔法などの技能が使えるようになる。属性は火風地雷水の中から二つを選ぶのだが、……どれにするかな。
各属性には相性というものがある。例えば、火と水で同規模の魔法がぶつかり合った場合は水の方が有利だ。しかし、片方がもう一方を補助するようなケースもあって奥が深い。
私が作りたい魔法ははっきりしている。全てを跳ね返す鉄壁の防壁だ。
まあじっくり考えよう。
ところで、この学年から実技の授業もより本格的になる。
学生同士の手合わせも実戦さながらに行われた。
私の戦術はシンプル極まりない。
守って、守って、相手が疲れてきたり隙を見せたら、鈍器で殴る。
シンプルではあるが、これが結構強い。やはりしっかり方向性を定めたのがよかった。
ガード時、私のマナは一気に質が高まった。
学年順位は三十八位まで上がる。
なお、授業内容がハイレベルになったのに伴って、実技の教員も腕の立つ人達に変わった。
私のクラスは五十歳前後の騎士が担当することに。
え、この人は……。
その顔を忘れるわけがない。かつて私が憧れた英雄なのだから。
間違いなく、五歳の頃に出会ったあの騎士だった。十年近く経過して、彼の名がラウゼスだと初めて知る。
あちらは私のことを覚えていない様子。
まあかなり前に少し話しただけだし、私も成長してるしな。
私も、成長してるしな。
大事なことなので二回言った。
ラウゼス先生は私のことを覚えていなくても、やっぱり昔のまま優しかった。それに教えるのもとても上手だ。
「コルルカ、盾をただの防具だと思うな。タイミングよく押し返すだけでも、相手に大きな隙を作らせることができる。忘れるな、防御と攻撃はつながっているんだ」
先生のおかげで私の盾さばきは上達した。
順位はじりじりと上へ。
うむ、何事も焦らず腰を据えてコツコツと、だ。戦いの基本でもあるしな(防御特化型の)。
だが、学生同士の手合わせでも相性がある。
私が苦手としているのは素早さ特化型だ。連中は高速で動いて私を翻弄し、ガードの裏へ回りこんでくる。万能型のクランツも同じ戦法だな。
厄介な者達ではあるが、あとしばらくの我慢だ。
開発中の魔法が完成すれば、裏へ回りこむことなど不可能になるのだから。
しかし、完成までにはまだ時間を要した。二つの魔法を同時に発動、維持するというのはやはり難しい。
三年生も後半になると、属性魔法を習得して模擬戦で使ってくる生徒が増えてきた。
私は基本の強化技能と無属性の防御技能で耐え続ける。騎士とはひたすら耐えるものだ。
くぅ、それにしても皆やけに嬉しそうに撃ってくるな。
くぅ、耐えろ……。
そうこうしている間に、私は十五歳となり、四年生に上がった。
そして、避けては通れない身体測定。
私の身長は……。
……今年は少し、気合が足りなかったらしい。
とはいえ、学年順位の方は順調に伸びている。私はついに二十位台に入った。
四年生は最終学年であり、いよいよ実習が始まる。
野良神との実戦だ。
クラス単位で野に出て、ターゲットになりそうな神獣を探す。
大体は、【戦狼】という馬より一回り大きな狼と戦うことになる。数が多くて見つけやすく、強さもちょうどいいので。
と思っていたら発見。
引率のラウゼス先生が腕を広げて警戒を促す。
森を抜けた先の草原に、二頭の【戦狼】が。
数も理想的だ。こちらは一クラス四十人と熟練のラウゼス先生。多勢に無勢だが我が軍は初心者ばかりなので大目に見てもらおう。
安全に実習ができるし、あの二頭で決まりだな。
ところが、ラウゼス先生はやや険しい表情をしていた。
「ちょっと妙ですね」
