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ひたむき  作者: ナトラ
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故郷 ⑧

 翌日の午後となり、香純は車で学校に向かい教師と面会した。入学しない旨を伝えたところ、それから一時間程かけて今後について詳しく話を聞いた。やがて全てが終了したので、一度はそのまま帰宅しようと思った。しかしふと見上げた空があまりにも綺麗だったので、それならば近くの山へ行こうと車を走らせた。


 道中に雪は残っていないものの、まだ日陰では凍っている箇所もあった。しかし無事山頂に到着し、周囲を見渡してみた。この場所は街を一望出来るので、時々は家族を連れて来ることもある。いつものように背伸びをし、外の空気をたくさん吸い込み吐き出した。そうして一息つくと「良かったあ」と言って両手を上へと突き上げた。そしてさらに伸ばした後、自然に一つ大きな欠伸が出た。


 面会した教師には何ら不満はなかった。ただ脳裏には他にも方法があるから、無理に通うこともないという考えがあった。そして第一、息子は既にそう決めているので、自分もそれが一番良いと思いながら話を聞いていた。自分が勉強しようと思えば、場所は問わずどこでも出来る。今、真純にとって大切なことは、自分が好きな時に何をするかしないかも含めて全てを決めたいことで、親としてはそのことをこれからも特に大事にしていきたいと伝えた。


 一度集団生活に入れば後に変更することは困難になる。それを事前に経験せずとも真純は既に、己の感覚からそうなると知っているのかもしれない。周囲と合わせる生き方はどこか違う。自分の人生、やりたいことを自分で決めたい。その強い想いは以前、林松が褒めたことでもあり香純も深く共感した。「俺たち親とは全く違う道を行くことになるんだな、良いじゃないか、真純が楽しく笑って毎日を過ごせるなら、それが一番だ」と呟いた。その周囲には車が数台止まっているものの誰もいない中、続けて「トクにはそれがどういうことなのか、まだよくわからないんだろう、お義母さんからの期待もあるから、きっと余計に躊躇ったんだろうな」再びそう呟くと、胸元の携帯電話が鳴り出した。すぐに取り出して表示名を見ると、少し微笑んで耳元に当てた。


「いよお、久しぶりだな、元気かい、来週の予定はどうだい、忙しいだろうから長居はしねえよ、じゃあな」


 香純が一言も発しないまま、林松はそう言うと電話を切った。「はいはい、毎度のことですね」香純はそう言った後に折り返した。


「何だい、用事でもあるのかい」その後にすぐ林松がそう言った時、ふと綾子の言葉が脳裏に浮かんできた。「何かあったらいつでも相談に乗るからね」確か美穂のことを伝えに行った時のこと。林松は今も耳元で「じゃあ、いつがいいんだい」と尋ねている。香純はそれだと思いながら「いえ、そうじゃなくて私が行きたいのですが」と答えた。林松は「お前たち忙しいんだろ、大丈夫だ、俺が行くから」と即答した。それでも香純は「実は今、真純のことで一杯でして、なるべくトクを休ませたいんですよ、それにその方が私も助かりますので」ありのままそう伝えた。林松は唸り声を出して聞き、そのことに頷いた。少しの間の後「なるほど真純のことか、そういう時期だもんな、俺は構わねえよ、で、いつ来るんだい、うちに泊ってけ」


 香純は少し待ってほしいと伝え、手帳を取り出して予定を確認した。「では、来週の金曜日の夜はどうでしょう」と尋ねた。すると林松が「来週の金曜か、問題ねえよ、トクちゃんだいぶ疲れてんだろ、おい香純、旨いもんでも食べに連れてってやれ、じゃあ来週な」と言って、再びすぐに電話を切った。香純は笑いながらそれを静かに胸元に入れた。「それが良い、まずは綾子さんに相談しよう」それからの足取りは軽くなり、車内に乗り込むと鍵を回しエンジンをかけた。そして鼻歌を口ずさみながら山道を下り、やがて自宅に戻った。


 自宅敷地に入ると、すぐに真純とリンが走ってくるのが見えた。香純は車から降り手を挙げた。そして抱きついてきた二人の手を取り、玄関で待つトクの所まで歩いた。「どうだった」トクは待ちかねた表情を浮かべて香純にそう尋ねた。「うん、予定通りだよ」と答えて話は続く。「学校、行くの」「いやいや、行かないよ」「ふうん、そうなの」トクはその返事を聞くと大きなため息をつき、さも残念そうに両肩の力をぐてんと抜いた。それをちらりと見た香純は何も言わずに黙々と準備をし、真純と一緒に外へ出た。


「なあ真純、毎日楽しいか」土の上を歩いている小さな生き物を見ながら、真純は今もきょろきょろと周囲を見回している。その問いにくるりと向き直り「うん」と答え、満面の笑みを浮かべながら何度か頷いた。「僕、もっと上手に出来るようになりたい、お父ちゃんやお母ちゃんみたいにさ、あとは漢字も書けるように頑張る」と言って胸を張った。そして土が着いた指で鼻下を擦ったので、そこに茶色の線が一本残った。それを見て香純は「お、髭生えたぞ」と言って笑った。すると真純は「え、僕、髭なんか生えてないよ」と言ってさらに同じように何度も擦るうちに、その土がいくらか鼻に入ったのか「へっくしゅ」と大きなくしゃみをした。その後に二人して笑い合った。


 この笑顔が何よりの証拠だ。香純はそう思いつつその肩に軽く触れ「鼻の下、洗ってこい」と言った。真純は「えへへ」と笑い、母屋の方へと走って行った。



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