構築 ①
海外部門の独立が決まり、その名称は同様にHAYASHIMATUとなった。今後、数年間で完全移行の予定で、その間は引き続き林松が代表を務めることになる。美穂への指導や引継ぎも含め、全てが完了した竹清は本日午後に最終結果を発表する。そこでもし美穂の就任が決まれば、その後の段取りも含めた打ち合わせを続けて開催する予定になっている。十四時前になると、既にフロアに集まり始めた社員の多くは二人の登場を待っていた。先に統括室から出てきた秘書の木庭に続いてその姿が見えると、皆は盛大な拍手で迎えた。そして竹清が皆へ挨拶した後にこう述べた。
「全て完了しました」
皆の声がわっと沸き上がった。続けて
「次期統括は美穂さんとなります」
そう発表すると、場内はたちまち盛大な拍手に包まれた。それと同時に美穂は各方面に対し、深々とお辞儀した。
「そこで挨拶してもらう前に、私の予定を先にお伝えしておこうと思います、来週は一度、帰国します、そのため時間がありませんので、美穂さんの就任式は簡略化しようと思います」
そう言って竹清が周囲を見渡すと、いかにも不満そうに社員の一人がこう言った。
「それってつまり、書面のやり取りだけで済ますということですか」
「そうです、林松さんからの辞令を交付するだけにしようかと、ただ美穂さんも既にその方が良いと」
「え、そうなんですか」
美穂はその瞬間、さっと竹清を見た。そして互いに頷き合った後、こう述べた。
「お気持ちは大変嬉しいのですが、日々時間が足りない忙しさの最中にありますので、私からもその方が良いと既にお伝えしました」
「では、それでよろしいですか」
竹清がそう問いかけると、周囲はとても残念そうに黙っていた。しかしその一部から、控えめにも拍手の音が鳴った。
「では続けて、新統括になられる美穂さんより一言お願いします」
その音がした一部の方を横目で静かに見やり、美穂は静かに壇上へと上がった。そしてマイクを手にして再び見ると、そこにいるのは元現場責任者の数名だとわかった。彼らは既に一般職となり、当然のように美穂を支持していないのは誰が見ても良くわかった。それでも相変わらず、美穂はゆっくりとそこへ立った。すると再び大きな拍手が鳴り、一礼してから話始めた。
「おかげ様で、全ての予定を完了することができました、そのお礼を一言述べさせていただこうと思います、独立準備期間という忙しい中、それにも関わらず多数のご支援を頂きましたこと、お礼申し上げます、社名も新たに、これからさらに楽しみになってきました、そして加盟店舗も順調に増え、従業員の方とも以前より多くの方と一緒に働けるようになりました、新たなHAYASHIMATUと共に、切磋琢磨しながら従事していきたいと思います、これからもどうぞよろしくお願い申し上げます、簡単ではありますが、感謝の言葉に代えさせていただきます、ご清聴ありがとうございました」
その翌日、早速竹清から辞令を受けとった美穂は正式に統括へ就任した。部屋の前では、数名の社員が名前の交換をしていた。竹清から引き継いだ綺麗なその部屋で、秘書の木庭と打ち合わせに入った。
竹清が帰国する日、美穂は数名と共に空港へ見送りに来ていた。しばらく皆と離れることになるので、竹清はロビーに入るとこう言った。
「私にとってこれは単なる通過点なんだ、皆は新統括の元、健康に留意してこれからも頑張ってください、それじゃ、行ってきます」
そうして手を振りながらエスカレーターを登る後ろ姿からは、全く微塵の寂しさや悲壮感はなかった。むしろ清々しさもあるように見え、新たなことに挑戦する意欲すら感じた。実際、帰国後は林松と会う予定と既に聞いている。美穂が林松と事前に話したことでは、竹清は国内で新たな仕事をする予定だと聞いた。それがHAYASHIMATUとどのように関係するのかまでは知らないが、もしかすると引退する可能性もあるかもしれないという。どこか具合でも良くないのかと尋ねると、元々あった持病が最近優れないようだとも聞いた。全くそのような姿を見せない竹清の強さに、美穂は改めて感服していた。その姿をしっかり見ながら、改めて責任の重さを痛感して車に戻った。秘書の木庭はどうやら既に知っているようだった。しかし美穂は敢えてそのことを尋ねず、今はとにかく前に進んで行くことだと決めた。私が既に統括なのだから、そう思いながら空港を後にした。
こうして全てが動き出した矢先、国内の本社に一通のA4サイズの封筒が届いた。宛先は林松で差出人の記名はない。事務で一度開封しようとしたが、そのほとんどには宛名がある中でこれは妙だという話となり、そこで教育係の阪上にまず相談することにした。阪上は上役に報告しようと思った。しかし不在のため湖層の所を訪れた。
「この書類が今朝届いたと事務方から先程連絡がありまして、クレームにしては様式が大きいので開封を躊躇って念のため相談ということで」
「宛名はありますか」
「ええ、社長宛てです」
「中身は何ですか」
「透かして見ると、用紙が数枚ほど入っているようです」
「今までにこうしたものが届いたことはありますか」
「明らかな広告以外では見ていないということです」
「わかりました、では私が預かっておきます、社長がお見えになったら手渡します」
「ありがとうございます、しかしなんでしょうね」
「単なる書き忘れか、それともいたずらか、ま、大したことではないでしょう」
「そうですか、では、よろしくお願いします」
「いつもありがとう、阪上さん」
それを受け取った湖層は、すぐ林松へ連絡を入れた。
「社長、今どちらですか」
「もうちょっとで会社に着くよ、どうしたんだい」
「いえ、大した事ではないんですが、妙な封筒が届いたので」
「妙な封筒、なんだそりゃ」
「見た目はA4サイズの一般的なものですが、差出人に記載がないのでご連絡しました」
「わかった、帰ったら開けてみるよ、里香ちゃん悪いんだが、俺が着いたらそれ持ってきてくれるかな」
「ええ、すぐお持ちします」
「頼んだよ」
経験豊富な事務方が思わず開封を躊躇った。「大したことではない」湖層は阪上に対し口ではそう言いつつも、何とも妙に感じていた。また電話を終えた林松もどこかで感じ取っていた。そして今、まさに管理職撤廃を進めているど真ん中にいることを、ここで改めて認識した。そうした覚悟の上で林松は到着後、すぐ自室へと戻り静かに椅子へ腰かけた。




