表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひたむき  作者: ナトラ
50/154

故郷 ⑤

 翌朝、竹清と木庭が事務所中央に並び、その一歩後ろに美穂が立った。皆がその周囲に集まり、いつものように朝礼が始まった。そして竹清から独立が決まったと伝えると歓声が上がり、次に統括の件も伝えた。美穂が一歩前に出て「皆様、よろしくお願いします」と頭を下げ挨拶すると、それに皆は拍手で応えた。奥寺がいる辺りからは特に大きな拍手が聞こえ、他の部署の人たちは互いに一瞬だけ顔を見合わせた。美穂はそれに微笑みながら軽く会釈した。


「それじゃ、あちらへ行きましょう」と木庭からの促しで、二人は会議室へと向かった。通路を歩いていると既に三十名程がいる様子が目に入ってきた。そしてそのまま場内へ入ると、すぐにその姿を見た数人が小声で囁き始めた。「あの人が林松さんの娘さんかい」「随分とお若いのね」「まだ二十歳代だろうに」


 やがて朝礼を終えた竹清が席に着き、程なく会議が始まった。まず司会進行の男性が挨拶し、冒頭に会議趣旨も含めた説明を一通り済ませた後「では竹清さん、よろしくお願いします」と話を振った。竹清はその場をさっと立ち上り挨拶し、それからこう述べた。「始めに先日行われた本社との協議により、正式に独立することが決まりましたのでご報告致します、そのためこれまで以上に多忙となりますので、ぜひ体調管理には十分注意していただきたいと思います、さて本日はそのことについての具体的な話と、また林松美穂さんが統括業務へ従事することになりますので、その時期についても合わせて話を進めていきたいと思います、ええと、その前に秘書の木庭からお話がございます」すると左側の木庭も、その場をすぐ立ち上がり説明し始めた。「では早速ですが、お手元の資料をご覧ください、全売上と経費、並びに当期予定利益などが記載してあるかと存じます」


 そこからは主に金銭面の話が進み、特に問題なく推移しているという話だった。そして優が持つ土地の一部を借りることや、また農作業に従事する現地の人たちの協力が得られることが決定したこと、さらにはその準備に既に取り掛かかっていることも合わせて伝えた。「なお、こちらの希望収穫量を担当者に伝えましたところ、仮に今年収穫出来たとしても翌年のことは何とも言えないが、予想では数年かかるだろうとのことでした、しかし本社では以前から取り組み始めていたので、現時点では各店舗の供給に問題なく収穫できるようになりました、本社が出来たのですから私たちもこの先を見据えつつ、そのために何でも取り入れていこうと決めました、独立した時には、きっとこのことが大きな強みになるだろうと私は考えております、またこの後に担当の森上優さんから詳しいお話がありますので、私からは以上となります」そうして木庭が話を終えると、次に美穂の件について竹清がこう説明した。


「次期統括就任に向けてこれから本格的に始めていくのですが、まずその前に独立に必要な手続きを済ませていきます、そのため就任時期は、新会社へと移行する四月に合わせる予定です」竹清がそこまで話すと一人の男性が挙手した。司会者がすかさず指名し、やりとりが続く。「お話中に申し訳ありません、このまま進む前に確認しておきたいことがあります、仮にその予定で進む場合、今後のご自身についてはどのようにお考えでしょうか、まずそれを教えていただきたいのですが」「はい、そのことですが、彼女が仕事に慣れるまでは一緒にやっていこうと思います、彼女ならきっと三か月もあれば十分でしょう、その後に私は一旦帰国し、林松さんと直接お会いしようと思ってます、大体、夏休み頃でしょう」「そうですか、ありがとうございます、さらにその後は何かお考えですか」「申し訳ありません、林松さんとお会いしてからになりますので、今はまだはっきりとは言えません、ただ現時点でお伝えできることが二つあります、一つ目は見習い期間中に私以上の成果を挙げるか、そうなることが確定した時のことです、その場合は引継ぎ可能と判断し、すぐにでも報告しようと既に決めています、もう一つは誰が新会社代表に就任するのかということです、帰国後、もしかしたら私はそのまま本社に戻るかもしれません、まだわかりませんが順次決まっていくでしょう」


