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ひたむき  作者: ナトラ
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本音 ②

 森上はその話を聞いて胸が熱くなり、すぐさま林松へ連絡したところこう言った。


「わかった、しかしうちに来たことがある人たちというのはよ、皆、見る目があるんだよな、あ、これはお互いにだな、わはは」


「ちょっと林松さん、冗談抜きよ、彼らとのやりとりはどうするの、今後もこのまま私が続けた方がいいのかしら」


「うん、そうだな、俺や里香ちゃん、それから梅よりもその方が良いだろう、悪いけど頼むよ」


「はいはい、わかりました」


 現在、ANO社にはOKAMIを辞めた人達が二十名程が勤めている。そのことは当然、内部に知れ渡っているので、彼らは生活のためだと割り切って勤務していた。そうした中、このように森上の情報や部署間の意見交換を通し、次第に現HAYASHIMATUに対する計画を知った。そして覚悟を決めた人もちらほら出始めたが、巨大企業内部ではあからさまに進めるわけにもいかない事情があった。そうした中でも連絡してきたのは、とても大きかった。


 その一方で林松と森上はこの時、既にそうした形勢を逆転するつもりは全くなかった。それぞれが望む道をひたむきに進むのみ。そう思いながら電話口で互いにそれを言うまでもなく、今や自然に伝わる仲となっていた。そして今後は自分にとっても何が一番良いのかを決めに行くためだけと、まさにそこの部分へ焦点を絞り始めていた。




 翌週、深夜まで勤務していた美穂の元に一通の封筒が届いた。いつものように出勤した朝、事務がこう声を掛けた。


「封筒が届きましたので、そのままデスクの上に置きました」


「そうですか、ありがとうございます」


美穂はすぐさま自分の部屋へ向かうと、そこには白い封筒が置いてあるのが見えた。それをさっと手に取り宛名を見た。


「ええ、香純さんからだ」


思わずそう驚いて不思議に思いつつ、中から二枚取り出して読み始めた。




「美穂ちゃん、お疲れ様、そして統括就任おめでとう、もはや簡単にそう呼べないね、突然で申し訳ない、どうしても伝えておきたいことがあってね、もう寝る時間はとうに過ぎたけど、今こうして書いてます、今日はね、お父さんとお会いしてそちらの状況を詳しく聞きました、大変だね、ただ若いからきっと大丈夫だと思うけど、健康は注意した方が良いね、お父さんから、会社を出来るだけ今の状態のまま維持したいと聞いたんだ、凄いね、俺ならきっとそうは言えないと思う、だからこそ自分の経験が役立つかもしれない思って、今こうして手紙を書いているんだ、美穂ちゃんは今や統括だけど、実際に俺はそうした経験がない、でもね、役職有無を抜きにして、美穂ちゃんの本音はどうなんだろう、確かに統括というのは大きな責任もあり、中途半端では勤まらないだろう。しかしその本音はどうなのかな、美穂ちゃんが先日、お父さんに伝えたことは統括としての意見なのかな、それとも個人の意見なのかな」


 続けて二枚目に、こう書いてあった。


「俺は今や部長でも何でもないけど一つ伝えておきたいのは、まさにそのことなんだ、確かに職業はとても大事で、自分の本音を抑え続けるのはとてもつまらないこと、そして実際にそうし続けていると、いつかは何らかの無理が出るものということも知っている、そこで俺は、今やこうして好きなことをしながら生活しているけど、それというのはかつての部長時代を経験したからこそなんだ、もしそれがなければ、今こうしていないだろう、だから美穂ちゃん、統括になったことは応援している、でも、覚えておいてほしい、それは本音で生きてこそということ、きっとそうした時、ひたむきに走れると思っているんだ、長々とごめんね、俺のメールアドレスを同封したから、もしよかったら連絡してみて、あとは優にもよろしく、じゃあね」


 最後の方になるにつれ、目元が潤んで仕方なかった。こうしたことはここの人たちは口にしないし、香純も近くにいない。しかし美穂はそのことを知っているように問いかけるその文面を見て、嬉しさが込み上げた。そして唇を噛み締めながらつい先程、化粧したばかりの目元からひとひたと涙が溢れ出てくるのをじっと堪えていた。またその時にそうして手紙を送ったことを、トクは知っているのだろうかと一瞬だけそう思いつつパソコンへ向かった。そして返信を記載しようとしたが帰社後にと思いつつ、バッグの内側へそれを大事にしまい込んむと外に出た。美穂は改めて、優とは全く異なる感情が香純にあると感じていた。


「本音で生きてこそ、か」


 一人でそう呟くと、南から急に風が舞い頭上を吹き抜けた。頬が少しひんやりとした瞬間、何かが吹っ切れたかのように。目元から涙が溢れ出てきて仕方ない。そのため、人目を避けるように慌ててビルの隙間へ駆けこんだ。当然のように道行く人たちは、その姿を見て一瞬は不思議そうに思っていた。しかしその足を止めることなく、そのまま脇を通り過ぎた。


 その場で美穂は一人、こう思った。今や多くの仲間がいる。このまま自分の本音を貫き通すなら、彼らの生活を支えることは出来ないかもしれない。しかしそうした懸念が確実に払拭出来さえすれば、香純が言ったように、自らの本音を素直に受け入れることも出来るかもしれない。では、そのためにはどうすれば良いのだろうか。


 美穂は次第にその場にしゃがみ込んでしばらく考えた。その頃は既に朝礼の時刻を過ぎていたので、数名の社員が心配して階下へ降りてきた。そして美穂の姿を見つけると同時に声を掛けてきた。美穂は咄嗟に化粧を直そうと、持っていたポーチを見せた。そして彼らに心配いらないと伝えたが、初めて見るその姿に驚きつつも事務所で待っていると伝え、すぐに戻って行った。美穂はその後は近くのトイレで化粧を直し、鏡に映った自分の顔を見て、にこりと笑った。そして勢いよく扉を押し、外へ出て行った。


 その夕方に外出から戻るとすぐ、香純への返信のためにパソコンの前へ座った。これまでのことを思い出しながら書き進め、ようやく出来上がった頃はとうに日も暮れていた。しばらく画面を見つめた後、返信カーソルに合わせた。そして押そうとした瞬間に内線が鳴った。不思議に思いつつ出てみると、その相手は林松だった。


「よう、なんだか昼間に連絡くれたみたいだな、どうした」


「香純さん、私に手紙を送ってきてくれたの」


「ほ、ほう、で、何だって」


「本音で生きてこそ、だって」


「なるほどな、あいつらしいわ、で、どうするか決めたかい」


「独立は、止める」


「じゃ、後は俺に全部任せるということでいいんだな、お前、それで後悔しないか」


「しないわ、これを読んで、すぐにそう思ったもの」


「よく頑張ったな、後は俺に任せろ、明日、連絡するわ」

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