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ひたむき  作者: ナトラ
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情熱 ⑧

 香純が出社した帰りは、増永に駅まで送ってもらい新幹線に乗るのがこの頃だった。しかし今日はその移動時間も活用したいと林松も車に乗り込み、三人で香純の自宅へ向かっていた。時刻はちょうど混雑時を迎えているため、運転席の増永から普段よりも時間がかかるだろうとの話があった。香純は了承するとすぐ電話を手にし、自宅で待つトクへ連絡した。その話を終えた後、二人へこう伝えた。


「ぜひ夕食を食べて行ってくださいとのことです、増永さんもね」


「え、私もですか、それは楽しみです」


「食事も良いが一杯やろうや、増は運転があるからまた今度な」


「あ、大丈夫です、私はお酒を飲みませんので」


「増は飲まねえのか、そういや若い人たちはさほど飲まないみたいだな、俺たちなんか毎週のように一号店に通ったもんだよなあ、香純」


「ええ、懐かしいですね」


「ほんでよ、あれから随分経った今頃になって、かつて在籍していた会社とこれから対峙するなんてなあ、しかもライスパンの専務には、あの角末ときたもんだ」


「本当に驚きました、そこで少しだけ竹清さんとお話したのですが」


「うん、何だって」


「はっきり申し上げまして、社長はこれからどうなさるのか、つまり相手と敵対、または友好的に話を進めるのか、それとも他にお考えがあるのだろうかと、そして現に今もこうして行われている会議について、実はこれも表向きなのではないかと、少し心配されているように思いました」


「なるほどな、角末や貝崎たちのこともあったから、余計にそう思うのかもしれん、つまり銀ちゃんは、俺がこれからどう対応するかに興味があるんだな」


「はい、そうだと思います」


「まあ、いつかこんな日も来るかもしれないとは前から思っていたことだが、それにしても相手は俺たちとはまるで比較にならねえほどの規模だ、それが合併したり総重建設をこっちへ移そうとした辺りで、急にこうばたばたと来たわけで、俺はどうもこの時を狙っていたとしか思えないんだよ」


「確かに、タイミングが良過ぎます」


「だろ、しかしよ、今すぐどうこう出来るわけでもないし、それにANO社がどう考えているかなんてことは、もはや大した意味はないんだ、ただ相手からすれば、俺が社員たちを引き抜いて行ったとかで、きっとこれから一悶着あるだろう、ただ事実としては、応援してくれた人たちが多数いた結果、皆が転職してまで駆けつけてくれたというわけだ、そして俺はそのことを忘れずここまでやってきたという、たったそれだけの話なんだよ、実際」


「それは確かに、では、先に申し上げたような関係にはならないと」


「そうだ、むしろ俺たちは組合を立ち上げようとしている、このことは前にも言ったが、それはそれでこっちにとっても良い機会なんだ、本当によ」


「そうですか、竹清さんは私より経験豊富な方ですから、きっとそうした事情も既にお考えかもしれません、ただ私としてはANO社を辞めて、本当に良かったと思っています」


「全く面白えもんだよ、俺も辞めて正解だったわ、今や皆と一緒に新たな目標に向かおうとしているわけだし、そう思うと何だか笑えて来るんだよ」


 そう言うと林松はいつものように一人で笑っていた。車はその頃、ようやく高速道路に入った。本線を加速していくと、次第に綺麗な夕陽が車内へ差し込んできた。その後はひたすら走り続け、やがて最寄りインターに到着した。それから一般道に入ってしばらくすると、林松は車窓から周辺を眺めてこう言った。


