情熱 ⑦
「山で採れた山菜やキノコなどは格安で提供できるだろう、また人件費は趣味の一環でやるから当然かからん、ハイキングコースを造るのはその意味もあるんだ、いずれは一般の人も招く、そして畑と田んぼもそうだ、ここで収穫出来た分、その全てを格安で提供したい、また他の食材については、これまで通りに協力してくれるとは思ってない、しかし全くいないわけでもない、昔からの付き合いがあるから俺が何とかする、さらに山の生活を体験できるキャンプスペースの設営も考えている、まだまだあるが、これら全ては収益を得ることが目的じゃないんだ、必要な分だけ得て、余った分は即還元する、例えば釣りなら、売店へ買い物に来た人なら誰でも一時間無料で遊べるようにし、また当日の販売で利益があれば、すぐ翌日にでも還元出来るような仕組みを作りたいんだ、もちろん既存店舗へ食事に来てくれた人たちについてもだ、一日営業して利益があれば、翌日のランチを格安で提供する、何なら百円でも良いと思っている、その後にまた利益が出れば還元する、とまあ、俺はそんな風にしたいんだ」
すると竹清が鋭くこう質問した。
「社長、しかしそうは言ってもですね、目標額に何日も到達できないことは、当然のようにあると思いますがね」
「確かにな、しかしトータルで考えればその方が良いと思うんだよ、ええと、これについては香純の意見も聞いてみたい」
林松は竹清へそう応え、それから香純の方をちらりと見てそう尋ねた。香純はそれに頷いて一歩前に出ると、それに答える前に梅川へこう尋ねた。
「ところで前に一号店で始めた五百円ランチ、その後はどうですか」
「とても好評です、他店舗も導入し、現在ではほとんどの店舗で実施しています」
「収益の変化はどうですか」
「夜部門の増収が続いてます」
「ありがとうございます、つまりミサ社長のお考えがまさに正解でした、要するに昼営業分は利益追求はせず、夜間の集客につなげようとしたことが成功の要因だったのです、こうしていかに還元出来るかについて、これからは会社形態ではない関係となりますし、またそうした意味でも、これからはさらに自由度が増えていくでしょうから非常に興味深く思います」
「なるほどな、ただあの時のお前はかなり驚いてたよな、そんなんで利益が出るのかいとな」
「よく覚えてらっしゃいます、そうしたことを思い出した上での話です」
「わはは、わかったよ、つまりそういうことだ、これからは可能な限り還元していくんだ、もちろん赤字の日もあるだろう、しかし俺達には既に十分な実績がある、継続可能な金額設定は各店舗に任せようと思う、そうなると必然的に、利益追求しないと決めたところだけが残るだろう。するともしかしたら全店近く移籍を決めるかもしれん、しかしまあそれならその時だ、俺たち元々は一号店の、たった一店舗から始めてきたんだもんな、最低でもそこは残るわ」
「社長、六号店もですよ」
突然、会議室のドアを開き、郷大がそう言って扉の隙間から顔を覗かせた。皆は驚きの声を上げる中、郷大がゆっくりと林松が座る席の方へ歩いてきた。その間に阪上が席を用意すると、郷大は礼を言って林松の隣に座った。
「おお、随分と早いじゃねえか」
「品物が少ないんですよ、ま、仕方ないですが、社長、六号店も残りますよ、和香がそう言ってますから」
「ようし、じゃあ前言撤回だ、二店舗は確実に残る」
その後は郷大も話に加わり話を続けた。
またその頃、大手資本のやり方を全く快く思っていない植永は、一応は林松に賛同したものの今も納得していなかった。そのため友人を介して何度も連絡を取り合い続け、やがて最近ライスパンの専務になった知人がいるという情報を得た。そのことは林松に報告せず、すぐさま単独での面会を申し入れていた。
「私、総重建設社長の植永と申します、こちらの専務の方とのお約束で伺いました」
その後は受付の案内で応接室に行き、十分程でドアが開いた。
「ようこそお越しくださいました、ライスパン専務の角末と申します」
「植永です、お忙しいところありがとうございます」
角末はHAYASHIMATUを退職した後、すぐにライスパンに入った。その功績を認められ、即専務として迎えられた。その表情は明るく大らかなで、植永の頬も少しだけ緩んだ。その後は互いに席へ着くと早速、植永がこう切り出した。
「実は今日、こちらへ来ることを林松社長には何ら伝えてません、私の独断で来ました、そこで早速ですが、角末さんは確か最近までHAYASHIMATUにいらっしゃったのですよね」
「ええ、そうです、退職してすぐこちらの社長である黒野辺と会いました、そして面接後に専務として迎えていただいたというわけです」
「そうでしたか、私はあまり事情は詳しくありません、しかしですね、HAYASHIMATUに対してあからさまといいますか、従業員や店舗に直接交渉されていると耳にしましてね、ですから納得行かないのですよ、なぜ急にそうなったのか、林松社長とこれまで何度か話はしてきましたが、正直良くわかりませんでした、なので直接、お話を聞いてみたいと思って今日来たわけです」
「なるほど、私は既にHAYASHIMATUを退職し、今はここの役員となりました、今日はわざわざ社長さんにいらしていただいたので、一つだけお答えしましょう、私たちよりも大きな会社からの要請があるということです」
「ん、それはどういう意味ですか」
「つまり、私たちよりもさらに規模が大きな会社から依頼を受け、それでHAYASHIMATに対して協力を求めている最中にあるということです」
「それは要するに、そうした委託を貴社が引き受けたということですね」
「その通りです、私がお伝えできるのはこのことだけです」
「そうですか、最後にお尋ねしますが理由は何でしょう、例えばですね、会社に魅力があるとか、その他に規模をさらに大きくしたいとか」
「申し訳ありませんが、先程申し上げた通りです、何卒、ご理解賜りたい」
「わかりました、ではこれにて失礼しますが、私もいい歳なのでね、お世話になった方には感謝したいのですよ、角末さんがなぜお辞めになったのか、詳しいことは知りません、しかしですね、私はそうした性分でして、どうにも自分が納得しないことには先へ進まないのですよ、どうですかね、何かヒントでも結構です」
「そこまで仰るのでしたら、もう一つだけお伝えします、規模が大きな会社の依頼とお伝えしましたが、それはANO社のことです、現在もそちらの要請で進めています、なぜそうするのかについては、協力関係を結びたいということに尽きると思います、しかし私とすれば今や大変居心地良く仕事出来ますので、転職して本当に良かったと思っていますよ、それでは、この辺りで失礼します」
その後ライスパンを出ると、植永はすぐに林松へそのことを伝えた。林松は当然のように驚いたが、植永の想いに感謝の言葉を返すと同時に、改めて計画へ突き進む決意を固く心に誓った。当時のANO社より、数十名以上が半年以内に退職したのは事実である。しかし自らが引き抜いたわけではなく、協力しようと来てくれた結果そのものだった。そして今では香純や湖層さらに郷大など、他にも本当に慕ってくれる仲間が多数いてくれる。それに加え、既に退職した人たちも忘れてはいない。以前の自らの失敗により、彼らの就職斡旋に何日も一人で一日中、駆け回ったこともあった。しかしそうして皆がいてくれたからこそ今がある。林松はこれからも忘れてはならないと思いながら、持っていた受話器をそっと静かに置いた。




