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ひたむき  作者: ナトラ
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開拓 ④

 風呂の後に再び部屋に戻ると、林松は既に晩酌を始めていた。香純は部屋に入り一言礼を言うと、林松の促しで向かいの席に着いた。するとテーブルの隅に置いた携帯電話が振動したので、再び手に取り表示を見た。トクからと知った香純は林松に軽く頭を下げ、それから話始めた。それをちらりと見て頷いた林松は、その後も変わらず一人静かに飲んでいた。


「真純か、お父ちゃんはこれからおいちゃんのお家でご飯をいただくところだよ、そっちはどうだい」


 香純がそう話すと、真純が


「僕もこれから食べるよ、こっちはねえ、ばあちゃんが作ってくれたんだ」と言った。


「良かったなあ」


 香純がそう答えた後、トクに代わった。


「明日は昼頃には着くだろう、わかった、伝えておくよ、それじゃ」


 香純は手短にそう言うと、すぐに電話を切った。その後、トクがお二人へよろしくと言ってましたと伝えると、林松と綾子は顔を見合わせた。そして少しの間の後


「向こうも夕飯か」と、林松が一言尋ねた。


「ええ、子供たちも今日はトクの実家に泊るので」香純がそう答えると、二人は再びちらりと見て何度か頷いた。


「ほう、ま、たまにはな、ほら飲めよ」


林松はそう言いながら瓶ビールを手に持ち、その口を香純の方へ向けた。様子を見ていた綾子が使ってと冷えたグラスを掴み、台所から手を伸ばしていた。香純は礼を言ってそれを両手で受け取ると、そのまま林松の前へ差し出した。そして淵まで入ったビールを手に乾杯しようとした。しかし香純は咄嗟に綾子の方を見て、一緒にどうかと声を掛けた。すると綾子は嬉しそうに小走りでやってきて、林松の隣の席に着くと三人で乾杯した。



 それからは綾子の手料理を楽しみつつ、和やかに過ごした。


「こうして誰かが泊りに来るなんて、時々来るお姉さんや親戚くらいよ」綾子が一口飲んでそう言った。また林松も


「香純はもはや親戚みたいなもんだな」と続き、再び綾子も「そうね」と返事した。


 香純は「いやいや」と口で言ったものの、居心地良く感じていた。すると次第に美穂の話題となり、綾子は準備の続きのため再び台所へ入った。


「何だか竹清銀ちゃんの話でよ、これはまだ非公表なんだけど、この夏にも美穂が統括へ就任するだろうって言うんだよ、それでつい最近、その報告があったんだ、これまでも就任時期は意外に早いだろう程度は思ってたけど、まさかこの夏なんて誰も思わねえよ、そりゃ本当かいと二度も尋ねるくらい驚いたわ、いくら何でも早すぎるだろうに、そんなのまるで小説みたいじゃねえかよって、すぐ折り返し連絡したんだ」


「うわ、それは凄い話ですね」


「それでよ、全体会議で美穂がこう言ったらしいんだわ」ここでその詳細について林松から事情を聞き、その後も続けて


「それなんで周囲の見る目が変わって、最近はどの部署でもそれまでとは環境が一変してきているんだとさ、で、早速、報告してきたというわけ」


「へえ、驚きますね」


「美穂が赴任した頃はさ、決まりでこうしなくちゃとか、ほとんどのことがそうやって動いてたんだと、ただそれ以降、皆が自主的に動き始めたことで大きく変化している、そのことに銀ちゃんも驚いて、まさかこの短期間でここまで変わるとは、なんて言ってたわ」


 その間も綾子は台所で黙々と料理をしている。香純はその様子を一瞬見て、もう十分と伝えた。しかしたくさん食べてねと言い、その後も続けていた。その後、香純は再び林松の方を見て


「全く凄い話ですね、美穂ちゃんが持つ魅力に周囲が引き込まれたんですね」と口にした。すると林松が


「何だかなあ、随分と変わったもんだよ、あの美穂がなあ」と言い、少しだけ笑みを浮かべた。


「まあうちは何とか海外独立も決まり、総重建設も縮小し新たに建設部門を立ち上げる、今のところは順調なんだよな、今のところは、な」


 その言葉を意味深に感じていると、林松は黙って席を立った。どうやらトイレのようだと思いつつ、その後ろ姿に目をやった。すると何か白いものが垂れ下がっているように見えたが、はっきりとは見えなかったので香純は何も言わず見送った。しかし帰ってきた林松が


