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ひたむき  作者: ナトラ
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それから ④

「社長に怒られるかな」増永が自身の額に右手を当て、呟いている姿を見た香純は「何も心配しなくて大丈夫だよ」と答えたが「でもなぜ運転を」と自身の姿勢を正しながらすぐ返答があり、香純はここで義父とのやりとりを簡単に伝えた。するとそれを聞いた増永は「やはり噂通りの凄い方だ」と言って自身の膝を打ち、何度も頷いていた。それを見た香純は何だか可笑しく、笑いながらこう言った。「でも全然凄くないんだよ、ほんのさっきまで乗っけてもらうつもりだったんだからさ」


 それから高速道路を降りて一般道に入ると、OKAMIのことや出版社の話などをしている内に少しづつ見慣れた街並みが視界に入ってきた。「この辺はしばらく来なかったけど、しかし随分変わったなあ」などと信号を待っている時、香純が辺りを伺いながら懐かしくそう思っていると、ここで増永が助手席の窓から急に指を差して「あ、そこのテナントに入っているお店なんですけど、今度うちに加盟するらしいですよ」と口を滑らせ、その後も二人の話は続く。「え、でもあそこは大手しか入っていなかったよ、まさか」「そのまさかですよ、詳しいことは知りませんが確かに副社長がそう仰り、しかも実際にお送りしたのはその隣にある立体駐車場でしたので」「へえ、それは凄いな、しかし湖層さんは今やOIDEYASUの副社長だもんな」「ちなみにこれは単なる噂ですが、近くご結婚されるとか」「え、誰と」「常務の梅川さんのようです」「なるほど、やっぱり付き合っていたんだ」「でも輝来さん、これは単なる噂話ですからね」「うん、しかし増永さんはかなりの情報通だね、まだ入社して日も浅いのに」「これでも一応、元出版社出身でして」「うんうん、凄いよ」「私は信用できる人にしかこうしたお話は言いませんよ、でも輝来さん、これは本当に単なる噂話ですからね」と言って増永が念を押した。ここで最近交わした林松との会話を思い出していた香純は、自身と重なるように思って笑っていると、ここでトクが後ろでむくりと起きて「私も聞いちゃったわよ」と言いながら小さな欠伸をした。すると増永は「全く問題ないですよ、だって輝来さんの奥様ですもの」トクは何も言わずに微笑んでいた。そこへ「香純で良いよ、増永さん」と、香純が運転席から増永へそう呼び掛けたところ「ありがとうございます」と言い、人懐っこい笑みを浮かべながら礼を述べた。


「しかし本当に随分と早く着いたもんだな」結局のところ目的地まで一時間半程で到着し、時刻はまだ十四時を少し過ぎた辺りだった。「トク、予約は何時だっけ」「15時よ」「よし、じゃまだ少し時間あるな、少し寄り道しよう」香純はそう言うと、誰にも行先を言わずに向かった先は一号店だった。大きな通りから路地に入ると、かつて香純と林松が勤めたあの会社が左側に見えてくる。それを見てトクは「懐かしいわね」と呟き、増永は「え、あの会社にいらしたんですか」と尋ねるので、香純はそれに「まあね、三年ちょっといたんだ」と答えた。木々の合間から時々葉が舞うが、しかしそれでも周囲にゴミ一つ落ちていないのは当時と変わらない風景だと思いつつ走り抜けた。やがて交差点の角に一号店の旗が見えた時、トクが「止めて」と言うので香純はすぐに車を路肩に寄せた。それからトクは車を降り、まだ暖簾が出ていない店の入り口まで行き、入り口をがらがらと横にスライドして「おはようございます」と大きな声で挨拶しながら中へと入って行った。すると厨房にいた割烹着姿の女性がその声を聞き、すぐに振り返り「あらまあトクちゃんおはようさん、随分久しぶりね、元気だった」と答えた。こうして一号店のおかみと、約五年ぶりに再会した。


 その後は香純も遅れて店内へ来て、それからOKAMI副社長でもあるミサへ挨拶をした後、一緒に連れてきた子ども達を紹介した。「ねえ、だあれ」「お世話になっている大切な方よ」「ふうん、ありがとう」それに対してミサは「良い子ね」と言って微笑み、子ども達に菓子を手渡しながら「今日来るって林松さんから聞いてたのよ、それで会社に来ないかって誘ってくれたんだけど、でもお店が休みになっちゃうから仕方なく断ったのよ、でも良かったあ、来てくれてありがと」そう言って二人に礼を述べた。それからすぐに「ちょっと待ってて」と言い、それと同時にミサは厨房の奥へと小走りで向かった。香純は停車中の車が気になり「すみませんが今日は車で来ているので、すぐに行ってみます」と声を上げ、トクもそれに続いて「必ずまた来ますから、ぜひうちにも遊びにいらしてください」と言って四人は足早に店を後にした。


 すると増永が待つ車に再び乗り込んでいる途中、ミサは何かを持ってこちらへ走ってきた。助手席側に来て増永が慌てて会釈をしながら窓を開けると、息を切らしたミサが「これ、皆で食べて」と言ってビニール袋を一つ手渡した。増永はそれを丁寧に受け取り礼を言うと「ランチの余りものだけどね」と言って微笑み、片手を上げながらその手を振っていた。香純もそれに答えるためにクラクションを一回だけ鳴らした後、流れに乗って加速した。

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