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ひたむき  作者: ナトラ
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開拓 ⑥

 それから月日は流れて本格的な春の陽気を迎えた頃、香純は当日出荷分を積み込みながら荷物を下から見上げていた。今年はどの銘柄も群を抜く出来で、色艶や味もきっとこの土地に来て一番と言える程に仕上がり満足感に包まれていた。四トントラックの荷台では郷大が声を弾ませ「この葉物も凄いわ、店に持って行ったらきっと喜ぶよ」と声を上げた。香純はそれに笑顔で頷きつつ、再び数十ケースを載せた後に休憩がてら二人はお茶を啜っていた。


「専務を辞退されて配送業務とは、周囲も驚いたんじゃないですか」


「いや、そうでもないですよ、以前から伝えてましたから、それでも今日なんか会社出る時も社員がまだ専務って呼ぶんです、まあ、数年やってましたから仕方ないですけどね」


「郷大さん、何か生き生きしてますね」


「そりゃそうですよ、ほら、お腹も少しスリムになってきたでしょ、しかも身体を動かした後の飯や酒がうまいのなんのって、やっぱり俺はこの仕事ですわ」


「よくわかります、私もそうでした」


「部長、じゃなくて何て呼べば良いかな」


「香純で良いですよ」


「最近はどうですか、香純さん」


 その問いに香純は真純の件も一段落し、今は出荷準備と植え付けで毎日あっと言う間だと伝えた。そして林松邸から戻ったあの日以降について、もの静かに振り返っていた。




「旅行でも行かないか、ご両親も誘って」


香純がそう伝えると、トクは少しだけ首を傾けて理由を尋ねた。


「今までどこも行けなかったし、それに子どもたちの思い出にもなると思ってさ、後はお義母さんも疲れてるだろうから、もちろんトクもね」


「嬉しいけど、今の家計じゃそこまで余裕ないよ」


「それなら心配しなくていい、ほら、これは林松さんからだ」


そう言って林松から受け取った封筒を渡した。その中を覗くとすぐ、トクは声を挙げて驚いた。


「うわ、こんなにたくさん、これ貰っていいの」


「ああ、これは俺にじゃなくて俺達にだってさ、今まで苦労させたからって」


「そんな、でも嬉しいわ、早速、お礼言わなきゃ」


「それは後で良いよ、それより先にご両親に話してくれないか、大丈夫だったらその予定も」


「うん、わかった」



 その後に話合った結果、山を二つ越えたところにある温泉旅館に行くことが決まった。香純が早速その予約と、不在となる二日分の仕事を前もって済ませた。当日は実家へ行き両親を乗せた後、車を走らせ現地へ到着した。子どもたちは大はしゃぎで館内を走り回り、香純が注意したもののそのうちにリンが転んで泣き出した。リンの声が響き渡ると従業員が微笑みながら傍へ寄ってきて、頭をそっと撫で落ち着かせた。その和服姿の人が「良いですね、小さなお子さんたちは本当に可愛い」と言いつつ、香純達の手荷物をカートに載せて部屋を案内した。


 奮発した甲斐もあり、確保した和室は広さや設備も充実していた。窓からは綺麗な山々が連なって見え、窓を開ければ新鮮な風が舞い込んでくる。ほとんど寒さはないものの、薄着ではまだ少し早い。しかし何とも心地良くて落ち着く部屋なので、善市やフクも大いに喜んだ。それからまず風呂に入り、汗を流してさっぱりした後に善市と酒を酌み交わた。フクとトクそれから子どもたちは、館内を見てこようと出かけて行った。


「ここのところずっとご心配おかけして、申し訳ありませんでした」


「いや、大丈夫だよ、俺からも言ったから、しかし良い部屋だな、誘ってくれてありがとう」


「喜んでいただけて何よりです、ところでお義母さんは、その後お変わりないですか」


「ああ、体調は問題ないんだが、どうも忘れっぽくてな、歳なんだよ、歳」


「そうですか、しかし真純のことで随分ご心配おかけしたので」


「問題ないよ、それより子どもたち、随分と明るくなったな」


「おかげさまで、最近は予定表を作ったりして、畑仕事も進んでやります、二人とも」


「それは良かったなあ、ま、こっちのことは心配いらないよ、子どもは好きなことをするのが一番さ」


「ご理解いただけて嬉しいです、ただ私はまだお義母さんと詳しい話をしておりませんで、出来たら今日、少しお時間いただけたらと思うのですが」


「ああ、それなら構わんよ、フクはああ見えて結構頑固だからな、うん、話してみると良い」


「ありがとうございます、では夕食後にでも、子どもたちが寝た後でお声掛けしようと思うのですが」


「良いよ、わかった、俺からも家内に伝えとくよ、ただ、ほとんど言ってあるからさ、もう簡単で良いんじゃないのか、せっかくの旅行中なんだし」


「確かにそうですね、わかりました」



 それからは畑のことや林松のことを話していると、皆が部屋へ戻ってきた。わいわいと楽しそうな姿を見て、香純はここへ来て良かったなと思った。それと同時に綾子の助言がとてもありがたく思えた。しばらくすると豪華な夕食が次々届き始めた。鍋や焼き物と刺身や煮物、それから天ぷらや山の幸など豪華な食材をふんだんに織り交ぜた美しい膳が各座席の前に広がった。子どもたちは目を輝かせ、初めて見るものを指差して名称を尋ねた。またリンにはお子様セットを用意してもらい、その膳の上には車のおもちゃがあった。リンはそれを手に取り遊び始めたところ、真純も欲しかったのか貸してくれるように頼んだ。しかしリンはやだと断り一人で遊んでいると、いつの間にか再び泣き出した。真純は言っても貸さなかったので、隙を見てそれをさっとその手から取ったようだ。そのためトクが返すように言うと、真純は渋々とその手を放した途端、笑顔となったリンは何事もなかったように再びテーブルの上でそれを走らせた。


 大人四人で乾杯した後、次から次に届く品に皆で驚きながら円満な時が流れた。それから子どもたちも食べ終えてしばらくすると、いつものようにうとうとし始めた。そのため就寝の支度を済ませ、トクが二人を布団へ連れて行った。また善市はもう一度風呂に入ると言って席を外した。トクは子どもたちの横で一緒に寝そべり、自宅から持ってきた絵本を読み聞かせている。テーブルでは香純とフクが斜め向かいに何やら話している。そろそろ本題に移ろうと思い、香純は一度子どもたちの様子を見に行った。まだ起きてるとわかると再び席に着き、それから十分程してトクが戻ってきた。



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