「そう言えば、この辺りは前に里香ちゃんが交渉した店があるな」


「そうですね、私が以前、相談を促した店です、今ではとても賑わってます」


「そうだってな、実は当時も驚いたんだよ、ここら辺は都会と比べて人もさほど多くない、それでもそうなるなんてよ、わからねえもんだよな」


「今でも時々食事に行くと、御主人や奥様が感謝してくれます」


「そりゃ良かったよ、俺たちが目指すのはそこだからな、ところであれはいつ頃だったか」


「確か六号店が出来る前だったと思いますが」


「そうだ、その頃だ、それが今や五十を超えた、ま、OIDEYASU分も含めてだが、そして海外か、向こうは美穂次第だな」


「と、言いますと」


「実はこないだ、美穂がこう言ったんだよ」


 ここで林松は手短に、先日の電話内容を香純へ伝えた。


「で、その連絡が来たんだよ」


「どうでしたか」


「一度やり始めたからには後に引けない、つまり本社抜きでやっていくとさ」


「へえ、本当ですか」


「本当だ、これは銀ちゃんや他の幹部には既に伝えたが、どうもなあ、お前はどう思う」


 香純は驚きを隠せなかった。あの美穂がそこまで覚悟したということは、既に何らかの対応策を考えての事だろう、先日の梅川に思ったように、美穂もまた既に自分が知っている人物像ではないかもしれないと思った、そして少し黙った後、静かに口を開いた。


「私は応援したいですね、そこまで言うからには、既に何らかの準備をしているのでしょうし」


「それはどうだろうな、まだ具体的な話は何も聞いてねえし、ただそう答えただけだ、そこで再度、何もしてやれねえぞと伝えたんだが、それでもやると言って聞かねえんだよ、それなんで俺も、このまま何も考えないわけには行かねえかと思ってよ」


「確かにそこまで言い切るのでしたら、既に援助などは期待していないでしょう、海外の社員や店舗を守ろうと、今も懸命にひた走る姿が目に浮かんできますね」


「そこでだ、国内がこれからその方向で動けば何店舗も離れ、最終的には二店舗しか残らない可能性もある、海外は五十店を超えて今や六十に近い、このまま何もねえわけないだろう、ライスパンもそうだが、ANO社も絡んでいるならなおさらだ」


「そうした事情は美穂ちゃんも、既に知っているのですよね」


「詳しくは伝えてないが、今も情報をかき集めているとよ」


「そうですか、その上で林松さん抜きでもやっていくという覚悟ですね」


「そうなんだ、しかしどうするかなあ、森上は好きにやらせてみればいいだろうとは言っているんだ、優は相変わらず野菜に夢中らしく、最近はようやく少しだけ収穫できたと喜んでいるようだ、まあ親とすればそうした姿を応援したいんだろうが、俺の場合はちと事情が違うんでなあ」


「ところで林松さんは現時点で、海外部門についてはどのようにお考えなのですか」


「そうだな、まず相手から何らかの接触があるのはほぼ確実だ、あとはこっちが抵抗すればするだけ、次々と新たな問題が起きるだろう、それは具体的には言わんが、全く面白い話じゃねえのはわかるだろ」


「はい、何となくわかります」


「相手の規模はそれだけ巨大なんだ、これは俺たちが考えるスケールじゃない、ついでに言うなら、俺たちは元々そういう会社にいたわけだ、今となれば良くわかる、いつだかお前が言っていた業務内容や同僚への不満なんかどうだ、今やちっぽけだと思わんか」


「さすがに随分前のことですし、今では何とも思ってません、むしろ感謝しているくらいです」


「そうだろう、俺はその部分だと思うんだよ、今、美穂は統括になったばかりで余計な力が入っている、もちろん皆の生活を背負っているからな、しかし親とすればよ、こっちに戻ってきて俺たちと一緒に生活していけば、それで良いじゃねえかと思うんだ、ただ俺がそう伝えたところで、もはや美穂は言い出したら聞かねえことくらい知っているし、そういうところなんかは綾子に似たんだな」


 あと数分で自宅に到着するという間際で、そうした林松の本音を聞いた。車が敷地に入ると、既に待っていたトクや子どもたちが香純たちを出迎えた。子どもたちは風呂へ入ったようで寝間着姿だった。今日は見守りの中、真純が初めてリンに体の洗い方を教えて一緒に入ったと、トクから台所の立ち話でそう聞いた。それから居間へ戻ると席に着いた香純は、車内の話を思い出して林松へこう尋ねた。


「やはり、そうは言っても早急に協力が必要だと私は思います、竹清さんに再びお願いするというわけにはいかないのでしょうか」

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