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ひたむき  作者: ナトラ
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開拓 ⑨

 帰宅後のトクはいつものように用事を済ませ、子どもたちを寝かせてから居間へ戻った。その途中でグラスを一つ手にし、香純の正面に着いた。珍しくビールを飲みたいと言って差し出すので、香純は缶ビールの蓋を開けて注ぎ入れた。


「たまに飲むとおいしいね、昨日は敢えて飲まなかったんだ」


乾杯後に一口飲んだ後、トクはそう言って一息ついた。家の中はまだ少し肌寒いが、日中は暑い日もかなり増えてきた。香純はその横顔をじっと見て、さてどう話を進めようかと考えた。まずは先程の話を伝えることにし、全て伝え終えた後に話は続く。


「お母さん、そう言ったんだ」


「うん、ま、とにかくわかってくれて良かったよ、お義父さんにも感謝だな」


「昔のお父さんなら何があっても認めてないな、家の決まりが厳しくて飛び出した頃と比べたら雲泥の差、きっと香純や子どもたちが変えてくれたのかもね」


「それならトクもだろ」


「だと良いんだけど、でもまだ苦手」


「お義母さんを説得してくれたのはお義父さんだよ、大体のことは既に話したと事前に言ってたし、それだから俺は改めて覚悟を示しただけで丸く収まったもの」


「人は変わるもんだね、あのお父さんがこうなるなんて」


「良いご両親だよ」


「ありがと、で、今日はさ」



 軽く頷いた後、少し頬を赤く染めたトクがそう切り出した。香純はいよいよ本題かと耳を傾けた。


「これから先、真純が私と同じように家を飛び出したらって考えたの」


トクは真剣な表情でそう言い、そのまま続けようとした。しかし香純は即座に


「なんでそう考えるの」


と尋ね、話を一旦止めた。少しの間の後、続けて


「それは真純がもっと成長した時の話、今すぐじゃないだろう」


今日で決着するぞ。心の内で固くそう思いながら、言葉を少し強めてそう言った。するとトクは一瞬、何かをぐっと堪えた表情を浮かべた。しかしすぐに落ち着いてこう言った。


「もしかして私みたいになったらって思うと、これで良いのかなって」


「そう思うのはわかるよ、でもさ」


「香純と出会えたから今があるのはもちろんわかってる、ただこの先そう思うと」


「なるほど、いいかいトク、真純は自分でそうしたいと決めた道をこれからも進むんだ、俺たちと一緒にいたい、やりたいことを自分で何でも決めたいからね、それを応援していてなぜそう思うんだい、俺にはよくわからないね」


トクは膝にかかったエプロンの袖をぐっと掴んだまま、じっと話を聞いていた。香純は続けて


「心配なのはわかるさ、ただ事実はそうだよ、俺は真純がのび伸びと暮らせるように、これからも応援していきたい、真純、さっきありがとうって言ったんだ、それが全てだと思うな」


「そうね、それでも、私、どうすれば良いかな」


香純はその勢いでこう続けた。


「どうすればじゃなくて、トクは母親としてどうしたいんだい、息子が選んだ道を応援するか、それとも本人が嫌だということを無理にさせたいのか、どっちなんだい」


トクはそれまで掴んでいた手をぱっと離し、香純の目をじっと見てこう言った。


「無理矢理なんてしない、応援するよ、ただもし家を出て行くなんて言い始めたら、私、たまらないよ」


 香純は一度落ち着こうと思い、無言で立ち上がり台所へ向かった。その途中で冷蔵庫から追加で缶ビールを取り出し、また煙草ケースも手に取った。そしてトクの後ろを素通りし外の喫煙場所へ行き、煙草の先に火を着けた。煙が中へ入らないようにと、一旦窓を閉めて夜空を見上げた。雲が多めだが月や星々がちらちらと見える。そして数分後、再び自分の席へ戻り話を再開した。


「じゃ、今日できっぱり決めよう、さっき応援したいと言ってたけど、今後も変わりないと言えるかい」


香純は努めて穏やかにそう尋ねた。


「うん、それならはっきり言える」


「よし、だったらこの話は今日で一区切りつけよう、先のことなんかさ、実際その時になってみないとわからないもんだ、俺たち夫婦は子どもたちをこれからもずっと応援していく、これが今日二人で再確認したこと、ただもし何かあれば、その時にまた話合えば良いだろ」


「そうね、ありがと」


その瞬間、トクの表情がぱっと明るくなった。そして話は続く。


「ねえ、聞かせてくれる、もし真純がそう言ったらの話、だめかな」


「いいよ、もしそうならそれも真純が決めたことだ」


「え、どういう意味」


「さらに成長した真純がそう決めたなら、それもまた自由だってことだよ、子どもは大きくなればいつかは家を出ていくもの、俺たちがそうだったようにね、子供たちもやがて家を出る時が来るかもしれない、ただ本人がずっとここにいたいと言うならそれも良いし、外に出たいならそれでも良い、そしてトクが実家を離れたことがある経験は、きっとこれから真純にとってプラスになるよ、また俺達も若い頃はそうだったように、これから親に反抗することもあるだろう、俺はその時、そのことがよくわかる親を目指していくよ」


「そうね、私は父親と距離を取りたくて家を出たけど、真純は男の子だもんね、それ、私も目指してみようかな」


「うん、それが良い、ところで真純よりむしろリンじゃないのか」


「ううん、何となくわかるの、リンは私と同じようにはならないって」


「なんだそりゃ、でもなんで真純にはそう思えないんだい」


「男の子だし、それに今の香純は昔のお父さんみたいじゃないもの」


「俺はこれからも厳しくはしないな、しかしお義父さんと初めて会った時、見たまんまの姿にびくびくしてたのは良く覚えてる」


「そうでしょ、それが今ではよく笑うんだもの、本当に凄いことよ」


「そう言えば昨日お義母さんが言ってたな、トクが出て行くなんて考えてなかったとか、ただそれだけ厳しくすればさ、後にそうなるかもしれないとは思わなかったのかな」


「それはね、うちは昔からずっとそうだったからだよ、ほら今でもお父さんが終わりと言ったら終わりみたいに、昨日もそうだったでしょ、それが普通なの、普段からお母さんはお父さんを怒らせないようにするので精一杯で、お兄ちゃんは卒業と同時にすぐ出て行った、その後に私もそうした、お母さんと離れるのは辛かったけど、もちろん迷惑かけたなとは思うけど、全く後悔してないよ、だって今があるから」


「なるほどね、それだよ、今までのことが全てここにある、そうした経験も無駄な事なんか一つもないってことさ」


 その夜、まるで道が開けたような感覚に包まれながら、二人は子ども達の間に並んで床に着いた。


次回より、HAYASHIMATU編

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