本音 ⑧
一段落し、休憩を挟むことになった。香純がトイレに席を立つと、すかさず奥寺が後ろから声を掛けてきた。
「あのう」
何やら言いづらそうにして、何かを手にしながらそう言った。香純は振り返ると、それを無言で受け取りこう言った。
「え、もう届いたのですか」
今朝方のツーショット写真だった。その淵に手書きで短い文章が書いてあり、香純はそこに目を落として読み上げた。
「雑誌社に手配済みか、しかし早いなあ」
そうして半笑いをしていると、背後からそれを覗き込むように美穂がこう言った。
「これってさ、無視するとちょっとやっかいですよね」
「確かにね、でもここに連絡先が書いてあるので、ちょうど良いから連絡入れてみますよ」
香純がそう答えると、奥寺もそれに続いた。
「わかりました、それでは他の案件を進めています」
「悪いね、すぐ戻ります」
香純は二人にそう伝えると、それからすぐ統括室へと戻った。そして受話器を手にして番号を打ち込むと、数秒後にはライスパンを名乗った女性が電話口に出た。そこで説明した数分後、ある男性へと代わった。香純が名乗ると、相手はしっかりとした口調でこう言った。
「私のことはライと呼んでください、ミスターカスミ、どうしますか、私たちの要件は既に知っていますよね、もしこの写真を止めたいのなら、今すぐ我が社へ来てください」
初の会話であるのも関わらず、こうした高飛車な物言いをするのかと思いながら、香純は毅然とこう答えた。
「もしそうされたいのでしたら構いませんよ、私たちの間で既に済んだことですので、私たちには何もやましいことなどありませんので」
「そうですか、では次に大きな話をお伝えします、これを聞いてどうしますか、ミスターカスミ、もう時間はありませんよ」
「で、何でしょうか」
「少し前に広大な土地を買ったミスターユウ、今もそちらにいますよね」
「優ですか、ええ、在籍しておりますが、それが何か」
「彼からの情報だったのですよ、その写真を撮ったきっかけは」
さすがの香純も驚いて咄嗟に声を上げた。それから心の内で何度かその理由を問いながら、何も言わずにしばらくはじっと押し黙っていた。するとライは続けてこう言った。
「大変ですね、詳しいことは彼に聞いてみてください、私は忙しいのでこの辺りで失礼します、良い返事を聞かせてくださいね、それでは、良い一日を」
呆然としながら電話を切った後、香純はすぐに内線を入れた。そして優に大至急連絡するようにと、事務へ伝えた。それから十分程で再び内線が鳴ったので電話に出た。きっと何らか理由があったのだろう。香純は努めて冷静に話を聞いてみようと思いつつ、先にこう尋ねた。
「お疲れさん、今朝は早くから大変だったな、実はな、こっちも大変だったんだよ、お前、その理由を知っているな」
優はそう聞いても何も答えずにただ黙っていた。そこで香純はこう続けた。
「電話で言いたくないなら、今すぐ統括室へ来い、これは命令だ」
微かに答えたような声が聞こえた後、すぐに途絶えた。香純はため息をつきながらも受話器を置いた。それからすぐさま美穂に連絡した。そしてその話をしたが全く驚かず、ただ淡々と聞き終えて話を終えた。それから林松にも連絡し、事の成り行きを説明した。すると多少は驚いたものの、大していつもと変わらずこう言った。
「なあにそりゃあ、焼きもちだろう、ただなあ、きっかけとなるかもしれん、優が内通したと今回、こうして相手側が正式に提示したわけだ、これはひょっとするかもしれんぞ」
「ええ、承知しております、ただその前に一つだけお聞きしたいのですが」
「うん、何だい」
「森上さんの了解は得られるでしょうか」
「それか、まあ、今のところは心配しなくて大丈夫だろう、大体、息子との意思相違なんてのは、今に始まったことじゃねえし」
「つまり、森上さんは全く関与していないということですね」
「うん、俺はそんなことあるわけねえだろうとは思っているけどさ、いざこうなっちまうと何ともな、余計に簡単には言えなくなっちまう、だがな、これまで特段変わったこともないから俺は大丈夫だろうと思ってる、一先ず、銀ちゃんとか他の皆にも伝えておくよ、それよりもまず優はどうするかな、その処遇についてはお前に全部任せるわ、森上が知れば今すぐに帰国させると動くだろう、でもまあそれでも、こっちのことは俺が後は何とかする、引き続き頼んだぞ」
