道 ⑨
いまか今かと待っていたトクと子どもたちが、玄関先から手を振っていた。香純も片手を挙げてそれに応え、林松と肩を並べ母屋に入った。また増永も林松の鞄とお土産を持って遅れてやってきた。「送って頂いてありがとうございます」トクが丁寧にそう挨拶すると、林松はいやいやと手を横に振った。そして増永が「あのこれ、社長からです」と言って渡すと、子ども達は目を輝かせて近寄ってきた。既に良いにおいがするので、真純が「あ、これ、僕が好きなやつ」リンも「なあに、おいちいの」と言い、開けても良いかと尋ねた。トクは「向こうで一緒に開けよう」と二人を連れて台所へ向かった。「さあ、どうぞこちらへ」香純は二人を案内し、それぞれ席に着いた。
増永は随分慣れてきたようで、先程の件を林松とやり取りしていた。その後電話のため一旦、席を外した。そこへトクが再び台所からやってきて「とてもおいしいそう、早速いただきますね」と言い、今オーブンで温め直していると伝えた。飲み物を尋ねると、林松はすかさずビールを頼んだ。「今日はもういいだろう、お前も付き合え」と言ってトクにコップを二つ頼んだ。ちょうどトクも料理を準備していたので、それらも一緒に並べ始めた。「さっき食べてきたから、あんまり入らねえぞ」和食が中心で煮物と魚が主で、乾杯してそれらを肴に先程の続きを話し始めた。
「まず不動産の話だな、まあ簡単に言うと森上が広い土地をこれから買うわけなんだが、俺もそれに出資することにしたんだ」「つまり事業としてですか」「いや、出資と言っても利益を得るためじゃないんだ、例えば道を作るには、事前に土地を買っておかなきゃならんだろ、そんな感じだ」「一体、何をつくるんですか、道ですか」「道は例え話だ、まだ正式ではないんだが、まあ言ってみれば夢みたいなもんだ」「夢、ですか」「ああ、子どもの頃にあった夢みたいなもんだよ、それを大人になってやってみるかということになったんだ、簡単に言えばな」「へえ、つまり森上さんが引退されたのは、その夢に向かうためということですか」「まあそうだな、本人はまだ言いたくないようだったけど、ま、そんなとこだ」
「具体的に何をするのか教えていただけませんか」「別に隠すつもりはないから構わんが、それじゃつまらんだろう、何だと思う」右手を額に当てながら「事業じゃなくて土地を買う、ううん、野球場とかサッカー場のような広場をつくるとか」「お、意外にいい線だな」「他にはなんでしょうか、プールとか」「それもおしいな」「わかりません」「村だ、村」「村、ですか」「そうだ、村をつくるんだ」
香純は驚いて掴んでいたコップを思わず手放した。テーブルの上にコップがコンと音を立てて落ち、中のビールが零れた。「あらら、何やってんの」トクが慌てて布巾を投げたので、それを受け取り素早く周囲を拭いた。「驚きですね、もしかして屋台が集まる村とかですか」林松はその様子を見て笑いながら「そんなに驚かんでも良いだろう、屋台村なあ、それも面白そうだな」と言った時、再び増永が部屋に入ってきた。そこで香純は増永にもそのことを伝えると「少しだけ聞こえました、正直驚いています」と答えた。「それで不動産屋は何だって」「予定通り、明日来ることになりました」「わかった、ミサにも伝えておいてくれたか」「それは梅川常務から既にお伝えしたとのことです」「わかった、ご苦労さん」
その話を聞いた香純は胸が高鳴っていた。「それでどうやってつくるんですか」「まあ当たり前だがそれなりの土地がいるな、そして井戸や畑、それから水田もだな、まずは住めるようにしねえと、なかなかおもしれえだろう、俺も子どもの頃を思い出しちまってよ、それで森上と話してたら息が合ったというわけ」「面白いですね、とても興味があります」「お前はそういうの詳しいだろうからこれからも頼むよ、趣味みたいなもんだが一緒にやってみないか」「良いですね、もちろんです、ただ今のところは仕事を軌道に乗せる方が先ですが」「そりゃもちろんだ、これは大人の夢ってやつだ、わはは」
「里香ちゃんも前向きなんだよ、あんな風に見えて実はそんな生活がしてみたかったんだとよ、お前知ってたか」「随分前ですが、ちらりと聞いたことがあります」「俺はそんなの知らねえから驚いたよ」「ということは梅川さんもですか」「ああ、二人して何か考えてるらしい、ま、詳しくは知らねえけどな」「何だか面白くなってきましたね」「ああ、ただ仕事はきっちりとやらなきゃなんねえから趣味だな、趣味」「確かに、いやあ驚いた」
それから仕事の話となり、やはり湖層が言ったように今後は扱う店舗が倍になるということ、それから一時金ではなく満額を支払うことが既に決定していると聞いた。「ま、後はまた担当から連絡があるだろうが良かったな、それも楽しみだな」「ありがとうございます」「さっきも言ったけど俺は何もしてねえよ、まあ頑張れ、そうだ、忘れるところだった」と言って鞄から何かを取り出した。「何ですか、それは」「夢の地図みたいなもんだ」それを広げて香純に見せた。「な、ここからこうやって、それで」二人で前のめりになりしばらく話込むと、林松が「しかし随分とせっかちな不動産だな、総重建設との付き合いが長いらしいが、ちょっと注意して見なきゃならねえな、増、ちょっとミサにそれも伝えといてよ」「あ、はい、わかりました」と返事し、増永は再び席を外した。
「なあ香純、おもしれえだろ、仕事だけにのめり込むのもそりゃ良いけど、何かしら楽しみがねえとな」「それはとても良くわかります」「だろ、俺もようやくこの歳で思ったんだ、こないだ真純の話を聞いた時にこれしかねえと確信したわ、ま、言わなかったけどな」「学校の話ですか」「そうだ、将来を見据えた強さな、自分でやりたいことを決めるってのは良いもんだ、そうだ、昔ミサの店を買う前、お前が言ったこと覚えてるか」「私、何か言いましたっけ」「何だと、覚えてないんか、トクちゃんはどうだい」それを聞いてはっとしたトクは「もしかして一緒に住もうって話ですか」と何となく言った。すると林松は嬉しそうに「そうそう、さすがだよ、おい香純、思い出したか」「思い出しました、すっかり忘れてました」「あの時、俺は冗談半分でお前の話を聞いてたんだ、でもつい最近ふと思い出して、なかなかおもしれえ話だなってよ」