「ということは、竹清さんが代表へ就任なさらない可能性も十分あり得るということですか」「はい、その通りです、ですのでこの一か月間の内にある程度、その道筋を決めておく必要があります、そこで皆様のご意見も含めて、これからもぜひ参考にしていきたいと思います」竹清がそう答えると、質問した男性は一言礼を述べて席に着き、隣の人と何やら小声で話始めた。会場内がざわつく中、話は続く。「今からひと月後というと三月頃ですね、わかりました、ではその件は私が」「木庭さん、頼みましたよ」「はい」「他にご質問がないようでしたら、次へ進みたいと思います」「では続きまして、次期統括候補の林松美穂さんより一言お願いします」


 美穂は少し緊張しながら一度周囲を見渡した後、マイクに向かってこう話始めた。「皆様、日々お疲れ様です、林松美穂です、どうぞよろしくお願い致します、早速ですが、まず自己紹介から始めたいと思います、私の故郷は元OKAMI本社がある街で、その敷地にある普通の一軒家で生まれました、その事務所は今から約十年以上前、私がまだ高校生だった頃に建ったものです」その話に皆は耳を澄ませていた。美穂は続けて「当時、私はお金があれば、こうして土地や建物が買えるものなのだなと単純にそう思いました、そのため将来はたくさん稼ぎ、さらにいろんなものを手に入れてみたいと考えるようになりました、しかしそれから十年以上経った今、そのほとんどに興味がありません、むしろ私が目指しているのは、その逆だと思ったからです」


「自分だけが大金を稼いで生きるのではなく、好きな仕事を通して知り合った人たちと一緒に豊かになっていくこと、それが今現在の大きな目標となりました、これから統括という責任ある立場を目指す前に、まず皆様にそのことを知っておいていただけたらと思います、私はまだまだ知識や経験不足があると自覚しています、しかしなるべく早く一人前となれるよう、これから頑張っていこうと思ってます、次に、なぜその目標を見つけたのかについて、もう少々だけお付き合いいただければと思います」


「その前に簡単に私の父についてご説明致します、皆様ご存じのようにOKAMI創業者であり、また本人の姉で私からは伯母のけいこよりOIDEYASUを引き継いだ二代目となります、またその時期に総重建設の代表となりましたので、一時期は三社をまとめて会長職へ就任しました、しかしその後は自ら職を辞することになります、私はその頃は既にデザイナーとして勤めていました、それらの経験も含め考えた末、自分の時間や労力を費やすのは単に会社のためだけではないと、思い始めたのがそのきっかけです、それから先は既に申し上げました通りで、自分だけが裕福になろうとかそうなりたいという欲は既に毛頭ありません、私は金銭的な裕福より、こうして関わる方々といつまでも健康で楽しく働ける職場となるようにしていきたい、そのためそうなるように、これから必要なことだけを取り入れていこうと思います、その際、皆様のご支援やご協力が必要となりますので、どうかよろしくお願い申し上げます」


美穂がそう話を終えると、それまで静まり返っていた会場内に最初小さな音が聞こえ始めた。その直後から次々と鳴り始め、やがて盛大な拍手に包まれた。今も鳴り響く中、後ろで腕を組みながら壁に寄り掛かっている数名が、こちらをじっと見ているとわかった。その様子がちらりと美穂の視界に入った時、先日の視察には全く姿を見せなかった現場責任者たちだろうと思いながら、一歩ずつ階段を静かに降りた。ただその横に数人いて、どこかで見たことがある姿だと思いながらそこへ目をやると、奥寺と数人が笑顔で手を振っているのが見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