報告後に冷めたコーヒーを一口啜り、香純は再び議場へと向かった。十名ほどの空席があり、それを横目に元の座席に腰かけた。その時にちょうど見上げた美穂の表情こそ、全てを物語っているように見えた。こうなることを既に予感した上で、その腹は決まっているとの覚悟が垣間見える。奥寺も同じようにそうした面持ちのまま、その視線を二人へ送っていた。そうした香純の姿を見た社員たちの間にはより一層、張りつめた空気が漂っていた。今や木庭がマイクを手にし、事務の速報を伝えているところだった。
「先程、マイルドさんから連絡がありまして、三店舗はこのまま継続していくとのことです」
社員達がざわつく中、香純は心の中で確かな手ごたえを感じていた。そこで再び美穂と自然に目が合い、香純が何も言わずともしっかり首を縦に振った。そして美穂は直ちに各店舗へ伝達するようにと伝えたところ、奥寺はその場からすぐに社員へ口頭で指示した。その三名が席を立った後、先程の話に戻ろうと思った香純が木庭へ声を掛けた。するとその社員と入れ違うように、見慣れた顔がふらりと姿を現した。そして後方の空いている席を見つけるとそこに腰掛けた。多少の緊張感はあるのように見えたが、そのしぐさからはまるで事の重大さまでは感じられなかった。木庭からマイクを受け取った香純は、すぐに問いかけようとした。しかしながら一度は本人の話を聞こうと思い直し、再び席を立った。
「優、こっちへ」
その呼びかけに優はすぐに席を立ち、背中を追うように後をついて行った。香純はいつになく厳しい表情だった。あの木庭でさえ一瞬、思わず目を背けるほどの緊張感だった。すると美穂が続きは翌日に延期すると伝え、本日は終了となった。
二人は統括室に入ると、互いに向き合うように座った。優は既に覚悟しているのか、香純のそうした姿を見ても変わりなくこう言った。
「香純さん、お話とはどのようなことでしょうか」
「俺から説明した方が良いかい、それとも自分で知っていることを話すか、どっちでも良いぜ」
「では私から、昨夜のことですが、ライスパンの一人と打ち合わせのため、お先に失礼しました」
「どうして黙っていたんだい、その時に言えば良いじゃないか」
「実はまだ、私の範疇としておきたかったのです、実はですね、先日購入した土地を相手が倍の値段で買い取りたいと言ってきたのです、そこで現状を伝えたのですが、どうしてもという一点張りでして」
「なるほどな、まあ良いだろう、ところでそのことは当然、美穂ちゃんも知っているんだろう」
「いえ、全く伝えていませんでした」
「なぜだ」
「香純さんと久しぶりに再会したその姿を見た時、もう仕事の話をしたくないと思いました」
「俺に遠慮したのか」
「いえ、そうではありません、彼女がとても嬉しそうだったので、これ以上に余計なことを言いたくなかっただけです」
「ふうん、で、相手とその後はどうなんだ」
「そのことを相談しようと今も考えていたところでして、そこでちょうど香純さんのご連絡があったというわけです」
「それだけかい」
「と、申しますと」
「お前、統括と俺の居所をライスパンに流したろう」
「そのことですか、話の成り行き上でぽろっと話してしまいました、さすがにまずいかなと、その直後に思いましたが、つい」
「案の定、今朝、写真を撮って行ったわ、見て見ろ」
優はその写真を手に取って見た後、再び視線を上げると香純の表情をじっと見つめた。その表情がどこか安堵を浮かべていたので、香純はため息をつきながらも話を続けた。
「お前さんが心配するようなことなんぞ何もないぞ、いいか、林松さんからはお前の今後について任されている、どうする、お前、その土地を売るのか」
「そのつもりは全くありません、ただ」
「ただ、何だ」
「もしその売却金が手に入れば、この急場を凌ぐ資金になるのではいなかとは考えています、ただですね、相手方からそれを得るというのがどうも腑に落ちませんので、そこで改めてご相談なのですが」
「確かにな、ただ土地の持ち主はお前さんなんだから、どうするかは自由に決めたら良いだろう、現にこの会社に貸しているが、その賃料は大した事はないと聞いている、後はどうしたいのかだけだろう」
「わかりました、彼女にも聞いてみようと思います」
「そうだな、ただ今回の処遇はそれとは別だ、内容は近日中に発表する、仕方ないな」
「はい、私がうっかり口にしたことでそうなったのですから」
「もう仕事に戻って良いぞ、後は皆に説明しておくから」
「ありがとうございます、お手数おかけして申し訳ありません」




