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ひたむき  作者: ナトラ
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故郷 ⑨

 作業後、香純が母屋に戻ると「お父ちゃん、おかえり」と言ってリンが迎えた。近頃は親の言葉や表情をよく真似る。こうした姿を見られる幸せを感じながら、香純はその頭を優しく撫でて「ただいま」と答えた。その後に翌週の予定を伝えておこうと台所へ行き、その入り口前でトクを呼んだ。しかし考え事をしているのか、トクは何も答えず黙って皿を拭いていた。聞こえなかったのかと思い、もう一度声を掛けた。するとようやくはっとして振り向き「うん、何だっけ」と言って、持っているものを静かに食器棚の中へ置いた。


 あの話以降、どうも上の空とまではいかないものの、こうした場面が増えたと感じながら予定を伝えた。それを聞いたトクが「そうなんだ、わかった」と答えたが、やはり今までとは様子が違う。以前から言葉に出さず、時々無理する節がある。香純はそのことをよく知っていることもあり、これまでの疲労が重なったのだろうと思った。しかしそうした自分の考えを多少なりとも振り切りたいと思いながら「今日の夕飯は久しぶりに外で食べよう」と、腕まくりをして言った。それを聞いたトクは「本当に、やったあ」と声を挙げた後、すぐに真純とリンを近くへ呼び寄せた。「ねえねえ、お父ちゃんが今日は外食しようって、どこに行きたい」と二人へ尋ねた。すると真純は「僕はAONOに行きたい」と言い、リンは「がいしょくって何」と尋ねて首を傾げた。


「お家じゃなくて、外のお店で食べることよ」トクがそう教えると、リンは嬉しそうに「外食、外食」と言って繰り返した。「私もAONOが良いな」トクもそう言うので、そこへ行くことにした。「今日は何でも好きなもの食べて良いぞ」と香純の声を聞くと、真純とリンは何を食べようかと楽しそうに話している。「じゃあ、着替えてきちゃうね」そう言って場を離れる姿は、先程よりかは表情が緩んだように見える。その後は皆で支度してから車に乗り、レストランAONOへ向かった。


「僕はグラタン」「リンも」「私はエビフライ」店に到着して中に入ると、店員がすぐ出迎えた。その案内で席に着いたとたん、既に何を食べるかを決めていた三人がメニューを見る前にそう言った。しかし香純達の他に先客は三組いる。その店員は「すみませんが」と言った後、壁側に座っている一組の所へ向かった。「お兄ちゃんは大丈夫だろうけど、リンに一つは多いよ」「食べる」「リン、全部食べられるの」「うん、食べる」「良いだろう、頼もう」「残すよ、きっと」「良いよ、残したら俺が貰うから」「私は食後のデザート分、お腹空けとこ」先客の注文が終わったようなので、香純がその店員を呼びそれぞれ注文した。


 やがて全ての食事が届くと、すぐに真純が食べ始めた。すると隣のリンも真似て、小さなスプーンで掬おうとした。トクが傍で見ていたので「リンだめよ、やけどするから」と言って、すぐにその小さな手を掴んだ。隣で見ていた真純が「リン、こうやるんだよ」と声を掛け、自ら手にしているスプーンの先端へ息を吹きかけて見せた。その間、リンはそのしぐさをじっと見ていた。トクが小鉢に取り分けた後に同じようにし、自分で少しだけ口の中に運んだ。その直後にすぐ「あっちっち」と言って口を半分開けたまま、今にも泣き出しそうな表情を浮かべた。


 それを見たトクが「もう、ちょっとこれ飲んで、ほら貸して」と言って、リンが持つスプーンを受け取った。そこからはトクが再び掬い息を吹きかけ、自分の唇に軽く当て温度を確かめた。リンが大人しく水を飲んでから「はい、どうぞ」と言って口元へ運ぶと、それをぱくりと食べた。何度か咀嚼した後、リンの目はたちまち丸く輝いた。そしてはっきり「おいしい」と言って、嬉しそうに両手を上下に揺さぶった。次に「自分でやりたい」と言うので、トクは「ようく、ふうふうするんだよ」と言ってスプーンを手渡し、再びそうする仕草を見せた。それからは慣れないながらも、何とか少しずつ食べられるようになった。その間に何度も「おいしい」と言って喜ぶ姿や声に、周囲の客たちは微笑んでいた。


 時々小鉢にとりながらその後も食べ進めた。そして最初と比べて半分程食べた頃、リンが「もうお腹いっぱい」と言ったので、トクはすかさず香純をちらりと見て「ほらね」と小声でそう呟いた。そしてリンが子ども用の席を降りると騒ぐので、香純が立ち上がって降ろした後はすぐレジ前に向かって歩き出した。その背を見ながら「良いよ、俺が貰うから」と言って、トクから皿を受け取った。「ねえ、お父ちゃんは頼まなかったの」真純がそう尋ねてきた。「お父ちゃんはいいんだ、帰ったら一杯やるから、デザートは頼んだのか」「そうだった、何にしよっかな、でもお腹いっぱいだな」トクも大きなエビフライを頬張りながら「それじゃ真純、お母ちゃんと半分ずつにしようか」と尋ねた。リンはまだレジ前をうろちょろしている。「おおい、リン」真純が呼ぶと、再びてくてくと歩き戻ってきた。そして今度はトクが席に座らせ、三人でパフェを一つ決めた後に注文した。「ここの大きいんだよ、今日は皆で食べてちょうど良いかも」トクは満足そうに言い、自分の腹部を何度か触った。


 その後に届いたデザートもなんとか平らげて店を後にした。会計の際、菓子が入った袋を一つずつ買った。子どもたちが中身を見せ合う様子をミラー越しに見て、香純は出かけて良かったと思いつつ車を走らせた。やがて自宅へ着き、食休みをした後は子どもたちと風呂場に向かった。風呂を出た後は就寝の準備を済ませ、しばらく騒いだ後は眠くなったのかトクと三人で寝室へ行ったようだ。香純はその間にビールとつまみを用意し、居間でいつものように一杯やり始めた。それから三十分も経たずして、トクは寝室から出てきて隣に座った。「今日は久しぶりに楽しかったわ、ありがとう」


 香純が静かに一度頷いた。そして「俺が林松さん家へ行く日さ、子どもたちと実家に行ってくれば」と伝えて話は続く。「ううん、でもやることあるんだよね」「一日くらいなら大丈夫だよ、後は俺が何とかするから」「そう、じゃあ行ってみようかな」「ああ、それが良いよ」「今何時、八時か、ちょっと電話してくるね」


 それからしばらくして二本目のビールを取りに台所に向かった。やけに話が長いと思い、その会話に少しだけ耳を傾けた。やはり真純のことを話しているようだ。再びさりげなく席に戻り、蓋を開けると一息に流し込んだ。「やっぱりこれだよ、これ」喉元に染み渡る感覚に頬を緩めつつ、さてどうしたものかと一度考えた。しかしまずは綾子に相談してからだと思い直した後、再び勢いをつけてぐいっと飲み込んだ。

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