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ひたむき  作者: ナトラ
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本音 ⑥

 しばしの沈黙が流れた。二人の周囲では、今も様々な客が食事している。穏やかな音楽が軽やかに響き渡っている中、互いに談笑していたり真剣な顔つきをしている人たちがいる。その間をいとも軽やかな足取りで、店員たちが次々とテーブルに料理を並べていく。ワインボトルを注ぐ手つきを見ては、全く無駄な動きがない。香純はそうした姿を横目で見て感心し、ついに本音で伝えたことへ安堵を感じていた。すると美穂も、やや顔を赤らめながら静かに口を開いた。


「実は私もです、ずっと言えなかったけど言います、今も香純さんが好き、でも優のことやトクさんも好きです」


「そっか、なんだか似てるね」


「本当に、ちなみにいつ頃からですか」


「かなり前だよ、確か美穂ちゃんがまだ高校生だった頃、会社立ち上げの準備をしている時、林松さんに呼ばれた辺りかな」


「本当ですか、私もその頃からです」


 こうして長い時を経て、その後は互いの想いを語り合いながら夕食を共にした。今はそれぞれ大切な人がいる。そのことを踏まえながら事実として互いに確かめた。それはまるで薄く覆っていた心の霧が、あたかも晴れていくかのようだった。またそれに伴い、酒の杯も自然に重なっていった。こうして楽しい時間はあっと言う間に過ぎ、時刻は午後十時を回ろうとしていた。


「そろそろ寝ないとね、林松さんへの報告もこれからだし」


「そうですね、明日の朝食、一緒にどうですか」


「そうしよう、じゃあ明日、おやすみ」


「おやすみなさい」


 香純はそう言うとすぐ席を立ち、店員の元へと向かった。そして支払いを済ませると、一度だけ振り向き手を挙げた。美穂が応えるとそれを見るやいなやすぐ出て行った。美穂は一瞬、その後を追いかけようかと思ったが、大きく深呼吸して心を落ち着かせた。それから先程の店員の元へ行き、香純が支払った金銭は明日の朝、本人へ返却するようと依頼した。そして改めて代金を支払ってから店を後にした。対応した店員は、最初こそとても不思議そうにしていたので名刺を手渡すと、直ちに了承して穏やかな笑みを浮かべながら見送っていた。


 再び部屋へ戻ると、美穂はまるで学生時代に戻ったかのようにベッドの上を何度も転がり回った。嬉しくて嬉しくて仕方がない。そうして一人ではしゃいでいた。冷蔵庫から冷えた缶ビールを取り出して蓋を開けると、それを一息に飲み干した。ちょうどその頃、香純も同じようだった。トクと林松に連絡した後は、自然に笑みがこぼれた。そしていつになくすっきりと風呂に入り、やがて床に着くと夜が明けた。


 朝、どこで待ち合わせしようかとも言わなかったものの、二人はロビーを訪れていた。


「おはよう」


「おはようございます」


 それぞれスーツを着こなした姿で挨拶し、それから朝食会場へ歩いて向かった。ビュッフェ形式のため、好きなものを選び取ってから席へ着いた。改めて込み入った話は全くせず、ただ穏やかでゆったりとした時間に包まれているのを互いに感じながら、ひたすら食事を済ませた。食後はコーヒーを啜りながら、事前の打ち合わせに入った。本日の予定はびっしりだが、会議内容はまず先にと頭の中へ叩き込んだ。その後に一旦は部屋へ戻り、身支度を済ませてからフロントへ立ち寄った。



 すると返金があると聞き、香純は驚きながら後ろを振り返った。美穂が微笑みながら首を少し横に振っていた。香純はその分を掴むと差し出したが、美穂はその手を両手で軽く押し返した。するとちょうど美穂に電話が入り、片手で出ると迎えが到着したという。そう伝えると、香純は礼を言ってそれを内ポケットへとしまい込んだ。


 それぞれチェックアウトを済ませ、エントランスに向かって荷物を引きながら歩いていると、あるスーツ姿の男二人がいるのが見えた、こちらの方をちらりと見ては、その後に何かの合図を送っている。その直後に二人へカメラを向け、何度かシャッターを押した。そして挨拶もせず、そそくさと立ち去っていった。それに美穂は全く構わない様子で荷物を運転手に預けた後、香純を先に座るようにと促した。香純が乗り込むと自分も席へ着き、それから運転手へ行き先を指示した。車が走り出すと香純は、すぐに口を開いた。


「さっきの人たち、ライスパン関連だね」


「そうでしょうね、きっとその画像を使おうとしているんでしょ」


「しかしやけに落ち着いているね、それでいいのかい」


「私は全く構いません、ただ単に同じホテルに宿泊して、朝一緒に出てきただけのことですもの、香純さんはどうですか」


「それはそうだけど、何だか面白くないね」


「この先、あちらから先に話があるらしいので、その時までにわかるでしょうから」


「まあね、しかしいくら何でも早過ぎるね、昨日も話したように、内通の可能性がぐっと格段に上がったな、それはそうと一件目か、この店はかなり手ごわそうなんだよな」


「早速で申し訳ありません、期待してます」


「任せて、何とかやってみる」


 やがて店前に到着した。既に開店準備をしている中、車を見た数名の店員が早速出迎えに来た。二人が車から降りると、すぐに英語での会話が始まった。香純も日常会話程度であれば問題ないので、互いに挨拶を交わして店の中に入って席に着いた。数分程で店舗責任者の大柄な中年男性が現れた。互いに握手した後、二人の前に座った。


「こちらはマイルドさん、日本語で大丈夫です」


美穂からそう紹介があり、男は日本語で自己紹介を始めた。


「マイルドです、どうぞよろしくお願いします」


香純も挨拶し、統括補佐に就任したことも加えた。その後、話はすぐに本題へと移った。


「私は現在、この近くにある三店舗を管理しています、もし美穂さんが辞めるなら、私も店を閉めようと思っているんです、今ではそれくらい助かっているんですよ、そのことはあなたも知っているでしょう」


「ええ、大体は知っています、しかしどうでしょうか、その件を私に任せてもらえませんでしょうか」


「え、それはどういう意味ですか」


「つまり、統括がお辞めになるならないに関係なく、店を継続するために必要なことは何でもやっていきますので、そうお決めにならず、今一度じっくりお話したいということです」


「そうは言ってもね、実際、前にいた人よりも良いんだもの、今のところ美穂さん以外に考えられません」


「そうですか、では、こういうのはどうでしょうか、もし仮にこちらの統括が辞任されたとしても、今までのやり方は変えず、今まで以上にするとお約束した上でならどうでしょうか」


「それなら少し考えますが、書面には残しておいてもらいたい」


「もちろんです、それでしたらどうでしょうか」


「約束しても守ってくれるかどうか、今や何とも言えませんね、実は既に他から誘いが来てまして、そちらの条件もなかなか良いんですよ、今のところ応じるつもりはありませんが、うちの数名は移籍しても良いのではという声もあります、ただ私個人としては、このまま継続していきたいとは思っていますがね」


「そうですか、全てを今すぐ改善できるかと言われたら、さすがに無理だとお答えします、しかしその努力はこれからも続けていきます、その上でどう判断されるかについてはご自由ですが、ぜひ私にお任せいただけたらと思います」


「何か考えがあるのですね」


「はい、そのためにはまず協力していただきたく存じます」


「わかりました、少しだけ時間をください」


「もちろんです、ただ出来るだけお早めに、ご返事いただきたく思います」


「今週中、いや三日以内で決めます」


「そうですか、ご連絡お待ちしてます」


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