そう言ったのはクランツだ。
何を分かったような顔で。学年二位とはいえ、お前も初めての実戦だろ。
するとラウゼス先生が「ああ」と頷く。
「あの【戦狼】達は目立ちすぎている。まるで見つけてくれと言わんばかりだ」
喋り終えるや、先生はバッと後ろを振り向いた。
剣を抜き、マナの刃を飛ばす。
攻撃は背後から忍び寄ってきていた【戦狼】を直撃。大狼は唸りながら飛び退いた。
「全員! すぐに森から出ろ!」
ラウゼス先生が叫ぶと、私達は即座に従った。
草原で一塊になる。
さほど間を空けず、森の中から続々と狼達が現れた。
最初から草原にいたのも含めて、その数なんと……。
「じゅ、十頭……」
男子の誰かが呆然と呟いた。
そう、四十一人対十頭だ。学園の卒業生、つまり国の精鋭騎士達でも不利な状況。ましてこちらは実戦未経験者だらけ。
周囲に目をやると、ほとんどが真っ青な顔をしている。
勝負になるわけない。
神獣は知能も高い。私達はまんまと罠にかけられた感じか。
どうする、この数から逃げ切るのは不可能だぞ。
すると、ラウゼス先生が身に纏うマナを全開に。
「俺が足止めする。お前らは行け」
「先生一人で倒すのは無理だ」
「コルルカ、足止めだと言っただろう。全ては倒せなくても構わん」
……それは、先生を犠牲にして生き延びるということだ。
ラウゼス先生は落ち着いた足取りで【戦狼】達の方へ。
歴戦の騎士が放つ雰囲気に、狼達もすぐにはかかってこれない。
「やれやれ、それだけいながら怖気づくなよ。……そうだ、コルルカ、お前と再会できて嬉しかったぞ。本当に頼もしい後輩だ。お前なら立派な騎士になれるさ」
私を覚えていたのか……!
先生の挑発が効いたのか、【戦狼】は一斉に口を開く。
急速にマナが集まり出し、球体に。
まずい! あれは狼族最大の神技〈狼砲〉、の×10だ! 先生だけでは防ぎ切れない!
駆け出す私。
クランツが「コルルカ待て!」と追ってくる。
ラウゼス先生の前に立った私は両手を突き出した。
「火霊よ! 炎の壁となって私達を守れ! 〈フレイムウォール〉!」
目の前に高さ四メートル幅二メートルほどの燃え盛る壁が出現。
これを見た先生が即座に叫ぶ。
「この防壁では無理だ! クランツ! 早くコルルカを連れて逃げろ!」
捕まえようとする同級生の手を払った。
小さいからといって簡単に持ち運べると思うなよ。
この防御魔法だけでは止められないのは、私だって承知している。
もう一ついけるか?
これは訓練じゃない。失敗すれば死ぬ実戦だぞ?
ええい! 悩んでいても仕方ない!
やるしかないんだ!
「私はもう騎士だ! そう言ったのは先生だぞ! だから私が守りたいものは全て自分で守る!
風霊よ! 周囲を巡って私達を守れ! 〈嵐旋結界〉!」
私達を包みこむように風が舞う。
なんとか二魔法同時に維持できている!
だがこれでは不十分だ!
風霊! もっとだ!
巡る風が強まり、やがて前方の炎の壁に吸いこまれ始めた。
厚みを増した壁は、縦と横にも大きく広がる。
よし! 成功だ!
風属性は火属性を補助することができる。
〈嵐旋結界〉が放つ風で〈フレイムウォール〉を強化する狙いだ。仮に火壁を突破されても、後ろの結界が食い止める二段構えでもある。
が、今回はその心配はないだろう。
想定以上に補助効果が大きかった。
【戦狼】達の方もこの間に準備が整ったらしい。
それぞれ目の前には各属性を詰めこんだ砲弾が浮かんでいた。
タイミングを合わせたように、一斉に発射。
〈狼砲〉十発が〈フレイムウォール〉とぶつかる。
ドドドドドドドドドド――――ッ!
