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ひたむき  作者: ナトラ
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故郷 ⑦

 季節はやがて本格的な冬を越し、次第に陽の暖かさも感じられる三月のある日のこと。香純一家は総出で種まきなどの作業を始めていた。真純も率先して働き、今日も順調に進んできた。


「真純、随分上手になったな」その小さな背の後ろから香純がそう褒めると、真純はすぐに振り向き片手を挙げて「いえい」と言って微笑んだ。進学の話は全て済み、それ以降は目に見えて活発さが増してきた。そんな息子の姿を毎日見られるので香純は嬉しく思い、またトクもそうだった。しかしこの頃から、互いに微妙な変化を感じ始めていた。そのきっかけとなったのが、今から半月ほど前のことだった。


「入学案内か」トクから受け取った大きな封筒には、今後の予定やそれまでに準備しておくものなどが記載してあった。「もうそんな時期か、じゃ早速連絡してみるか」香純はそう言うと学校へ連絡した。「あ、もしもし、輝来と申しますが、一つお尋ねしたいことがありまして」トクはお茶を一口啜ったもののどこか落ち着かず、その封筒を手に取って中を覗き込んでいた。それから外にいる真純の方をちらりと見ると、リンと笑いながら遊ぶ様子が目に入った。先日の夜にダメ元で真純に再び聞いてみたものの、返事は同様だった。それからフクと話したが、それでも結局は何も変わらなかった。


 やがて話を終えた香純が「よっこらしょ」と言って再び席に着いた。「それで、どうだったの」トクが早速そう尋ね、話は続く。


「学校はもう準備を進めているけど、その前に一度ゆっくり話しましょうってことになってさ」「いつ行くの」「早い方が良いからって、明日の午後にでも行って来る」「私も行く」「いや俺が行く、真純にも一応聞いてみて、もし行くって言うなら一緒に、だけど行かないだろうな」「うん」「今、聞いてみるか、おおい真純」


 その呼び掛けを聞いた真純が、リンの手を引き土間にやってきた。そして香純が「父ちゃんさ、明日用事があって学校へ行くんだ、お前も一緒に行ってみるかい」と誘った。すると真純は少し驚き「ううん、お父ちゃんと一緒にいたいけど、僕はいい」と言って首を横に振った。きっと息子はそう言うだろうと既に思っていたので、香純は「わかった、じゃあ留守番頼んだぞ」と言うに留めた。真純はこの時、ぱっと笑顔となり何度か頷いた。すると再びリンの手を握り、再び外へ出かけて行った。その様子を見ていたトクは「やれやれ」と言いながら、ゆっくりと席を立った。香純はその内容を読み始めると、トクは台所から茶菓子が入った器を持ってきて再び席に着いた。


「いろいろ用意するんだな、持ち物には全部名前を書いてくださいだって、大変だな」「幼稚園とか保育園もそうよ」「そう言えば昔、お袋がやってくれたっけ」「私も覚えてる」「そうだな、でもうちはそういう面じゃ楽だな」「私、もう準備してるよ」「え、そうなの」「うん、だって急に行くって言った時に困るでしょ、だから」「そりゃそうだけど、凄いな」「凄いでしょ、あとはランドセルだけ」「へえ、で、買うんだよな」「もちろん、実はね、もう予約してあるの」


「入学式か、あんまり覚えてないな、でも前の晩に大して寝られなかったのか、集合写真で日光がやたら眩しくて、ほとんど目を開けられなかったのはよく覚えてる、それを後で見たら面白い顔してたよ」「私も何回もランドセル背負って、中にぬいぐるみとか入れたり」「俺もやったな、真純ってそういうの興味ないのかな」「なくはないと思うよ、ランドセルどれにするか決める時、これって言って笑ったもの」「ふうん、ま、新しく何かを買ってやることなんか、これまでほとんどなかったからなあ」


 香純はこの時、トクの様子に何となく不思議に思った。一見していつもと変わらないが、どこか落ち着つかないようにも感じる。こうして日々一緒にいると、そうした微妙さが何となく伝わる。そこで香純はこう尋ねてみた。


「そういえばこの間、相談してきたって言ってたよね」「う、うん」「確かあの時、義務教育だからって話だったよな」「うん」「でも本当にそれしか方法がないのかな、何か知ってるかい」


 トクは掴んでいたせんべいを静かに器の中に戻した。そして急に正座して「香純、ごめんなさい」と謝った。「何、どうしたの」香純は驚いてそう言ったが、この時にやはり何かあるのだなと確信した。そして「実はね、他にも方法があるの」と聞いた時、これまで黙っていた理由が何となくわかった。そのため香純は少し声音を高め、こう尋ねた。「ふうん、どんな方法があるんだい」「フリースクールとか、ホームスクール」「それって自分が好きなように学べるってことか」「簡単にはそう」「そりゃ良いな、しかし何で黙ってたんだい」「だって言ったらそう決まるだろうと思って」「そんな大事なこと、すぐ言わないと」「うん、だからごめんねって」「まあいいよ、しかしそれなら真純にぴったりだ、聞いといて良かった、明日詳しく聞いてみるよ」


 そう言ったものの、香純の内心は穏やかではなかった。この時に尋ねはしなかったが、もしかしたら義母のフクも既に知っているのかもしれないと思えた。しかしそのことは一旦脇へ置き、一度深呼吸した。そして無言でお茶を一口だけ啜りながら、先日に見た義母の表情を振り返った。確かにトクや義母の想いは良くわかる。トクは香純の考えを一度受け入れてはみても、その本心は当初の想いがまだあるのだろう。しかしその後も話し合って一度決めたのに、どうして今日の今まで黙っていたのだろうか。そう思う反面、目を瞑り冷静に自分へ問いかけた。数分間そうしていると、ふと一つ心に浮かんできた。疑問点を伝えるのではなく、真純のことだけに集中すること。トクがそのように正直に言ったことで、今回前に進んだのは確かなこと。それまで多くのことをトクに任せ、詳しく調べなかった自分にも責任がある。そのため腹を立てることもないと思い、香純は唇を軽く噛んだ。

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