本音 ⑦
その説明はとても説得力や安心感があった。そう感じながら美穂はしばらくの間、その横顔をじっと見つめていた。その後に数軒回って会社に着いた。午後の会議までは自室で業務を進め、また香純は事務所の社員たちと交流を深めようとフロアに出てきていた。香純は英語が話せるので、彼らと打ち解けるまでにさほどの時間はかからなかった。そうした様子が面白くないのか、あの数名があからさまに舌打ちしながら部屋を出て行った。それを見て香純はすぐさまその後を追った。そして非常階段にいた彼らと初めて言葉を交わした後、不快に思ったと先に伝えた。するとなぜそのような態度で示すのかと尋ねてきた、その一人がこう言った。
「統括補佐さん、何もそうぴりぴりしなくてもいいではありませんか、別にあなたが原因だとは、誰も言っていないのですから」
「確かに、ただ褒められる態度ではなかったですね、もし私がそうしたら、あなた方はきっと不快に思ったでしょう」
「いやいや、俺たちはそんなことは何とも思いませんよ」
「そうですか、それならなぜそのような態度をしたのですか」
「なんだか面白くなくてね、この会社」
「なら、面白くしようとしてみたらどうですか、それとも何か、他にも理由があるのですか」
「面白くすればだって、笑っちまう、あの、いいですか、俺たちは今の統括さんが来るまでは皆、それなりのポジションにいたわけですよ、それがなあにあの人が来た途端、急に降格となった今、それでも悠長なことを言っていられると思いますか」
「なるほど、では詳しく聞かせてくれませんか、私は何せこちらに来たばかりですから」
「いいでしょう」
その場にいた三名が香純を囲むようにして話を進めた。その話によると、つまりは竹清のやり方が合っていたが、今は生活のため仕方なく適当に従事しているという。また他への転職を考えているのかという問いに、国内社員と同様にこれからライスパンへ行くかもしれないと答えた。
「それで今、適当に従事しているとのことですが、まさかあちらへ情報を流すようなことはしていませんよね」
「はっはっは、いくらなんでもそこまでしていませんからご安心ください」
「そうですか、まあ面白くないとしても、他の方の迷惑になるような行動は特にお控えください、次に同じようなことを見かけた場合、それなりの措置をとらせてもらおうと思います」
「ほう、で、どうなさるんですか、まさか減給とか、やめてくださいよ、これ以上減らされたら食べていけませんから」
「いやいや、そんな甘いことはしませんよ、今回は警告一回目ですので、この口頭注意のみとします、しかし二回目は三か月間の停職、また三回目で即日解雇とします」
香純がそうはっきり伝えると、彼らは驚きながらも受け入れてその場を後にした。美穂はこの間こうした指導は一切してこなかった。自ら積極的に解決しようとはせず、その分だけ月日が流れてきていた。香純はそうした事情も踏まえ、補佐としての立場を生かし始めた。するとそのやり取りを聞いていた数名が、すぐさま皆へそのことを伝えた。するとたちまち職場の空気が変わり、どうも香純のことを甘く見ていたようだと勘づきながら動き始めた。それぞれが咄嗟にそう感じつつ、目の色を変え始めた。
そのような警告を直々に出すというのは、竹清以外では皆無だった。香純も出来ればそうしたことはしたくなかったが、林松からの委任や美穂からも了承があったことから行動に移した。こうして午後の会議が始まろうとしていた。
秘書の木庭が司会進行役となり、美穂を中心として左には香純が座った。またその右には奥寺が席に着き、他二名の幹部が並んだ。社員たちと向き合い、総勢三十名程の全員が議場に集まった。木庭が趣旨を伝え、美穂が手短に挨拶すると香純の番となった。
