構築 ④
「それで、どのように決めるのですか」
「いえ、既に決めました、阪上さんを呼んでください」
一同は驚いて再び顔を見合わせた。そして順番なら昇格予定の貝崎が、やや憤った様子でこう言った。
「ひょっとして、教育係の阪上さんですか」
「その通りです、次期常務は阪上さんにお願いします、このことは以前に社長と決めたことです、ご賛同いただける方は挙手願います、また異論ある方は申し出てください」
すると本人以外の全員が挙手した。それを見て貝崎は
「いえ、結構です、本来なら私が就任かと思っていましたので、非常に残念です」
と言い、その後はしゅんと俯いた。貝崎は角末の直属の部下で、長年の営業経験を持つ。合併再編により統括部長へ抜擢となり、それ以降は梅川の元で従事していた。しかし結局のところ、こうした本音が浮き彫りとなった。その後に湖層がこう言った。
「貝崎さん、あなたのご活躍はもちろん知っています、ただ今回は、先に述べたライスパングループに対応出来る人が条件となります、それが可能なのは阪上さんだと思います、これまで何度もご本人へお願いの趣旨を伝えてきました、その結果、今回ようやく快諾して下さったというわけです」
「そうですか、もういい、私からは特にありません」
「失礼します」
貝崎がそう答えて席に着くと、ほぼ同時に扉の奥から女性の声が聞こえてきた。その直後にドアが開くと、グレーのスーツ姿の阪上が颯爽と中へ入ってきた。湖層は左の席へ招き、阪上が横に立つと周囲に深々と一礼した。
「阪上美咲と申します、教育係を務めておりました、この度、常務を拝命します、皆様よろしくお願いします」
手短にそう挨拶し、再び頭を下げ席に着いた。すると貝崎は早速、阪上へ声を掛けた。
「異例の抜擢ですね、今の心境はどうですか」
「わからないことだらけですが、キャリアの長さだけでしたら角末さんと並びます」
その答えに貝崎が少しだけ頬を緩めると、阪上は皆へこう伝えた。
「過去に一度も管理職経験がなく、いきなり大命を拝することになり驚いています、私にしか出来ない仕事があるとお聞きしました、これまではお断りしてきましたが、今回その熱意を快くお引き受けすることにしました、今後の立場はこれまでとはまるで異なりますが、これから会社が目指すことをより密接に協力できるので大変嬉しく思います、一日も早く実現できるよう頑張りたいと思います」
「はい、ありがとうございます、就任式はまた後日に予定します、では早速ですが、ライスパングループについて何かお考えありますか」
「はい、私が窓口担当になろうと思います、今後、それらにまつわるもの一切を引き受けるつもりです」
「と言いますと、具体的にどのようなことですか」
「はい、人事や労務、業務内容は当然ですが、そうした情報を掌握していく予定です」
「つまり相手方と関わったかも含め、それらをこれからチェックしていくということですね」
「はい、但し限度はあります、しかし出来る限りのことはやってみようと思います、そこで早速、梅川専務にお願いがあります、秘書の増永さんのご協力をいただきたいのですが、よろしいでしょうか」
「もちろんです、私から伝えておきますね」
「ありがとうございます、以上です」
とても堂々とはっきりした口調は、今まで一度も経験ないとは思えないものだった。また他の幹部と同様、阪上も就任と同時に辞表を提出している。その時のことが林松には印象的だった。
「一日も早くこの時が来るよう、ひたむきに頑張ります」
こうして一度の願望もなく管理職となった阪上は、最初から大役を担うことになった。そして難題に立ち向かうのであった。
その会議の後、竹清が帰国したと林松の元へ連絡が入った。
「今日はせっかくだが酒抜きだ、ちょっと真面目な話があるもんでな、そうだな座敷で、悪いが頼んだよ」
と事務方へ頼んでいると、湖層と阪上が訪れた。
「お、新常務の坂内さん、早速来たね」
「阪上と申します」
「社長、ちゃんと覚えてくださいよ」
「わはは、すまんな、阪上さん、そこ座って」
「はい、では失礼します」
二人がソファーへ着くと、林松は用意したコーヒーをそれぞれの前に置いた。そしてしばらく談笑した後、湖層がこう述べた。
「関係をあぶり出すとまではいかないかもしれませんが、ある程度の抑止力にはなると思います、期待してますよ」
阪上は深く頷き、林松の方をちらりと見た。
「頼んだよ、それで期間はどのくらい見てるんだ」
「最低でも半年はかかるのではないかと、このことを公表しなければ三か月、ただ湖層さんがその方が良いと仰るので」
「それは既に聞いていた、わかった、半年だな、そうだ、今日竹清銀ちゃんが帰国したのは知っているんだろ」
二人は顔を見合わせ頷き、阪上が
「美穂さんの統括就任、おめでとうございます」
と伝えると、林松は照れ笑いながらこう続けた。
「いや、まあね、一応、礼は言うけどよ、それはそうと里香ちゃん、竹清から何か聞いてるか」
「いえ、今のところ何も聞いてません」
「どうすっかな、今日これから会うんだ、本人の希望を聞いてからでも良いが、しばらくこっちのことを手伝ってもらうか」
「それならより心強いですね、ただその前に一つ聞いておきたいことがあります」
「何だい」
「ライスパングループは今年から海外にも展開し始めたようで、当然その辺りのことは竹清さんもご存じかと思いますので」
「そうだな、むこうからは特に何とも言ってきてない、それに美穂からも連絡ないから、今のところ何もないとは思うけどな、よし、じゃ問題なければそれで行くか」
「はい、それで空港へのお迎えは」
「もう梅が向かったよ、増の運転で」
「そうですか、それではこちらへ到着されたらご連絡します」
「ああ、よろしく頼む」
その後、林松はコーヒーを啜りながらパソコンを操作していた。すると窓をこんこんと叩く音がした。ふと見た瞬間、小さな鳥はさっと羽ばたきどこかへ飛んで行った。
「さてどうするか、竹清と香純、それともミサか」
ミサが一号店に戻りたいと言い始めている。森上の後は順調に進んでいるが、今も本人の希望は強い。そのため本社の改装期間中に、湖層へ引継ぎするようにと電話で伝えた。
「ミサ、お疲れさん、じゃ、そういうわけだ、里香ちゃんには既に伝えてあるから、その後の日時は二人で決めたら良いよ、じゃあ頼んだよ」
「良かったわあ、楽しみになってきちゃった、ところではやしさん、ちょっと耳に入れておきたいことがあるんだけど、今、大丈夫」
「ああ、何だい」
「ついさっき、ライスパングループという人が来たらしいんだけど、何か知ってる」
林松は思わず黙り、一息ごくりと飲んだ。
「ねえ、あれ、はやしさん」
「ああ、聞いてるよ、それで何だって」
「挨拶後に封筒置いて、すぐ帰ったみたい」
既に手を回してきてきたか、早急な対応が必要だな。林松はそう思いながら一言、こう伝えた。
「今日これから、海外から戻ってきた竹清と打ち合わせがあるんだ、詳しくはそこで話すから来てくれないか」
「え、今日なの、わかった、何とかする」
これはただ事ではないと直感した。林松の声がいつもとまるで違う。ミサは予定を見直し、本社へ向かうことにした。




