花、開いた先に ⑧
「角末君、これはどういうことだね、ライスパンの新部長に迎えたばかりの森上君が率いているそうじゃないか、これは一体、何のお笑いかね、まさか君、最初から知っていたのかい」
目も当てられないとはまさにこのことだと思いながら、角末は弁解の余地は少ないものの仕方なく答えた。
「社長、そのようなことは全くございません、私はHAYASHIMATU出身というだけでして、しかも彼とはあれから一切、連絡しておりませんので」
「ふむう、しかし専務同士でなかなか良い関係のようじゃないか、これをちょっと見たまえ」
そう言うと手元にあるスイッチで照明を落とし、スクリーンにある映像を流した。
「専務の角末さんですか、良いお付き合いをさせていただいております」
「ライスパングループですが、今後はANO社へ吸収合併となるようですが」
「そのようですね、社長の黒野辺さんが副社長に就任されるとか」
「ええ、ちなみに梅川さん、連日のように打ち合わせしてきたとのことですが、HAYASHIMATU社長はもちろんそれらについてご存じかと思います、何か言っておられましたか」
「いえ特には、ただ売却の方向で話を進めていくとだけはありましたが」
「つまり、もう既に廃業を受け入れたいうことですね」
「ええ、完全にというわけではありませんが、今のところはそうですね」
ここでモニターの電源を切った。ANO社代表の千波護が引き続き尋ねた。
「角末君、今、黒野辺がこちらへ向かっているようだ、ただその前に、私がもう少し腑に落ちるように説明してくれないかね」
「はい、しかしお言葉ですが、私には何の関係もない話で」
「関係なくはないだろう、彼が言った良いお付き合いとは一体、何だね」
「さて、わかりかねます」
「まあ良いわ、とにかくこのまま森上君を部長として迎えるわけには行かなくなった、午後の会議で正式に決め、その上で懲罰委員会も設置しなければならない、君はもう覚悟はついているよな」
「え、いやしかし、本当に関係なく」
「まだ言うのか、ま、後は自室でのんびり待機していてくれ、それと予定の全ては常務に依頼しておくように、わかったな」
「は、かしこまりました」
肩を落として自室に戻りしばらくすると、営業統括の直中と元部長の前脇が部屋のドアを叩いた。
「どうぞ」
角末の返事が聞こえたのでドアを開け、姿を現した二人は一礼してソファーへ着いた。
「ご存じのように、私は森上新部長がお見えなられてことで降格になりました、そこで角末専務に一つ、お願いがあるのですが」
前脇がそう言った後、営業部統括の直中がこう続けた。
「しかし就任早々から見事にやってくれましたね、これってHAYASHIMATUが裏で糸を引いているかどうかを先に調べる必要がありますよね」
角末は眉間にしわを寄せながら静かに答えた。
「それはそうなんだが、要望って何だい」
するとにこりと笑みを浮かべ、前脇は身を乗り出してこう訴えた。
「私を部長に戻してくださいませんか」
「なるほど、そう慌てなくても直に戻るだろう、ただな」
「何ですか」
「事態はもはや、そんな程度じゃ済まないかもしれないぜ」
「え、どういうことですか」
「私が専務に抜擢された理由は、まさにそこなんだ」
「それってもしかして」
「ま、今、簡単に言う訳にはいかないが、近い将来にわかるだろう」
「よくわかりませんが、とにかく元の職へお戻しいただければ」
「わかった、実はこれから黒野辺さんがお見えになるようなんだ、私から伝えておくよ」
「良かった、では、よろしくお願いします」
二人が部屋を出て行くと、角末は両手を突き挙げて大きく深呼吸してそのまま横へばたりと倒れ込んだ。かつて一緒に働いたことがある彼らの底力は、とても良く知っている。これから今の状況を変えるため真剣に動き出すなら。そう思った途端、なぜか急に背筋に寒さを覚えた。もしかしたら自分が選んだ道は間違いだったか。トーンダウンしながら、先日の話を思い出していた。
「給料も増えて部下もたくさん出来た、確かにそうなんだ、何も申し分なかった、しかしあの時の表情、あれこそが全てだったか、俺、やはり失敗したのか」
自信に満ち溢れる梅川の顔が脳裏にちらつき始めると、ただそう思わずにはいられなかった。
