構築 ⑦
夕方、帰社した湖層と梅川へ報告した後、阪上は厳しい表情のまま自室へ戻った。その時に湖層から預かった一枚の用紙を机の上に広げ、一人で黙々と作業を進めた。今や一般職以外は既に現状を理解しており、ほとんどが辞表を提出している。しかしその中の数名は、今もなお提出することなく従事している。それもあり、なおさらある程度の目星はつく。その人たちを理由なく解雇することはもちろん不可能だ。しかしもし仮に相手との内通証拠があれば、その後は全く異なってくる。確かに相手は情報提供は全くないと言っていたが、そう言いながらもどこか匂わせたようにも感じていた。そうしたことから今後、さらに関する話題があちこちと出てくるだろう。時折、雨が窓へ強く打ちつける中、阪上はそう思いながら該当する名前を静かに丸で囲んだ。そしていざ聴取を始める前に、臨時に開かれた会議で予定を発表した。すると直後に変化が見られたので、早速、林松へ報告した。
「情報提供は全くないと言ってましたが、既に内定済みということから考えても、聞き取りを急いだほうがよろしいかと思います」
「うん、ま、それは確かにな、そうなりゃ大問題だ、しかし証拠は何もない、そこで本人に直接聞いても知らないというだけだろう、ま、仮にそうしていたらの話だが」
「では、どうしますか」
「そうだな、そのうち向こうから何かしら言ってくるだろう、それまではいつも通りでいい」
「はあ、社長がそう仰るのでしたら、しかし私はこれからも様子を見ていきます」
「それはしっかり頼んだよ、もし何かあれば、また教えてくれ」
その翌日、阪上は再び社長室を訪れた。
「社長、あれから数名の面子が割れました」
「何だと、早いじゃねえか」
「ええ、やはり予想通りでした、あれからすぐ動きがありましたので」
「で、どうなの」
「証拠は未だ出てきておりません、しかし昨日、増永さんが帰宅しようとした際、駐車場で数名が集まって何やら話し込んでいたそうです、そこで尋ねてみたところあっさり移籍希望ありと、今回新たに五名がそう答えたとのことです」
「五人か、そりゃまずいな、で、どうなんだ」
「すぐにそのことを湖層副社長へお伝えしたところ、調査は重要なのでこのまま継続しつつ、それとは別に店舗希望を急ぎ調べてほしいとの依頼がありました、そのためしばらくの間、そちらも同時に進めていく予定です」
「わかった、次々と大変だが、頼んだよ」
さらに大きな懸念の一つには、既存店舗への直接交渉があった。HAYASHIMATU国内店数は既に五十を超え、加盟相談が毎日あるのは日常だった。しかしこのところはぴたりとなく、また年に一回程あるかないかの脱退申し出が、既に数軒決まっている状況だった。湖層によれば、そのほとんどが他への移籍だという。さらにはこのような情報も匿名で届いていた。もし仮に加盟を決めた場合、ライスパンがその費用を負担すると。こうした方法では資金に余裕がない店舗こそ、なおさらそうせざるを得なくなる。その後、早急に対応を進めたものの、日ごと明らかな引き抜きは既に始まっていた。そして阪上がマークしていた社員も含む十名以上が、やがて辞表を置いて立ち去って行った。今やHAYASHIMATUは黄色から赤へと、まさに切り変わる渦中にあった。
「いよいよきたな、こりゃあ中から外から大変だ、しかし海外だけ先に決めておいて、ある意味正解だったな」
「社長、決断の時が来たのでしょうか」
「そうだな、事業縮小するしかないな」
「あと会社形態の撤廃ですね」
「ああ、まだ全ての了承は得ていないけどな」
「はい、事業計画の見直しの提言ですね」
「そうなるな、でもその前に、阪上の追加報告を出来るだけ待ってみよう、ところで本人にはそれを既に伝えたんだろうな」
「はい」
「何だと言ってた」
「役職に就くと同時に、既に覚悟しているとのことです」
「全く大したもんだ、そうだ、来週は香純からの入荷があるだろ、久々に行ってみるかな、もし何かあったら連絡くれるかい、あと植永社長にこう伝えておいてくれ、時が来たぞと」
「わかりました」
もはやそんな悠長なことを言っている暇はない。香純の意見を参考にする時期だと思いながらも、林松には考えがあった。以前に開いた退院祝いの席で、植永が口にしたある言葉を思い出していた。
「時が来たら引退します、それまではもう少しだけ続けてみます」
植永がそう言った意味は、当時の林松にとってかなり大きかった。今やこのようにつまらぬ案件が日々込み合う中、まさにと思ってそう伝えた。それに伴う事業縮小や、また増築予定も取り止める。そして海外部門を任せた美穂とは、これからさらに話し合う必要がある。本社の今後について、それから皆の前で以前に話したことを決めるのは、まさにこのタイミングしかないだろう。植永はきっと彼らへの対抗手段を今も考えていることだろう。しかしもはやその必要はないと心に決め、林松は静かに受話器を手にした。そして自ら連絡すると、既に湖層から話を聞いていたので、予想通りかなり興奮した口調で始まった。しかしその後にしばらく話し合い、最終的に林松の意見を渋々ながらも聞き入れ話終えた。その後は久しぶりに香純の元へ連絡し、その予定を組んでから帰宅した。
翌週、林松は郷大が運転するトラックの助手席に乗り、香純の自宅を訪れた。
「久々に乗ったが退屈しねえなあ、まるで景色が違うからよ」
「驚きましたよ、まさか助手席から林松さんとは」
「わはは、ま、たまにはな」
「増永さんはご一緒ではないのですね」
「今、ちょっと面倒なことになってな、それで今日は郷ちゃんに乗せてきてもらったんだ、ま、詳しいことは手が空いた話すわ」
「そうですか、では、中へどうぞ、私は積み込みしてきますので」
「悪いな、手伝いたいがやめとくわ」
「そんなのいいですよ、さ、どうぞ」
威勢良く掛け声を交わしながら、二人は慣れた手つきで次々と野菜を荷台へ積み込んだ。その様子を居間で眺めていると、その横にお茶を置いたトクが隣へ座った。
「トクちゃん、いろいろ大変だったみたいだな、あれから大丈夫だったかい」
「ええ、おかげ様で、香純から聞きました、綾子さんが相談に乗って下さったと、私もお話しする機会が増えて楽になりました、本当にありがとうございます」
「そうだってな、綾子も喜んでるよ、良かったな、あれ、子どもたちはどうしたんだい」
「今日は実家にいます、林松さんに会いたがってましたが、実は母の誕生日で、先に行っているんです」
「そうなんだ、二人とも変わりないんだろ」
「ええ、もう毎日うるさいくらいです」
「わはは、そりゃ結構だ」
やがて作業が終了し、土間へ入ってきた郷大がこう言った。
「じゃ社長、私は他の畑に行ってきちゃいますから、また帰りに寄ります」
「わかった、頼んだよ」
郷大は皆へ挨拶し、再びトラックに乗り込み敷地を抜けて行った。