様々な属性が混ざり合い、激しい爆発を引き起こした。
炎の壁は所々吹き飛ぶも健在。
損壊箇所は後方からの風を受けて修復されていく。
「ぬるいな。最大神技×10、恐るるに足らず!」
私が胸を張ると、ラウゼス先生はため息。
「ずいぶん時間が掛かっていると思ったら、こんな連動魔法に取りくんでいたのか……。だが、よく考えられている」
「本当にすごい防御力だ。先生、これなら――」
クランツはそう言って槍を構えた。
この男は長身のくせにリーチの長い武器を使っている。私への当てつけか。
彼は見せつけるように(私にはそう見えた)槍をクルンと回す。
「この壁を利用して遠距離技で応戦すれば、何とか切り抜けられると思います」
「そうだな。やるぞ」
「待ってくれ、二人共。私にもまだ試したい技があるんだ」
私は今、かつてないほどマナの高まりを感じている。
前々からそんな気はしていたが、どうやら間違いない。
私はすごく本番に強い!
これならあれができそうだ。
火霊よ、風霊よ、もっと私のマナを食え!
もっとだー!
〈フレイムウォール〉と〈嵐旋結界〉が共にぐんぐん巨大化していく。
特に壁の方は補助効果も手伝って増殖率が凄まじい。
やがて一辺約五十メートルの炎の壁が完成していた。
「な、何だ、これは……」
クランツが呆然と見上げる。
お前の身長より遥かに高いだろ、ふっふっふ。
呆然としているのは彼だけじゃない。壁の反対側では【戦狼】達も立ち尽くしている。
のんびりだな、逃げるなら今の内だぞ。
技が発動すれば回避は不可能だ。
「よし。じゃあ、フィニッシュだ」
「おい、ここからどうなるんだ?」
「先生、これは守りの魔法だがそれだけじゃない。防御と攻撃がつながっていると言ったのは先生だぞ。だから私はその通りの魔法を考えた」
「……どうなるんだ?」
「防御こそ最大の攻撃! この〈フレイムウォール〉は……、動く!」
私が両手を押し出すと、呼応するように壁もズズッと動いた。
それから一気に加速。
「これぞ私の奥義! 〈壁突撃〉だ!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!
突進する〈フレイムウォール〉が次々に大狼を跳ね飛ばす。
「ギャン!」
「ギャンッ!」
「ギャギャンッ!」
「ギャギャーンッ!」
幅、高さ、共に五十メートルもある燃え盛る巨壁。【戦狼】達に逃げ場所などなかった。
十頭全て、綺麗に遠くまで飛んでいった。
役目を終えた〈フレイムウォール〉が消滅すると、目の前には見事なまでの更地が。
「ふ、ふふ、どうだクランツ。私の〈壁突撃〉、避けられるか?」
「避けられるわけないだろ……。壁を出された時点で負け確定だよ」
「や、やった、これで、私が学年二位だ……。ふふ、ふふ、ふふふふふ……」
マナを使い果たした私は草原に寝転んでいた。
もう立ち上がる力も残っていない。
とラウゼス先生が私を抱き上げる。彼はまたため息を一つ。
「あんな危険な魔法は、学生同士の手合わせでは使用禁止だ。分かったな」
「そ! そんな! これで一気にランクアップの予定だったのに……。……そういえば先生、私のことを覚えていたんだな」
「ああ、学園で会った時にすぐ気付いたぞ。コルルカ、お前は昔と全く変わっていなかったからな」
「なん、だと……? 十年前だぞ……? 当時、私は五歳だぞ……? そんなはず……、そんなはずない……」
ショックを受けている私を見て、先生は小さく笑った。
そして、「だがな」と言葉を続ける。
「お前は俺が想像していたより、ずっと大きな騎士になりそうだ」
「任せておいてくれ、先生。私は必ずや、心も体も大きな騎士になる」
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16歳になったコルルカが登場する物語も書いています。
『ジャガイモ農家の村娘、剣神と謳われるまで。』
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