故郷 ③
美穂は新たに二店舗の開業に漕ぎつけた。これまでの改善点などを挙げながら朝礼で説明していると、一人の女性が手を挙げた。美穂が指名するとその人はこう話を始めた。「確かにそのやり方が早いのはわかります、しかしそうなりますと、これまでの私たちの努力が意味をなさないのではないかと思いまして」美穂は少し黙った後、ゆっくりと口を開きこう述べた。「あのう、ちょっとよろしいでしょうか、今大事なのはこれからどうするのかってことだと思います、私は先に進むために必要だと思うことをお伝えしてます、ですので、そのようにお感じになられる必要は全くないと思うのですが」と伝えた。すると女性はこう話を続けた。「つまり今までの経験があったから、先へ進めるということですね」「全くその通りです、私は皆さんを批判するためにいるのではありません、皆様も一度よくお考えになられてはいかがでしょうか」
その話を聞いた周囲は一瞬だけざわついたものの、その後は再び静寂に包まれた。しばらくして美穂が「結局ですね、開業までの効率だけを考えれば、先程私が申し上げた方法が早いということはこのデータが示す通りです、今後もこの方法で進めるなら、それらの労力は軽減するだろうと考えてます、そしてより効率化できるので、今後さらにスムーズにいくのではないでしょうか」と尋ねた。すると皆が真剣に話を聞いている中、その女性は何も言わずさっと自席へと戻って行った。「奥寺さん、なかなか厳しい表情だったね」その説明が終わった後、それぞれの持ち場へ戻る途中にある男性社員同士が口を滑らせていた。「まあな、美穂さんは独自の方法で成果を上げたから、ちょっと何か言いたかったんじゃないの」「そうだね、それまでのやり方の欠点があることを示したようなもんだし」「しかし美穂さんて、見かけによらず物事をはっきり言うよな」「ああ、しかも相当出来るぜ、あの人」
その後、美穂は責任者の竹清に呼ばれて面談となった。部屋には既に竹清と秘書の木庭がいて、二人の前の椅子に座るようにと竹清が言った。美穂は一礼してそこに座り、その表情を見上げた。一見して和やかそうに見えたが急に呼ばれたので、何だろうかと思っていた。すると竹清がこう口を開いた。「三店舗目も無事に完了したね、いやいやお疲れさん大変だったろう、しかし随分と早く仕上がったね、こうして皆が驚いているのもわかるよ」「好きにやらせていただいてますので」「わかってる、それで話なんだけどさ」美穂は思わず息をぐっと飲んで見守った。
「実は昨日、うちらの独立が正式に決まったんだ、ただその前にやっておくことがあってね、それをぜひやってもらいたいんだ」「それは何ですか」「全店舗統括だよ、やってみないか」竹清がそう言うとすかさず隣の木庭が資料を取り出し、それを見せながらこう説明した。「現在ある五十四店舗、全てをまとめるとこのようになります」その資料には、各店舗が都市の中心部から広範囲にあることを示していた。またそれらが一目でわかるように色マークしてあった。「通常、これだけの店を統括していくには相当な時間と手間もかかります、そこでどうするかというのが課題となります」そこで竹清が「いきなりで悪いんだが、実はあんまりのんびりもしてられなくてね、何か質問あるかい」と尋ねた。美穂は驚きながら「え、いきなり全店舗なのですか」と言って話は続く。「うん、まずは半分からにしようかとは最初思ったんだけどね、でも木庭ちゃんが引き続きサポートしてくれるっていうから、大丈夫でしょ」「竹清さん、ちょっとだけお時間頂けますか」「もちろん、ただ遅くても今週中には返事くれるかい」「はい、わかりました」
その平日の夜、美穂は久々に優を自宅へ招いた。「はい、おみやげ」「ありがとう」二人は席へ着いた後、無事開出来たことを祝って乾杯した。何杯か飲んだ後、美穂は今日の話を伝えた。すると優は驚き「いきなり全店舗ってどうなんだろう」と半分憤った様子で答え、それからも二人の会話が続く。「そうだよねえ、でも竹清さんは秘書の木庭さんがいるから大丈夫だろうって」「俺にはわからないけど、いきなりってどうなの」「私もそう思ったよ、でもさ、もう考えるまでもないっしょ、やるっきゃない」「全く、凄いよ」「それっきゃないもんね、にひひ」「何か秘策でもあるの」「何もない」「で、どうすんの」「一通り全店舗見て回ってみる、それで実際どうやってるのか見てからだね、私ほとんど知らないし」「本当に大変だね」「何とかなるっしょ、にひひ」「ところで何だい、その笑い方は」「あ、これ、こうしてると何だか面白いでしょ」その様子を見た優は、ただ強がっているようにも見えた。しかし美穂はあっけらかんとしてそう繰り返していた。「だって統括だよ、凄くない」「凄すぎだよ、でもそれだけ認めてくれたってことかもね」「私、頑張ったもん」「大丈夫かい」「もちろん、まだまだ始まったばっかりだもん」
食事を済ませると、美穂は急に眠くなったと言ってソファーにもたれかかっていた。それからほんの数秒後、寝息を立てながら眠っていた。「やれやれ、やっぱり無理してんじゃん」そこにタオルケットをかけてやり、部屋全体の照明を下げた。テーブルに載せた小さな灯りが照らすその寝顔を、優はその隣に座りながらしばらくぼんやりと眺めていた。そして「美穂は強いよ、頑張れ」と一言、小声で囁いた。




