本音 ①
翌日は早速、手続きを済ませようと郵便局へ向かった。美穂から前に受け取った名刺を見ながら宛先を記入した後、自らのメールアドレスも添えて封をした。係からは到着までに一週間かかると聞き、了承して依頼した。そして林松へすぐ伝えようと連絡すると、多忙のため折り返すと言う。そのため車の中で一服していると、十分程で着信音が鳴ったので耳元に当てた。
「悪いな、今ちょうど手が離せなかったんだ、で、何の手紙を送ったんだい、まさかラブレターじゃねえだろうな」
「違いますよ、これまでの経験を踏まえて書いたものです」
「お前の経験談か、で、どんな内容なんだい」
「先日、皆さんの前でお話したことがほとんどで、あとは応援メッセージです」
「なるほど、きっと喜ぶんじゃねえか、俺からは何も言わねえでおくわ」
「ありがとうございます、話はそれだけです、お忙しいのに申し訳ありませんでした」
「いやいや、問題ねえよ、あ、それとなあ、ライスパンの情報が新たに入ってきたぞ、それで里香ちゃんが今、現地に向かっているところなんだ、ま、詳しいことは次の会議でわかるだろう、美穂のこともな、それじゃ、頼んだぞ」
そう言って話を終えた後、香純は畑作業の続きに入るため自宅に向かって車を走らせた。アルバイトの田畑が来て、ちょうどひと月経つ。経験があり覚えも早く順調に進んでいるので、もう一日来てもらおうかと検討し始めていた。またトクも家族以外の人と話す機会が増えたことで、近頃の表情はかなり随分と良くなった。するとそれが真純やリンにも伝わり、家庭内は以前のような賑やかさを取り戻した。自宅に戻ると、リンが迎えに来た。
「おとうちゃん、おかえりなさい」
「ただいま、あれ、真純はどこ行った」
「うしろの森」
「一人でか」
「うん」
そのまま裏庭へ回ると、木々の間で真純が何かをしているのが見えた。香純がすぐに声を掛けると、
「見て、ほら、カブトムシ」
にこりと笑ってそう言うと、肩にぶら下げたかごの中へ大切に入れた。それからは香純も傍へ行き、しばらく三人で探し始めた。車で帰ってきても姿を現さないため、トクはしびれを切らしたのかこちらへやってきた。
「こらあ、何、サボってんのよお」
両手を腰に当て、そう三人の後ろから声をかけた。するとすぐに駆け寄り
「リンは見てただけだよ」
と言って足元に抱き着いてきた。土がつくと言うと後ろに回り込み、リンは隙間から香純たちの方をじっと見ていた。
「もう」
「ごめんよ、真純、戻るぞ」
「はは、お母ちゃん、ごめんね」
それから皆で母屋へ行き昼食を済ませ、その後は食休みした。子どもたちは昼寝し、香純も縁側で胡坐をかいて景色を眺めていた。風鈴の音や扇風機が回る中、最近は蝉の声もちらほら聞こえる。今年も暑くなりそうだと思いながら午後の予定を見ていると、ちょうどそこへトクが来た。そして隣に座ると、すかさずこう言った。
「ねえ昨日は、何を一生懸命に書いてたの」
「ん、美穂ちゃんへの応援メッセージだよ」
「ふうん、それでさっき送ってきたのね」
「そうだよ」
「へえ、そうなんだ」
「今、海外部門もピンチでさ、俺の経験が役に立つなら、美穂ちゃんにも早めに知っておいてもらった方がいいと思ったんだ」
「それで、どんなこと書いたの」
「興味あるかい」
「ちょっとは」
「自分の本音を大事に、という話」
「え、それってどんなこと」
「うん、これからきっと美穂ちゃんの部下たちが、あれこれ言ってくると思うんだ、そうした時に役立てばと思って書いたんだ」
「ふうん、優しいんだね」
「あれ、妬いたかい」
「別にい」
その頃、森上は今日も作業を見守っていた。整備はかなり進み、いつでも建築を始められる段階となってきた。当日も責任者と話し合い、大型資材の搬入やその他の準備も決まった。そこで林松からANO社の話を耳にしたのであった。
「まさか、あそこが関わっているとはねえ」
森上は空を見上げそう呟くと、すぐに手帳と電話を取り出して番号を打ち込んだ。
「あ、もしもし、森上です、突然、申し訳ありませんね、ライスパングループはご存じでしょうか」
「あ、御存知ですね、確かANO社が支援しているとか」
「やはりそうですか、実はですね、私は既に引退したのでたいして詳しくありませんが、今のOKAMIはHAYASHIMATUとなりまして、どうやらそこへの引き抜きが始まったとのことでして」
「そうですか、では何かありましたら、ご連絡頂ければと思います、よろしくお願い致します」
林松や森上の後輩たちは今もANO社に勤めている。そこで香純と竹清が来た日にその脇で林松と話し合った結果、かつての後輩たちへ連絡を入れてみてはどうかと提案があった。もちろん彼らが新たな情報を伝えてくれるとは思っていない。しかし森上は出来ることであればと、その案を引き受けることにした。それからは手が空いた時には連絡をし続け、約一か月後には偶然にも新たな話が舞い込んできた。
「森上さん、実は私、数か月だけOKAMIにいたんですよ、退職しましたけどね、結局のところは出戻りなので、その後に随分と苦労しました、当時、退職金として百万円を頂きましたが、その分の仕事は未だしておりません、今でも辞めた人たちとそのことを話します、私たちは確かにOKAMIを辞めましたが今でもこうして働けるのは、林松さんと森上さんのおかげだと思っています」
その後も後輩がこう続けた。
「私はこのようなやり方を見過ごすわけにはいきません、実は既に数名と連絡を取り合っていて、今後もさらに増えると思います、皆、かつての御恩を忘れておりませんので」