「議題に入る前に、まず一言お伝えしておこうと思います、つい先程、初めて警告を出しました。誤解のないよう申し上げますが、このことは私の判断で良いと、事前に林松社長と美穂統括からの委任を受けた上での判断です、私は極力、皆さんと仲良く仕事していきたいと思っています、しかし風紀を乱すようなことは見過ごすわけにはいきませんので、今回そのようになりました、こうした警告をこれ以上は出したくはありません、どうぞご理解いただきたいと思います、さらに申し上げれば、これは皆さんの警戒感を増やしたいという目的で行うものでもありません、今回のような一般常識を超えていると判断した場合のみ適用していきます、これも合わせてご理解いただきたい」
「私からも合わせてお伝えします、現在の我が社は継続危機の最中にあります、なるべくでしたら全員で解決できるようにしていきたいのですが、実はそうではないという方もいらっしゃるようです、先程、統括補佐からの話がありましたように、これから難題に向き合う以上は中途半端で進むわけにもいきませんので、どうかご理解いただければと思います」
香純の話の後に美穂がそう伝えた。再び、香純が話を続けた。
「本日の議題にありますように、その報告を奥寺さんにお願いしたいのですが、よろしいでしょうか」
奥寺は一言返事した後、咳払いして立ちあがり説明した。
「はい、既に半数がライスパンへの移籍を決めています、また現在も増えている状況だと報告があり、この三か月で三分の一が撤退することになりました、さらに新規案件の伸びも大幅に鈍っています、このまま継続していくのは非常に困難な状況です」
「そうですか、ありがとうございます、皆さんも既にご存知のように、今や本社と同じような状況にあります、私は二週間しかこちらに滞在しません、そのため継続か否かを早急に決める必要があります、簡単に申し上げますと、皆様が諦めて即座に撤退を決めるのでしたら、私の仕事はいとも簡単にそこで終わります、しかしながら店舗が多数ある中、皆さんだけが了承するだけで済む話ではないのはご存じだと思います、また店舗側として考えれば今後、どうしていきたいのかを有耶無耶にしたままというわけにはいかないのは当然です、私たちの都合だけで決めていくというわけにも行きませんので、まさにそうした意見が事務所側と現場との差異として顕著に見られた瞬間だろうと思います。ただ促すのみでは、残念ながら今回の任務は終わりません、早速ではありますが、挙手で構いません、現在のお考えを示していただきたいと思います、木庭さん、その集計をお願い出来ますか」
その結果、ほぼ半数に割れた後に香純がこう続けた。
「継続反対の方へお聞きします、既に退職も視野に入れている場合、挙手願います」
すると五名程が手を挙げ、その中には当然のように先程の彼らがいた。また、他の人はそうした提示を拒んではいたものの、一瞬は肩を動かしても挙手はしなかった。そうした様子を木庭が記録した後、香純はさらに続けた。
「ありがとうございます、ざっくりと今の状況がわかりました、私たちはなるべく継続していきたいとは思っています、しかしそれぞれの事情もあるため、双方にとって可能な限り良い案があればと思っているところではあります、しかしながらはっきり申し上げますと、私たちとは意見の相違があるということが今回よくわかりました、そこで退職を希望される方については、早めに申し出ていただければと思います、またその際に再就職先のご紹介を進めていきたいと考えてます、そうしたことは林松社長も以前、お一人でそうされてきた経緯がございます、またそうではない方とは今後どうすればさらなる離散を止められるかについて、具体例を含めながら話をさらに進めていけたらと思っています」
その説明を聞いた約十名程がその場を立つと一礼し、会場を後にしていった。その行動は同時に己の退職表明に等しい。彼らを見送った後は少しざわつく中、奥寺がこう声を上げた。
「彼らが抜けたので、これからはその分を私たちが引き継ぐことになります、現在も切羽詰まった状態ですが、この負担増を処理するのは通常でしたら不可能に近いかもしれません、しかしながら彼らが扱ってきた範囲というのは、実のところはそれほど広くないと思います、我らでその分をカバーできると思います、ただ厳しい状況には全く変わりませんが」