「あれ、ところで俺の小さいタオル、どこやったっけ」と綾子に訪ねたので


「林松さん、後ろに」香純は自分の腰を指差してそう言った。


 すると林松は自分の背を覗き込むようにし、それと同時に両手で腰の辺りを何度か探った。


「何だ、こんなとこにあったのか」と、下着で挟まっていたタオルを引っ張り出した。そしてそれを手に


「普段あんまり飲まねえから、今日は珍しく酔っぱらったんだな」


と言って笑っていた。そこですかさず


「転ばないようにね」と綾子が台所で声を上げたので、香純も思わず笑った。


「植永社長じゃあるまいし、俺にそんな心配は無用だわ」林松はそう言いながら再び席に着いた。



「ところで、植永社長はその後もお変わりありませんか」香純がそう尋ねて話は続く。


「ああ、だいぶ体調は良いらしいんだけど、でもやっぱり歳なんだな、森上の引退話の時に自分もそろそろ考えるか、なんて言ってたしよ」


「そうなんですか」


「ああ、このことはまだ誰にも言ってないんだけど、確かにそう言ってたよ、でもま、誰でも歳はとるもんだから仕方ねえけどな」


「先程の運転手さん、林松さんのことを言ってましたよ」


「うん、何だって」


「恰好良いと」


「ほほう、そりゃあれだろ、ちょこっとチップ渡したからだ、わはは」


「ただ思ったのは、確かに誰しも歳は重ねます、ただ以前と比べても林松さんの貫禄は全く違うなと」


「お、お前、珍しく酔ってきたな、わはは」



 そうして宴は進み、やがて食事をしながら再び真純の話題となった。


「さっき、ちょろっと綾子から聞いたんだが、どこへ連れてってやるんだい」


「まだ何とも決めてませんが、どこかへ行きたいですね」


「ちょうど良いだろう、これからはさらに忙しくなるから」


「ええ、そうですね」


「さて私はお風呂入ってきちゃおうかしら」


「ああ、行ってこい、俺はもう腹いっぱいで後は寝るだけだ」


「じゃあ行って来るわね、香純さん、もし足りなかったら適当によそって食べてね」


「いや、もう十分おいしくいただいてご馳走様でした」


「そう良かった、じゃ、ちょっと行って来るわね」


「どうぞごゆっくり」




 簡単に洗いものだけでも済ませて置こうと思い、香純は台所に立った。するとそんなことしなくていいからと林松はすかさず言ったが、それでも空いた食器などを洗っておいた。林松はソファーで横になっていたが、次第にうとうとし始めていた。


「風邪、引きますから」と香純が伝えると、林松は「そうだな」と答えたものの両目は瞑ったままだった。近くにあった薄手の毛布を掛け、テーブルに戻ってお茶を啜った。しばらくして綾子が風呂から出てきた。

寝ている林松を見て


「あら、やっぱり先に寝たわね、最近早いのよ、ご飯食べて少しするともう寝てるの、ここで寝ちゃうから声かけて、毎日大変なのよ、あら、ごめんなさいね、愚痴っちゃった」濡れた髪をタオルで拭きつつそう言った。続けて


「あらあ、やってくれたの、ありがとう、助かったわ」


「全部ではないですけど、洗いものだけですが」


「悪かったわねえ、お風呂入る前に言うんだったわ」


「全然、大丈夫ですので」


「ありがとね、髪、乾かしてきちゃうね」綾子はそう言うと洗面所に向かった。


 それから綾子が戻ってきて再び声を掛けた。すると林松は何とか体を起こし、その後は自力で寝る準備を済ませて床に着いた。おやすみなさいと挨拶した香純は椅子に座り、居間全体の様子を静かに眺めていた。他の人の家で過ごす夜も良いものだと思いつつ、しばらくお茶を啜っていた。ふと壁側を見上げると、幼い頃の美穂の写真を見つけた。もう少しよく見てみようと、椅子から立ち上がり近づいた。父親似だが横顔は綾子の面影もあると思いながら、その一枚を下からじっと見上げていた。すると綾子が洗面所から戻ってきてこう言った。


「ついこの間はこんなに小さかったのよ、それが大きくなるのはあっと言う間だもん、真純君やリンちゃんもきっとそうよ、今を大事にね、香純さん」


 その横顔が脳裏にしばらく残りつつ、香純も床についた。布団に入ると和室の香りと共に暖かさを感じた。遠い昔に訪ねたことがある親戚の家を思い出す。寝る前に綾子と交わした言葉はもう一つある。その意味を考えているうち、いつしか眠りについた。


「美穂、優君と付き合い始めたみたいなんだけど、本当に好きなのかな」


「あ、ごめんなさい、何でもないの、久々にお酒飲んだからかな、おやすみ」

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