道 ⑤
ほろ酔いで見慣れた街並みを歩き、やがて一号店の前に到着した。予想通り既に暖簾は出ていないものの店に近寄ると、中からの声が聞こえてくる。「もう上がって、後は私がやるから」和香の声だなと思った後、誰かがそれに「お疲れ様でした」と返事をし、同時に目の前の戸が横にスライドした。若い女性が驚いて「すみません」と頭を下げて「ランチは終了しましたので夕方は17時からとなります、またのお越しをお待ちしてます」そう丁寧に言って頭を下げた。香純は佇んで「は、はあ」と声を漏らして人差し指で頭を掻いていると「きゃあ、いらっしゃいませ」と奥から大きな声が聞こえてきた。「お久しぶりです、さ、中へどうぞ」顔を見せた和香が言い、そうしていた香純を中へと案内した。その女性は再び見てはっとした表情を浮かべた後、再び「お疲れ様です」と言ってすぐ店を出て行った。
「すみません、お忙しいでしょうに」香純は店に入ると一言だけ軽く詫びた。和香は「全然、久しぶりにお会いできて嬉しいです、お飲み物は何にします」香純はビールを注文しながらカウンター席に着いた。和香の仕事ぶりを見るのは二回目だが、やはりてきぱきと動きが良い。昼のピークを終えたばかりとは微塵も感じない。香純はミサの姿を重ねるように和香の背中を見ながら「大変でしょう」と声を掛けた。「ええ、でも楽しいので苦になりませんよ、そうそう、お野菜凄くおいしくて、お客さんからも評判ですよ」香純は改めて礼を述べた。「この間、お電話いただいた時もお伝えしましたが、本当においしいので実家にも少し持って行ったんです」「それでどうでしたか」「この味が全てを物語ってると言ってましたわ」笑顔で答えた和香を見てより酒が進んだ。「南方農園できっちりと教えていただいたおかげです」「南方さんも負けないぞって仰ってました」つまみをテーブルに置き笑いながら、和香が隣の席に着いた。
それから郷大の話となり「いつも早くトラックで配送したいなって言うので、私はもう少しなんだから頑張れって言うんですけど」「私が部長職を辞めたので、郷大さんにもご迷惑をおかけしました」「前に彼、何とも思ってないと言ってました、森上さんのことを話をしてた時に、歌詞、見させていたただきました、ちょっと笑っちゃいました」「そうですか、それは良かったです」
開店時間が近くなってきたので帰ることにした。「ごめんなさいね、また今度ゆっくりいらして」「ええ、また今後寄らせてもらいます、ご馳走様でした」店を出ると辺りは薄暗くなってきていた。吐く息も白く黒のコートの襟を立て、その首元をマフラーで包んだ。「今夜も冷えそうだな」しかし体はさほど冷えを感じない。「さて、そろそろ向かうか」駅の売店で土産を買った後、タクシー乗り場から車に乗り込み会場を目指した。
運転手に案内状に記載がある住所を伝えると、車は軽快に走り出した。約二十分後、駅の東口にある繁華街に到着した。「この先は道幅が狭いのでこちらでよろしいですか、多分お店は突き当たり周辺にあると思います」香純は了承し、代金を支払い車を降りた。そのまま少し歩くと、数件ある店前に二人女性の姿が見えた。関係者ではないだろうと思い、目の前を通り過ぎようとしたところ声が掛かった。「いらっしゃいませ、HAYASHIMATU社二次会はこちらです」店舗は二階にあり、かすかにピアノの音が聞こえてくる。案内状を取り出して「あのう、森上さんの慰労会はこちらですか」と尋ねたところ間違いないということで、案内で中に入った。きっと森上が好きな店なんだろう。店内にはワインボトルがびっしりと並んでいた。「香純さんがお見えになりました」そこにいたのは、全く見覚えがない女性だった。受付を済ませると、一番奥のテーブル席に案内があった。少し時間が早かったのか、まだ店内は従業員とその他数名しかいなかった。中央にはグランドピアノがあり、ピアニストが控えめに綺麗な音色を奏でている。
開始時刻は既に過ぎているので、本当にこの場所で合っているのだろうかと少し落ち着かないと思った直後、がやがやと賑やかな声が聞こえてきた。林松と森上を先頭に見慣れた人達の顔が見えた。「おお、すまんすまん、途中で寄り道したら遅くなったわ」「トイレに寄った後、違うタクシーに乗ろうとするんですもの」とにかく一安心で、皆と再会を喜んだ。それぞれ席に着くと、グラス片手に乾杯の前に林松が一言挨拶した。続けて森上が礼を兼ねてこう述べた。「このお店は何でもおいしいので、今日はたくさん召し上がってくださいね」盛大な拍手に包まれて郷大にマイクが渡った。司会進行は梅川が担当し、湖層はスタッフと花束を用意している最中だった。「それではみなさん、これから歌詞をお配りしますので一枚ずつお取りください」と言い、用紙を回し始めた。香純も一枚取ってから隣へ回した。「では早速、参りましょう、皆さんから心のこもった一曲が完成しました、聞いてください」
あなたのおかげ 作詞HAYASHIMATU社員、関係者一同 作曲 郷大 信二 編曲 ナトラ
「姿が見えないのは当たり前 だからこの部屋はいつも綺麗ね 朝早くから会社を飛び出すあなたの背中を見て 今日もいないのかと思った日々」
「電話から聞こえてくる まるで子どものようにはしゃぐあなたの声 困難を吹き飛ばす強さの源だと知りました」
「おかわりっ、同じのよっと頼む声 ピンと立つ小指 どれもが私たちを支えてくれました あなたの進んできた道の上を行く私たち これからもきっと忘れることはないでしょう 今あるのはあなたのおかげ ありがとう ありがとう お疲れ様でした」
「その声と顔のギャップが何とも言えません だからあなたを忘れないんですね 夜遅くまで一体何をしているのかと思ってました こんなに私たちのことを考えていてくれたのですね」
「もっと早く言ってくれたなら 私たちはあなたを勘違いしてました むしろ手抜きをしている張本人でしょと噂した時もありました」
「でもねっ、明日こそっと叫ぶ声 ペンと持つ小指 どれもが私達を支えてくれました あなたの進んできた道の上を行く私たち これからもきっと忘れることはないでしょう」
「おかわりっ、同じのよっと頼む声 ピンと立つ小指 どれもが私たちを支えてくれました あなたの進んできた道の上を行く私たち これからもきっと忘れることはないでしょう 今あるのはあなたのおかげ ありがとう ありがとう お疲れ様でした」