「いや、間違いではない、このままでは一体、何のための専務か、そうは言っても降格はもちろん、下手すりゃ平社員でさえあり得るな、それならいっそ援護に回ってみるのもありだな、恩返し半額か、考えたもんだ、どの道これが最後の仕事になるだろう、よし、見習ってやってみるか」
一方でHAYASHIMATUは、マイルドの三店と国内二店による快進撃が始まっていた。店舗の売り上げは以前の三倍を超え、今や人手が全く足らない状況となっていた。そこで本社に応援要請をしたものの人員不足は解消に至らず、そのまま継続する他なかった。反するように移籍を決めた店舗は次々と休業に入った。理事会で既に決定した売却手続きを進めている中、配送から戻った郷大が久しぶりに社長室を訪れていた。
「二店舗分でこれまでの三分の一以上の量をこなすなんざ、全く凄い話ですよ、それにさっき増が言っていたことをたまたま耳にして、ちょっと良いですか」
「ああ、何だい」
「森上さん、全くの白だったとか」
「ああ、もう済んだ話だ、ここまで一緒に開拓してきたんだぜ、そんな忙しい時に相手とつるんでいる暇なんざある訳ない、俺はそう思ってたよ、ただ、今は優のことでちょっとな」
「しかし優、あそこまで根性ある奴だとは、正直思っていませんでしたよ、しかもあの父親と近頃はよく話すようになったようですし」
「そうなんだ、森上も息子にほとんど何もしてやれなかったし、また優も逆にそう思ったんだろうな、それはそれで良いことだが、どうやら懲罰会議で平社員への降格が決まったようなんだ、もちろん抗議した全員が対象だとか」
「ということは、しばらくは趣味の方はお休みですね」
「ああ、今はそれどころじゃないからな」
「なら社長、俺にその続きをやらせてくださいよ、ちょうど暇になったんで」
「はは、それはありがたいんが、だったらこっちを手伝ってくれないか」
「何ですか」
「総重建設の売却が難航しているんだ、何せ先代からいる社員がほとんどで、今もまだ話がまとまらないんだ、説明してすぐに売却を決めたことで、今向こうでは何やら準備しているらしいんだ、姉ちゃんの話によれば俺を訴えるとか」
「まさか、で、何をすれば」
「郷ちゃん悪いんだが、配送はしばらく誰かに代わってもらえないか、それで話をまとめてきてほしい」
「それは良いですけど、俺、建設なんて全くの素人ですよ」
「構わん、誰もいないんだ、サポートするから頼むよ」
「社長の頼みじゃ断れませんよ、ま、とにかく一度行ってみます」
「いつも悪いなあ、そうだ、久しぶりに一杯どうだい」
「良いですねえ、では後ほど、それじゃ行ってきます」
海外の香純は二週間の任務を終え、帰国準備に入っていた。あれからの報道はもっぱらANO社の宣伝が続いた。あの日にリアルタイムで流れたことは、結果的に他社の宣伝をすることになりまさに大失態だった。広告費を支払う側としては、まさに寝耳に水のことだった。そうして何とかやり遂げ、滞在最後の今夜は美穂と会っていた。ホテルのラウンジは落ち着いた様子の中でグラスを重ね、それから打ち合わせも兼ねて話を進めた。
「いよいよ明日ですね、二週間、本当にお疲れ様でした」
「あっと言う間だったよ、美穂ちゃんもいろいろお疲れさんね」
「はい、おかげ様で何とかなりそうです、まさか半分が残ってくれることになるなんて、全く思っていませんでしたから」
「しかしその半分は正式に売却が決まったけどね、ただその方が前よりも密度は濃くなるな」
「それは確かに、私も残りの仕事を済ませたら一度、帰国しようと思っているんです」
「そうなんだ、林松さんは知っているの」
「はい、昨日伝えました」
「そっか、それで俺が帰った後のことなんだけどさ、任期はまだ残っているから出来る範囲で手伝うよ、パソコンでやり取りできるから連絡して」
「本当に助かります、ありがとうございます」
「いいよ、とりあえず良かった、これなら何とか行けるだろう、国内も三分の一が残ることになったようだし、後は総重建設だな」
「それが今、ちょっと面倒なことになっているようで」
「そうらしいね、俺も聞いたよ、社長を訴えようとしているとか」
「ええ、既に弁護士に相談しているようですが、あまり芳しくないみたいで」
「そのまとめ役を郷大さんに頼んだってさ、美穂ちゃんに伝えておいてくれって、さっき連絡があったんだ」
「え、郷大さんにですか、何とかなると良いのですが」
「大丈夫だろ、何せOKAMI元専務だし、郷大さんならきっと何かの策があると思うよ」




